悠久の蹄跡-Eternal Hoofprints-

こおえい

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間章2:アジアの疾走(第二次世界大戦中・アジア)

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同じ頃、遠くアジアの地でも、戦火は猛威を振るっていた。広大な中国大陸の奥地、あるいは南方のジャングルの奥深く。欧州とは異なる、過酷な自然と、文化の様相の中で、馬たちはやはり、戦いの渦中に組み込まれていた。

「黒風(ヘイフォン)」と「翠玉(ツイユイ)」
中国の辺境に暮らす少数民族の集落では、古くから馬が家族同然に扱われていた。その中でも、ひときわ異彩を放つ一頭の黒い駿馬がいた。「黒風(ヘイフォン)」と呼ばれ、その毛並みは夜闇に溶け込み、風のように速かった。彼は、部族の若い戦士である「ジン」と深く心を交わしていた。ジンは、黒風の瞳の奥に、ただならぬ知性と、決して屈しない誇りを感じていた。戦乱が部族の村を襲った時、黒風はジンと共に、民を守るためにその蹄を奮った。彼は、いかなる困難にも臆することなく、仲間を、そして愛する人間を守ろうとする、カヤンの魂の断片を宿していた。

一方、日本の占領下にある地域の山岳地帯では、荷役と連絡任務のために使役される栗毛の牝馬がいた。「翠玉(ツイユイ)」と呼ばれたその馬は、厳しい環境下でも決してへこたれず、静かなる強さを秘めていた。彼女は、負傷した兵士を運んだり、隠密に情報を伝達する役割を担っていた。翠玉は、任務の途中で出会った、虐げられた村の幼い少女に、深い慈愛の眼差しを向ける。少女は、翠玉の傍にいる時だけ、安らぎを感じることができた。翠玉の心には、イラナとしての、生命への深い共感と、どんな苦境の中でも希望を見出そうとする力が息づいていた。

試練と共鳴
戦況は混沌とし、黒風とジンが属する民族は、侵攻してくる軍によって追いやられ、山岳地帯へと逃げ込むことを余儀なくされた。食料も尽きかけ、疲弊が極限に達する中、彼らの前に、翠玉と、彼女に寄り添う少女が現れた。翠玉は、自らの荷を分かち与え、黒風と共に、疲弊した人々を導こうとした。

しかし、追跡は厳しく、黒風と翠玉は、共に深い森の中へと追い詰められていく。そこに、突然の集中砲火が降り注いだ。爆発音と、木々が砕け散る轟音の中、黒風は、翠玉と少女を守るように、身を挺して立ち塞がった。彼の体には、無数の破片が突き刺さり、血が滲む。翠玉は、その傷ついた体を支えようと、必死に寄り添った。彼らの瞳は、互いを深く見つめ合った。戦場の狂気の中で、国境も文化も超え、二つの魂が再び共鳴する。それは、遥か太古の草原で交わされた、命を懸けた「誓い」の再演だった。

黒風と翠玉の魂は、激しい光となって天へと舞い上がっていった。彼らの犠牲は、戦火に焼かれた大地に、小さくも確かに、希望の種を蒔いた。人間の愚かな争いの影で、それでもなお、生命の尊厳と、魂の絆が受け継がれていく。アジアの地で散った二つの魂は、静かに、次の巡り合いの時を、地球の再生を願いながら待っていた。
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