蹄鉄の夢(ていてつのゆめ)

こおえい

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第九章:群れ

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初めての“集会”は、有楽町駅前のレンタルスペースで開かれた。

主催はとゅーすこと「舟橋薫ふなばし かおる」。

参加予定人数は6名。

日曜午後、コンクリ打ちっぱなしのスタジオに、光映みえはリュックとヨガマットを持って入った。
すでに部屋の隅では、何人かが静かにストレッチをしていた。

その異様さは、どこか“静かすぎる異常”だった。

参加者の自己紹介は、簡潔に、けれど深く、痛々しく。

・「かかとを削って、爪先だけで立つ練習をしてます」
・「いつも夢の中で放牧されてて、でも朝起きると泣いてる」
・「人間語がうるさくて、数年前から誰とも会話してない」
・「草しか食べたくなくなって、正月に家族と絶縁しました」
・「馬体重に近づけるために、筋肉を20キロ増やした」

そして、光映みえの番が来た。

「私は、人間が怖くなって、動物に救われたくて、馬を選びました。
誰かになりたいんじゃなくて、“人間でない存在”として正しくありたいです」

皆、黙ってうなずいた。

理解ではない。
ただ、その“傷の輪郭”が自分に似ていると、静かに感じていた。

1時間後、「模擬蹄歩」のワークが始まった。

両膝にパッド、手にゴム蹄、背中にゴムのしっぽをつけた格好で、床を四足で歩く。
最初はぎこちない音が響いていたが、やがて、部屋の空気が変わっていった。

パカ……パカ……

まるで本物の厩舎にいるような音が、空間を満たしていく。

誰も笑わない。
誰も否定しない。
ここには、「狂っている」と言う人がいなかった。

むしろ皆、それぞれの方法で“馬になろう”としていた。

だが、ひとつの違和感が、光映みえの中に芽生え始める。

かおるが取り出した小型スピーカーから流れてきたのは、
“人間語を廃絶した人工馬語”という電子音だった。

かおるは言った。

「来月から、言語コードも馬に準拠します。人間の文法、やめていきませんか?」

また、別の男性は話していた。

「来年には尻尾移植の相談に行く予定です。インプラントの技術が追いついてきたので」

確かに、彼らの熱は本物だった。
だが――どこか、**“自分の見ていた馬とは違う”**とも感じていた。

集会が終わり、皆が静かに部屋を出ていく中、
光映みえかおるに声をかけた。

「……私、少しだけ違うかも」

かおるは振り返った。

「なにが?」

「“馬になりたい”のは同じ。でも、私は……変身したいわけじゃないのかもしれない。
“戻りたい”のかも。“馬だった自分”に」

かおるは少し微笑んで言った。

「それもいい。いろんな帰り方があると思う」

そして、そっと一言、囁くように。

「あなた、たぶん“原種系”だよね。私たちより、ずっと前からここにいた」

光映みえは、その言葉に一瞬、何も言えなかった。

帰り道、電車の窓に映る自分の姿を見た。

くせ毛風の無造作ヘア、首元には薄いストール。
どこから見ても、普通の40代の女性だった。

でもその中に、確かに“何かがいる”。

— 鞭を嫌う感覚。
— 草の匂いに安らぐ呼吸。
— 馬体の美を目で追うことしかできない焦燥。

“それ”が、群れの中で共鳴しきれなかったことが、光映みえには不思議と心地よかった。

家に帰ると、光映みえはいつものようにヨガマットの上に立った。
深く腰を落とし、両手を前につく。
背中を反らし、喉の奥から声を出す。

「ヒヒィン……」

今日の鳴き声は、少し違った。
孤独ではなく、“静かな個体”としての声だった。
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