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嫉妬
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「ただいまー」
「お帰りなさい!」
鍵をひなたに渡しているため、ひなたの部屋に帰って来るしかなかった。スーツのままでひなたに会うことは少ないが、これはこれで新婚の夫婦みたいで……
「……?大輔さん?」
「……あ、あぁごめん」
気がついたら玄関先でぼーっとしていて、目の前に不思議そうに俺のことを見つめるひなたの顔があった。
「とりあえずお邪魔します」
「はい、どうぞ」
「あの、今日はありがとうございました!」
部屋に入り、しばらくしてひなたから俺の部屋の鍵を受け取る。
「……なんか変なのなかった?大丈夫だった?」
朝は勢いのまま渡してしまったが、会社で考える限り数点ひなたには見られたくないものがあった。……まぁ奥の方に隠してあるから大丈夫だと思うけど
聞くとひなたは一瞬固まって、引きつった笑みでこちらを見て
「な、なにもなかったですよ……?」
あぁ……見つかったか。
ひなたはそれから気を取り直すように、俺のご飯の準備をしながら掃除の話をする。
「大輔さんの部屋、すごく物が少なかったです!生活感が薄いというか」
「え、あれが普通くらいじゃないの?まぁ仕事の休み以外あんまり会社以外では過ごさないしね」
「いやいや、いくらなんでも少なすぎますよ、今度なにか家具でも買いに行きましょう!」
「えぇ……いいよ、誰か家に入れる訳でもないし。」
「そうですか……私とか、部屋に泊まりたかったりしますけど……」
だんだんと声が小さくなりながらもはっきりと聞こえたその言葉に、どきりと胸が締め付けられ、苦さを伴いながら、甘い感覚を覚える。
「じゃあソファだけでも買おうかな……」
「……!はい!選びましょう!」
喜びの声と共に、夜ご飯の野菜炒めが出来上がった。
「うん、美味しい」
「えへへ、ありがとうございます」
小さい頃から野菜の固い部分が嫌いで、野菜を敬遠してたが、ひなたの作る野菜炒めはしっかりと野菜を切ってあって、固い部分が一切ないから食べやすい。
我ながら老人のようなことを言うなと思ってしまう。
しばらく食べ進めたあと、ひなたがあっ、と思い出したように言い出す。
「そう言えば今日メッセージで大学の同級生が、明日うちに遊びに来たいって言ってたんですけど、入れてもいいですか?」
「全然いいよ!ていうか、俺に聞く必要ないよね、ひなたの部屋なんだし」
「いや、お泊まりしたいって言ってきて……」
「あぁ、なるほど」
ひなたの同級生、あかりさんと言ったか。
会いたい気持ちもあるけど、明日は自分の部屋で……
「あかりが、お隣さんと会いたいって」
「え、俺の話するの?」
「付き合ってるとは言ってないけど、ご飯は一緒に食べるって言っちゃってて……ごめんなさい」
「そっか……ひなたが嫌じゃなかったら全然いいよ」
「ありがとうございます!じゃあ夜ご飯は3人で食べましょうか」
ほっと安心したようにしたあと、ひなたは自分のスマホで何かを打ち込んでいた。
「じゃあ、おやすみ、ひなた」
「はい、おやすみなさい」
ひなたと別れて、自分の部屋に入り、スーツを脱ぎ、シャワーを浴びて、寝る準備を整える。
ひなたの部屋がいつも整っていたから、ひなたの掃除の力は分かっていたが、予想を大きく外れていた。
部屋を整理するだけでなく、部屋の隅々まで掃除機がかかっていて、ホコリ一つない。
ベッドは綺麗に畳まれていて、洗った匂いがした。
……例のブツは、しっかりと移動されて整理されていた。
もうひとつ気がついたことは、俺の日記のはいったノートの箱だけは動かされていなかった。
俺は箱からノートを取り出し、今日の出来事をまとめる。
『8月3日
ひなたと家具を買う約束をして、明日ひなたの同級生が泊まりに来る話をした。明日はひなたの知り合いに会える初めての機会だから楽しみだ。』
ボールペンとノートをしまい、ベッドに倒れ込むように入る。
疲れていたのか、ベッドに入ってからの記憶はない。
私の友人、堺ひなたには、好きな人がいるようです。
私は付き合ってきた人はいるけれど、どっちかと言うとテニスが一番だったから、恋人なんて必要なかったけど。
だからこの間聞いてみたの。ひなたは何もしてないから暇じゃないのかーって。
そしたらなんて言ったと思う?
「暇だけど、料理とか趣味だから家では料理本読んでたりするかな。食べてくれる人もいるし」
んー?って思っちゃったよ。
百歩譲ってひなたに彼氏がいた事は許す。でもそれを私に言わなかったのは少し悲しかったな。だからお返しに考えに考えて
『明日ひなたの部屋に泊まりに行くからよろしく!彼氏くんにも合わせてね!』
こーなったら、私が直々に彼氏くんを見てやろうというわけ。
その日の夕方。ひなたからメッセージが返ってきて
『大輔さんからも許可貰ったよー!じゃあ明日来てね』
ほほう、大輔というのかそいつは。
ふふふ、明日が楽しみだ。
次の日、昼からひなたと会って、カラオケに行って遊んでから家に帰ってきた。
「大輔さんは夜になったら帰ってくるからご飯作って待ってよーよ」
「よーし!私が料理の腕をふるってやるよ!」
「え!あかり料理するの?」
「ん?全く」
あはは、と上品に笑うひなた。大輔という男は仕事をしているらしい
「で、その大輔とやらは高卒で働いてるの?」
「え?なんで?」
「働いてるんでしょ?だったら先に就職してるとか……」
「あー、なるほど。大輔さんはちゃんと大学出て就職してる」
「え?じゃあ何年上なの?」
「うん、あれ?言ってなかったっけ?」
初耳だった。私たちは1年だから、最低でも三、四歳離れている、または、それ以上……
「え、何歳差なん?」
「えー……秘密!」
おう、まじかい。
ひなたの誤魔化すような笑みに、不安が煽られる。もしかして、十歳差とか……?
ピンポーン
アパート特有の、安っぽいインターホンのベルが鳴る。
「あ、大輔さんだ。じゃあ行ってくるね」
「う、うん」
動揺して、軽い返事しか返せなくなってしまう。
ひなたが玄関を開ける音が聞こえてくる。何回か会話をして、こっちに歩いてくる音が聞こえる。
「あ、こんばんは」
落ち着きのある声で、こちらに向かって挨拶をかけてくる。大輔だ。
「こ、こんばん……えっ」
振り向いて顔を見て、衝撃をうけた。
確かに見た目は若いようには見えるが、二十前半には見えない。
「あかり!こちらが大輔さん。で、この子があかり。大学の友達です」
「初めまして。いつもひなたがお世話になっています。」
「いや、保護者かよ!」
反射的に突っ込んでしまって、微妙な空気になってしまった
「いや、ご、ごめんなさい!私、結構思ったこと口に出ちゃう人で……!」
「あはは、大丈夫だよ!よろしく」
さすが社会人。懐が深い。
3人で夜ご飯を食べながら、私から話始める。
「で、大輔さんとひなたはいつから付き合ってるんですか?」
「うーーん、……どのくらいだろ。2ヶ月とか?」
「この前で2ヶ月です!」
少しいじけたように、大輔さんの顔を見ながらいうひなた。大輔に向けるひなたの表情は、私が見た事のない、彼氏に向ける表情だった。
ご飯を食べ終わって、部屋であかりさんと二人で話していた
さすがに悪いと思って、ひなたに手伝うよと言っても、
「いい!大輔さんと話してて!」
と何故かにやにやしながら一人で片付けをしている。あかりさんと話して欲しいらしい。
「へぇ、じゃああかりさんはテニスが得意なんですね!すごいなぁ」
「いやいや、それほどでも」
あかりさんはひなたとは少し違っていて、不器用な分、子供らしさも出ていて、明るい人だった。
「あと私のことも呼び捨てでいいよ。ひなたみたいにさ。私、さん付け慣れてないんだ」
「うーん……でもね、結構抵抗あるんだよね、なんかこう、どっちかって言うとあかりちゃんって呼ぶ方がしっくり来るって言うか」
あかりさんに呼び捨てにしてほいしと言われて、少し悩んでしまう。もしかしたらひなたがどう思うか。ひなたの友達と仲良く話していいのか、わからなかった。
「やっぱり大輔さんってさー、結構おじさん臭いねー。なんか友達の恋人って感じより、近所のおじさんって感じ」
聞いた瞬間、あぁ、やっぱりそうだよな。と反射的に思ってしまった。
自分に向けられた現状をいやでも見てしまう。年齢とか、周りの目とかがどうしても気になってしまった
「大輔さん?」
「……あーごめん。」
「私こそごめん。気にした?」
何かを察したのか、あかりさんは素直に謝ってくれた。
ひなたには言い難いことでも、あかりさんには言うことができるかもしれない。
「……ううん。実はさ、いろいろ悩んでて。ひなたのことで」
「ん?どーしたん」
「いやほら、やっぱり俺って傍から見ると結構歳いってるおじさんって思わない?」
きっかけを貰った俺は、初めて会ったあかりさんに対して、悩みを告白した。
「……うん。まぁ、思うよ」
「だからさ、なんか申し訳なくなって。」
「なんで?あんな幸せそうじゃん」
「でももしかしたら、もっと歳の近い男の子の方がいいんじゃないかとか思うんだよね。だから今回も、あかりさんに会うの少しためらったんだ。俺の事を彼氏って紹介するの、なんか俺だったら恥ずかしいからさ」
初めてあった人に向けた言葉とは思えないくらい、ネガティブな考え方だった。
しばらく何かを考えたあと、話すことを決めたようにあかりさんは俺に向かって言った
「……あのさ、大輔さん」
「うん」
「大輔さんって顔かっこいいよね」
「……え?いや、そんなこと……」
「あるよ。ひなたが惚れるのもわかる。」
いきなり褒められて、照れてしまった。でも、あかりさんが何を言いたいのかわからない。
「大輔さんさ、ひなたが他にいいよる男いたら、すんなり譲っちゃうでしょ」
「え?……うん。そうかも」
要領が掴めない表情で頷く
「もっと、自信もちなよ」
「え?自信?」
「うん。自信。ひなたは大輔さんのこと大好きなんだから、もっと堂々としなよ」
「いや、だから影で考えてるかも……」
「それだよ、それ。ちょっとは俺の女感出しなよ。私もわかんないけどさ、大輔さんが考えすぎって。それだけはわかる」
「……そっか」
あかりさんなりに、考えて話してくれたことなのだろう。俺にはまだ自覚のない、自信がという指摘。
「周りがとう思うとかも考えなくていいじゃん。ひなたは大輔さんの事が好き。大輔さんもひなたのことが好き。年齢なんて関係ないよ」
「うん……そうかもね」
言われて、今までの事を思い返してみる。
ひなたはいつだって、俺のことを好きでいてくれたし、年齢の差なんて気にしていなかった。
そんなことを気にしていたのは俺だけで。
そのせいで、ひなたに色々な不安を抱え込ませていたのかもしれない。
そう考えると、自信がない。そう自分でも思えた。
「たぶん今すぐに持つのは無理だけど、頑張ってみるよ。ありがとう」
「うん。頑張れ!」
「あと、大輔さん女関係素人でしょ。分かりやすすぎ」
「う……やっぱりそうだよね」
にやにやとからかうようにあかりさんは言ってきた。
「ただいまー!なんの話ししてたん?」
「恋バナだよー!ね?大輔さん?」
「うん、そうだね」
「えー!なんで私がいない時に話すんですか!」
「あはは、ひなたには言いづらい事なんだよ」
「えー……?」
ひなたは、納得いかなそうに、首を傾げた
「よし、じゃあ私はそろそろ行こうかな」
元々は泊待っていく予定だったあかりさんが、おもむろに立ち上がって帰り支度を始めた。
「え?泊まるんじゃないの?」
「んー、やっぱいいや。私の代わりに、大輔さんと泊まりなよ」
「え?……うん」
「じゃあね!大輔さんも、また話そうね」
「うん、またね」
立ち上がる瞬間、俺の耳元に口を寄せて
「ちゃんと伝えなよ」
その一言が、背中を強く押してくれるような気がした。
あかりさんが帰ってから、俺はひなたの部屋で泊まることにした。
「ふふ、結局いつもみたいな感じになりましたね」
「そうだね……ひなた、今日は俺の分の布団引かなくていいよ」
「え?……なんでです?」
「ベッドで一緒に寝たらいいじゃん」
俺の方からひなたを求めたのは久しぶりだった。
足りなかったのは、俺の自信だけだった
俺の言葉を聞いたひなたは、目を輝かせながら提案する。
「あの、じゃあ今日はお布団引いて一緒に寝ましょう!」
「え?なんで?」
「広い方がいいですよね?」
意地の悪そうな顔でにやりと笑いながら話すひなたに驚きながらも、付き合い始めの緊張が戻ったように、ぎこちなくひなたの提案に同意する。
なんか一杯食わされた気がして悔しかったから、やり返しのつもりで冗談のつもりで言ってみた
「じゃあお風呂も一緒に入る?」
「いいですよ!じゃあ入りますか!私から入ります!」
あっちも食い気味で同意する。
「あ、いや今のじょうだ……」
「え?」
「いや、なんでもない」
冗談だ。と言おうとするのを察して、寂しそうな顔をする。
「じゃあ入ってきます!」
「う、うん」
しばらくしてから、呼ばれたので洗面台に行き服を脱ぐ。隣にひなたの服が置いてあって、目のやりどころに困ってしまう
「じゃあ、おじゃましまーす……」
「えへへ、いらっしゃいです!」
何故かいつもの倍は元気なひなたのはいる浴槽に、俺も一緒に入る。
「ちょっと狭いですね……」
「そう、だね……」
ひなたの服だけでも目のやりどころがなかったのに、向かいに座るひなたを直視できるわけがなかった。
初めて見る訳でもないが、明るいところで見るひなたの体は、暗闇よりも輪郭がはっきりしていて、どこか艶かしい。
「意外と恥ずかしいね……」
「は、はい……あ、からだ流しますよ!」
しばらく湯に使って、2人で同時に出た
ひなたはボディソープを手に伸ばして俺の背中を洗い始めた。
「ふっ……ふう、意外と背中大きいですね」
少し息を荒くして一生懸命に背中を洗ってくれるひなたの姿を想像してどきどきしてしまう。
しばらく無言でいたあと、ひなたがおもむろに話し始めた。
「大輔さんの部屋を掃除した日、私大輔さんのの日記ノート見ちゃったんです。」
「え!ほんとに?」
「はい。ごめんなさい。でも、悪いなって思ってみていたら、大輔さん変な事書いてて。なんか最近不安だったんですよ……?」
「日記になんか書いてあった?」
「その……このままいいんだろうか的なことです」
「あぁ、あれか……」
ひなたの様子がここ最近変だったのも、あの日からだった。
つまり……全部俺のせいだったのか。
ひなたに辛い思いをさせたのも、少しだけ距離があいたのも……全部、俺の自信が足りないからだった。
「でも今日はなんか違います。嬉しいことばかりしてくれます。」
「うん……ごめんね、気づけなくて」
「謝らないでください。むしろ私が何かしちゃったのかなかと思ってて……」
「何もしてないよ。ひなたは何も悪くない。」
「はい」
「だからさ、これからは俺が……しっかりするから」
「はい」
「だから見ててね」
「嫌です」
不意に背中を洗う手が止まる。止まって、ひなたが俺の腰に手を回してきた。
「え?」
「二人で、ですよ。二人でしっかりしていきましょうよ。付き合ってるんですから」
「……!うん、ありがとう」
夏の初めに、これからひなたと色々な所に行って、色々なものを見て。
仕事だけだと思っていた人生は、少しずつ、変わり始めていた。
「お帰りなさい!」
鍵をひなたに渡しているため、ひなたの部屋に帰って来るしかなかった。スーツのままでひなたに会うことは少ないが、これはこれで新婚の夫婦みたいで……
「……?大輔さん?」
「……あ、あぁごめん」
気がついたら玄関先でぼーっとしていて、目の前に不思議そうに俺のことを見つめるひなたの顔があった。
「とりあえずお邪魔します」
「はい、どうぞ」
「あの、今日はありがとうございました!」
部屋に入り、しばらくしてひなたから俺の部屋の鍵を受け取る。
「……なんか変なのなかった?大丈夫だった?」
朝は勢いのまま渡してしまったが、会社で考える限り数点ひなたには見られたくないものがあった。……まぁ奥の方に隠してあるから大丈夫だと思うけど
聞くとひなたは一瞬固まって、引きつった笑みでこちらを見て
「な、なにもなかったですよ……?」
あぁ……見つかったか。
ひなたはそれから気を取り直すように、俺のご飯の準備をしながら掃除の話をする。
「大輔さんの部屋、すごく物が少なかったです!生活感が薄いというか」
「え、あれが普通くらいじゃないの?まぁ仕事の休み以外あんまり会社以外では過ごさないしね」
「いやいや、いくらなんでも少なすぎますよ、今度なにか家具でも買いに行きましょう!」
「えぇ……いいよ、誰か家に入れる訳でもないし。」
「そうですか……私とか、部屋に泊まりたかったりしますけど……」
だんだんと声が小さくなりながらもはっきりと聞こえたその言葉に、どきりと胸が締め付けられ、苦さを伴いながら、甘い感覚を覚える。
「じゃあソファだけでも買おうかな……」
「……!はい!選びましょう!」
喜びの声と共に、夜ご飯の野菜炒めが出来上がった。
「うん、美味しい」
「えへへ、ありがとうございます」
小さい頃から野菜の固い部分が嫌いで、野菜を敬遠してたが、ひなたの作る野菜炒めはしっかりと野菜を切ってあって、固い部分が一切ないから食べやすい。
我ながら老人のようなことを言うなと思ってしまう。
しばらく食べ進めたあと、ひなたがあっ、と思い出したように言い出す。
「そう言えば今日メッセージで大学の同級生が、明日うちに遊びに来たいって言ってたんですけど、入れてもいいですか?」
「全然いいよ!ていうか、俺に聞く必要ないよね、ひなたの部屋なんだし」
「いや、お泊まりしたいって言ってきて……」
「あぁ、なるほど」
ひなたの同級生、あかりさんと言ったか。
会いたい気持ちもあるけど、明日は自分の部屋で……
「あかりが、お隣さんと会いたいって」
「え、俺の話するの?」
「付き合ってるとは言ってないけど、ご飯は一緒に食べるって言っちゃってて……ごめんなさい」
「そっか……ひなたが嫌じゃなかったら全然いいよ」
「ありがとうございます!じゃあ夜ご飯は3人で食べましょうか」
ほっと安心したようにしたあと、ひなたは自分のスマホで何かを打ち込んでいた。
「じゃあ、おやすみ、ひなた」
「はい、おやすみなさい」
ひなたと別れて、自分の部屋に入り、スーツを脱ぎ、シャワーを浴びて、寝る準備を整える。
ひなたの部屋がいつも整っていたから、ひなたの掃除の力は分かっていたが、予想を大きく外れていた。
部屋を整理するだけでなく、部屋の隅々まで掃除機がかかっていて、ホコリ一つない。
ベッドは綺麗に畳まれていて、洗った匂いがした。
……例のブツは、しっかりと移動されて整理されていた。
もうひとつ気がついたことは、俺の日記のはいったノートの箱だけは動かされていなかった。
俺は箱からノートを取り出し、今日の出来事をまとめる。
『8月3日
ひなたと家具を買う約束をして、明日ひなたの同級生が泊まりに来る話をした。明日はひなたの知り合いに会える初めての機会だから楽しみだ。』
ボールペンとノートをしまい、ベッドに倒れ込むように入る。
疲れていたのか、ベッドに入ってからの記憶はない。
私の友人、堺ひなたには、好きな人がいるようです。
私は付き合ってきた人はいるけれど、どっちかと言うとテニスが一番だったから、恋人なんて必要なかったけど。
だからこの間聞いてみたの。ひなたは何もしてないから暇じゃないのかーって。
そしたらなんて言ったと思う?
「暇だけど、料理とか趣味だから家では料理本読んでたりするかな。食べてくれる人もいるし」
んー?って思っちゃったよ。
百歩譲ってひなたに彼氏がいた事は許す。でもそれを私に言わなかったのは少し悲しかったな。だからお返しに考えに考えて
『明日ひなたの部屋に泊まりに行くからよろしく!彼氏くんにも合わせてね!』
こーなったら、私が直々に彼氏くんを見てやろうというわけ。
その日の夕方。ひなたからメッセージが返ってきて
『大輔さんからも許可貰ったよー!じゃあ明日来てね』
ほほう、大輔というのかそいつは。
ふふふ、明日が楽しみだ。
次の日、昼からひなたと会って、カラオケに行って遊んでから家に帰ってきた。
「大輔さんは夜になったら帰ってくるからご飯作って待ってよーよ」
「よーし!私が料理の腕をふるってやるよ!」
「え!あかり料理するの?」
「ん?全く」
あはは、と上品に笑うひなた。大輔という男は仕事をしているらしい
「で、その大輔とやらは高卒で働いてるの?」
「え?なんで?」
「働いてるんでしょ?だったら先に就職してるとか……」
「あー、なるほど。大輔さんはちゃんと大学出て就職してる」
「え?じゃあ何年上なの?」
「うん、あれ?言ってなかったっけ?」
初耳だった。私たちは1年だから、最低でも三、四歳離れている、または、それ以上……
「え、何歳差なん?」
「えー……秘密!」
おう、まじかい。
ひなたの誤魔化すような笑みに、不安が煽られる。もしかして、十歳差とか……?
ピンポーン
アパート特有の、安っぽいインターホンのベルが鳴る。
「あ、大輔さんだ。じゃあ行ってくるね」
「う、うん」
動揺して、軽い返事しか返せなくなってしまう。
ひなたが玄関を開ける音が聞こえてくる。何回か会話をして、こっちに歩いてくる音が聞こえる。
「あ、こんばんは」
落ち着きのある声で、こちらに向かって挨拶をかけてくる。大輔だ。
「こ、こんばん……えっ」
振り向いて顔を見て、衝撃をうけた。
確かに見た目は若いようには見えるが、二十前半には見えない。
「あかり!こちらが大輔さん。で、この子があかり。大学の友達です」
「初めまして。いつもひなたがお世話になっています。」
「いや、保護者かよ!」
反射的に突っ込んでしまって、微妙な空気になってしまった
「いや、ご、ごめんなさい!私、結構思ったこと口に出ちゃう人で……!」
「あはは、大丈夫だよ!よろしく」
さすが社会人。懐が深い。
3人で夜ご飯を食べながら、私から話始める。
「で、大輔さんとひなたはいつから付き合ってるんですか?」
「うーーん、……どのくらいだろ。2ヶ月とか?」
「この前で2ヶ月です!」
少しいじけたように、大輔さんの顔を見ながらいうひなた。大輔に向けるひなたの表情は、私が見た事のない、彼氏に向ける表情だった。
ご飯を食べ終わって、部屋であかりさんと二人で話していた
さすがに悪いと思って、ひなたに手伝うよと言っても、
「いい!大輔さんと話してて!」
と何故かにやにやしながら一人で片付けをしている。あかりさんと話して欲しいらしい。
「へぇ、じゃああかりさんはテニスが得意なんですね!すごいなぁ」
「いやいや、それほどでも」
あかりさんはひなたとは少し違っていて、不器用な分、子供らしさも出ていて、明るい人だった。
「あと私のことも呼び捨てでいいよ。ひなたみたいにさ。私、さん付け慣れてないんだ」
「うーん……でもね、結構抵抗あるんだよね、なんかこう、どっちかって言うとあかりちゃんって呼ぶ方がしっくり来るって言うか」
あかりさんに呼び捨てにしてほいしと言われて、少し悩んでしまう。もしかしたらひなたがどう思うか。ひなたの友達と仲良く話していいのか、わからなかった。
「やっぱり大輔さんってさー、結構おじさん臭いねー。なんか友達の恋人って感じより、近所のおじさんって感じ」
聞いた瞬間、あぁ、やっぱりそうだよな。と反射的に思ってしまった。
自分に向けられた現状をいやでも見てしまう。年齢とか、周りの目とかがどうしても気になってしまった
「大輔さん?」
「……あーごめん。」
「私こそごめん。気にした?」
何かを察したのか、あかりさんは素直に謝ってくれた。
ひなたには言い難いことでも、あかりさんには言うことができるかもしれない。
「……ううん。実はさ、いろいろ悩んでて。ひなたのことで」
「ん?どーしたん」
「いやほら、やっぱり俺って傍から見ると結構歳いってるおじさんって思わない?」
きっかけを貰った俺は、初めて会ったあかりさんに対して、悩みを告白した。
「……うん。まぁ、思うよ」
「だからさ、なんか申し訳なくなって。」
「なんで?あんな幸せそうじゃん」
「でももしかしたら、もっと歳の近い男の子の方がいいんじゃないかとか思うんだよね。だから今回も、あかりさんに会うの少しためらったんだ。俺の事を彼氏って紹介するの、なんか俺だったら恥ずかしいからさ」
初めてあった人に向けた言葉とは思えないくらい、ネガティブな考え方だった。
しばらく何かを考えたあと、話すことを決めたようにあかりさんは俺に向かって言った
「……あのさ、大輔さん」
「うん」
「大輔さんって顔かっこいいよね」
「……え?いや、そんなこと……」
「あるよ。ひなたが惚れるのもわかる。」
いきなり褒められて、照れてしまった。でも、あかりさんが何を言いたいのかわからない。
「大輔さんさ、ひなたが他にいいよる男いたら、すんなり譲っちゃうでしょ」
「え?……うん。そうかも」
要領が掴めない表情で頷く
「もっと、自信もちなよ」
「え?自信?」
「うん。自信。ひなたは大輔さんのこと大好きなんだから、もっと堂々としなよ」
「いや、だから影で考えてるかも……」
「それだよ、それ。ちょっとは俺の女感出しなよ。私もわかんないけどさ、大輔さんが考えすぎって。それだけはわかる」
「……そっか」
あかりさんなりに、考えて話してくれたことなのだろう。俺にはまだ自覚のない、自信がという指摘。
「周りがとう思うとかも考えなくていいじゃん。ひなたは大輔さんの事が好き。大輔さんもひなたのことが好き。年齢なんて関係ないよ」
「うん……そうかもね」
言われて、今までの事を思い返してみる。
ひなたはいつだって、俺のことを好きでいてくれたし、年齢の差なんて気にしていなかった。
そんなことを気にしていたのは俺だけで。
そのせいで、ひなたに色々な不安を抱え込ませていたのかもしれない。
そう考えると、自信がない。そう自分でも思えた。
「たぶん今すぐに持つのは無理だけど、頑張ってみるよ。ありがとう」
「うん。頑張れ!」
「あと、大輔さん女関係素人でしょ。分かりやすすぎ」
「う……やっぱりそうだよね」
にやにやとからかうようにあかりさんは言ってきた。
「ただいまー!なんの話ししてたん?」
「恋バナだよー!ね?大輔さん?」
「うん、そうだね」
「えー!なんで私がいない時に話すんですか!」
「あはは、ひなたには言いづらい事なんだよ」
「えー……?」
ひなたは、納得いかなそうに、首を傾げた
「よし、じゃあ私はそろそろ行こうかな」
元々は泊待っていく予定だったあかりさんが、おもむろに立ち上がって帰り支度を始めた。
「え?泊まるんじゃないの?」
「んー、やっぱいいや。私の代わりに、大輔さんと泊まりなよ」
「え?……うん」
「じゃあね!大輔さんも、また話そうね」
「うん、またね」
立ち上がる瞬間、俺の耳元に口を寄せて
「ちゃんと伝えなよ」
その一言が、背中を強く押してくれるような気がした。
あかりさんが帰ってから、俺はひなたの部屋で泊まることにした。
「ふふ、結局いつもみたいな感じになりましたね」
「そうだね……ひなた、今日は俺の分の布団引かなくていいよ」
「え?……なんでです?」
「ベッドで一緒に寝たらいいじゃん」
俺の方からひなたを求めたのは久しぶりだった。
足りなかったのは、俺の自信だけだった
俺の言葉を聞いたひなたは、目を輝かせながら提案する。
「あの、じゃあ今日はお布団引いて一緒に寝ましょう!」
「え?なんで?」
「広い方がいいですよね?」
意地の悪そうな顔でにやりと笑いながら話すひなたに驚きながらも、付き合い始めの緊張が戻ったように、ぎこちなくひなたの提案に同意する。
なんか一杯食わされた気がして悔しかったから、やり返しのつもりで冗談のつもりで言ってみた
「じゃあお風呂も一緒に入る?」
「いいですよ!じゃあ入りますか!私から入ります!」
あっちも食い気味で同意する。
「あ、いや今のじょうだ……」
「え?」
「いや、なんでもない」
冗談だ。と言おうとするのを察して、寂しそうな顔をする。
「じゃあ入ってきます!」
「う、うん」
しばらくしてから、呼ばれたので洗面台に行き服を脱ぐ。隣にひなたの服が置いてあって、目のやりどころに困ってしまう
「じゃあ、おじゃましまーす……」
「えへへ、いらっしゃいです!」
何故かいつもの倍は元気なひなたのはいる浴槽に、俺も一緒に入る。
「ちょっと狭いですね……」
「そう、だね……」
ひなたの服だけでも目のやりどころがなかったのに、向かいに座るひなたを直視できるわけがなかった。
初めて見る訳でもないが、明るいところで見るひなたの体は、暗闇よりも輪郭がはっきりしていて、どこか艶かしい。
「意外と恥ずかしいね……」
「は、はい……あ、からだ流しますよ!」
しばらく湯に使って、2人で同時に出た
ひなたはボディソープを手に伸ばして俺の背中を洗い始めた。
「ふっ……ふう、意外と背中大きいですね」
少し息を荒くして一生懸命に背中を洗ってくれるひなたの姿を想像してどきどきしてしまう。
しばらく無言でいたあと、ひなたがおもむろに話し始めた。
「大輔さんの部屋を掃除した日、私大輔さんのの日記ノート見ちゃったんです。」
「え!ほんとに?」
「はい。ごめんなさい。でも、悪いなって思ってみていたら、大輔さん変な事書いてて。なんか最近不安だったんですよ……?」
「日記になんか書いてあった?」
「その……このままいいんだろうか的なことです」
「あぁ、あれか……」
ひなたの様子がここ最近変だったのも、あの日からだった。
つまり……全部俺のせいだったのか。
ひなたに辛い思いをさせたのも、少しだけ距離があいたのも……全部、俺の自信が足りないからだった。
「でも今日はなんか違います。嬉しいことばかりしてくれます。」
「うん……ごめんね、気づけなくて」
「謝らないでください。むしろ私が何かしちゃったのかなかと思ってて……」
「何もしてないよ。ひなたは何も悪くない。」
「はい」
「だからさ、これからは俺が……しっかりするから」
「はい」
「だから見ててね」
「嫌です」
不意に背中を洗う手が止まる。止まって、ひなたが俺の腰に手を回してきた。
「え?」
「二人で、ですよ。二人でしっかりしていきましょうよ。付き合ってるんですから」
「……!うん、ありがとう」
夏の初めに、これからひなたと色々な所に行って、色々なものを見て。
仕事だけだと思っていた人生は、少しずつ、変わり始めていた。
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