4 / 12
第四章 「祈りの屍」
しおりを挟む
夜だった。だが空は赤い。 廃都《エル=イグナ》の地平は、燃える信仰の余熱でまだ揺れていた。 「……祈りってのは、火よりもよく燃えるもんなんだな」 ヨハネスは、焼けた祭壇に座って、タバコを一本、火の残りで吸っていた。 「この灰がぜんぶ“信仰の名残”か。いいぞ……実に肥沃な地獄だ」 足元には、人型を保ったまま炭化した信者たちの山。 彼らの顔は、全員“空白”だった。 目がない。鼻がない。口もない。 あるのはただ、ひとつの刻印。 ──《░░░░░》。 言語化不能の神名。思考汚染を引き起こす“名状しがたき神”の名。 それを額に刻まれた者たちは、神の代行者《ヴォイド・オーヴァセール》に祈り、 思考を捧げ、魂を食われ、ついには顔さえ失った。 「我らは問いません。命令だけを」 「顔も、名も、意志も捨てて、ただ主の糧となります」 「我らは何者にもあらず。ただ、在るべし。アーメン」 「クソだな」 ヨハネスは唾を吐いた。 その唾が、死体の顔にかかったが、誰も反応はしない。 「信じるだけで救われる? なら、てめぇらは全員“救われて”死んでんだな」 「そりゃ、皮肉の極地ってやつだ。墓碑銘にでも刻んでやるよ、こうだ」 “顔もねぇ、心もねぇ、そして何も語られねぇ。そいつがてめぇの正体だったな” そこで、リュリュが声を上げた。 「ヨハネス、来る」 都市の中心、“沈黙の聖堂”が揺れた。 塔が裂け、黒い雨が降る。 聖堂から現れたのは―― ■ 顔なき偶像《ヴォイド・オーヴァセール》 「祈りが……足りぬ……問いが……多すぎる……」 「すべての問いを、棄却せよ……沈黙と従順をもって、我が前に跪け」 その声は、五千人分の囁きが同時に発されたような音だった。 顔の代わりに無数の口があり、手の代わりに無限の腕章。 すべての所作が、服従の儀式。 リュリュが後退し、目を細める。 「……これは、視るだけで精神を削ってくる……“神の模造品”じゃない…… これはもう、“世界そのもののエラー”」 だが、ヨハネスは一歩踏み出す。 「こいつは“道しるべ”じゃねぇ。バグった神だ。」 「思考停止で祈ることで生まれた、世界の黙示録バージョンだな」 「案内人の仕事として、バグは修正しとくぜ――強制再起動だ、クソ神様よ」 銃が火を噴く。 撃ち込まれるのは、**“封印された質問”**を刻んだ銃弾。 撃たれた箇所から、神の肉が思考を始め、エラーで崩壊する。 「“お前はなぜ存在する?”」 「“人間がいなくなった世界で、お前の意味はなんだ?”」 「“神”ってのはな、“問われた瞬間”に死ぬんだよ」 偶像が叫ぶ。信者が沸く。 信仰による再構築が行われる前に、ヨハネスが放つ最後の言葉。 「てめぇの居場所は、この世界にはもうねぇ。 地図にゃ載ってねぇ。描かれてねぇ。 だから消えろ――信じた者ごと、まとめて地獄に帰れ」 地響き。塔が崩れ、祈りが沈黙した。 《ヴォイド・オーヴァセール》、 デリート完了。 ヨハネス、背を向ける。 「さあ、次の“神の墓”へ行こうか」 リュリュが尋ねる。「終わりは、来るの?」 「来ない。 でも……地獄に順路があるなら、誰かが案内しなきゃならねぇだろ?」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる