世界案内人は地獄の地図を広げる

天地開闢

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第五章 「神骸回廊《デウス・カタコンベ》」    

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地下は静かだった。 だが、その静寂は死ではない。覚醒待ちの沈黙だった。     廃都《エル=イグナ》を抜け、ヨハネスとリュリュが辿り着いたのは、 神々の死体を納めた地下霊廟――《デウス・カタコンベ》。   

  「この地下には、神を殺すたびに切り取った“部位”を納めてある」 「翼。眼球。心臓。信仰の中枢。祈りの声。……忘れたい記憶もな」     

リュリュがぽつりと呟いた。  「……ここ、冷たくない。あたし、ここ知ってる」     それは正確には、“知っている”のではなかった。 遺伝子が記憶している感覚。 彼女の身体のどこかに、かつてここの“神材”が使われていたのだ。     

ヨハネスは、ただ黙って前を歩く。 片手で地面に赤いチョークを引きながら。 それは地図の更新行為。     「なあリュリュ、もしだ。もし、“昔殺した神”がまた立ち上がってたら、どうする?」  リュリュは少し考えて、答える。  「また殺す。迷わず」     

ヨハネスが笑う。だがその笑いは冷たい。  「だよな。……問題は、“そいつが人間だった頃”の話だ」     その時だった。回廊の奥から声がした。     「やあ、ヨハネス。懐かしいな。“兄弟”」     姿を現したのは―― “再起動された神”《エゼラ・グラウ》     

白い外套。かつてヨハネスと共に旅をしていた案内人。 地図を描くために、神々と戦い、殺し、記録したかつての相棒。  だが彼は、死んだはずだった。 ヨハネスの手によって。     「君が壊した地図、僕が拾って修復したよ。 神の在り処、聖域の座標、すべてを繋げて、“新たな神”を描いた。」 「僕たちは最初から、神になるために地図を描いていたんじゃないのかい?」     

ヨハネスは銃を抜いた。即座に。
砂塵の舞う聖回廊、かつて“神の死骸”を祀っていた場所。

向かいに立つのは、古の相棒、エゼラ・グラウ。
今や、地図で人間の未来を支配する“神そのもの”。
 

「地図ってのはな、“誰かが生き残るため”に描くもんだ」
「お前がやってるのは違う。“誰かを跪かせるため”の設計図だ」

ヨハネスの声は、いつになく冷たい。

 

エゼラは静かに笑う。
白衣の裾をはためかせ、手にした地図を宙にかざした。

「人間の位置を記録し、軌道を読み、行動を定義する」
「俺の地図は、“未来”さえ記載できるんだ。運命を予測し、確定する」

 

地図が光る。空間が歪む。
銃弾の軌道が、紙の上で“逸らされる”。

「弾道修正、完了」
「次に狙撃されるのは、君の“未来座標”だ。3秒後の喉元に、爆裂」

 

エゼラの目が冷たく輝く。

「地図に描いた未来は、必ず実現するんだよ、兄弟」

 

……だが。

ヨハネスは、一歩も動かない。
ただ、口元で笑った。

「おい。お前、地図ってもんを、致命的に勘違いしてるな」
「地図ってのはな、“過去の記録”だ。“今”は描けても、“未来”は常にズレてんだよ」
「だから俺は、“未来を書かねぇ”」

 

ヨハネスの指が、ゆっくりと引き金にかかる。

「代わりに、“お前の今ここ”に、弾を置いとくだけだ」

 

──パン。
乾いた銃声が、聖回廊に響く。

 

エゼラの肩が裂ける。
血が飛び、未来の座標が崩れる。
“絶対”を謳った地図の運命が、ここで初めて破られた。

 

「貴様……まだ、あの地図を……!」

 

ヨハネスが投げたのは、燃え残りの旧地図。
かつて、二人で神を殺すために描いた航路の断片。

「お前がどんな未来を描こうと、その地図の原型は俺とお前の記録だ」
「“現在地”はそこからしか計算できねぇ。つまり……お前の場所は、俺に見えてる」

 

エゼラが、崩れる。
未来の軌道が砕け、“運命を操る地図”は沈黙する。

 

ヨハネスは、再び地図を拾う。
焼け焦げたページの余白に、静かに赤線を引いた。

「更新完了。ここは通るな――“ここには神がいた”」

 

リュリュが静かに問う。

「……その記録、残すの? 過去に殺した神の痕跡まで?」

 

ヨハネスは、地図を折りながら答える。

「残すさ。過去は捨てるもんじゃない。
神の死体は、未来への警告だ。
“ここには神がいた”って記すのは、同じ過ちを繰り返さないためだよ」

 

リュリュ「……ふうん」

ヨハネス「それに、俺たち案内人はな――“死んだ場所”を忘れないために地図を描くんだよ」

 



神を模倣した者は敗れた。
だが、地図にはその痕跡が残される。
それが、ヨハネス・グラウという男の「案内」の意味。

さあ、次の死体を見にいこう。
まだ、この地獄には“未記録の場所”がある。
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