【7/25頃②巻発売!】私を追放したことを後悔してもらおう~父上は領地発展が私のポーションのお陰と知らないらしい~

ヒツキノドカ

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帰途

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「夢」を見た。


 王都の屋敷の一室で、ポーションの研究をしていた頃の夢。

 ポーションを作って、作って、作って、作って、作って。
 それらすべては意味がなかった。
 私の大切な人は少しもよくならなかった。限界を感じていた。
 ――なら、私自身が変わるしかない。


「夢」を見た。


 王都の屋敷の一室で、血にまみれた床で目を覚ました時の夢。

 自分を変えるポーションを飲んで、【調合】スキルを育てる。
 負担が酷くて何度も飲むたびに血を吐いた。
 苦しかった。けれどそれ以上に私は嬉しかった。これはきっと有効な手立てになると思った。私は進んでいると思えた。私は机に置かれた瓶を手に取る。中身は血と同じ色のポーション。
 私はそれを一息に飲み干した。
 震える手には気付かないふりをした。


「夢」を見た。


 王都の屋敷の一室で、お母様の遺言を聞いた時の夢。

 間に合わなかった。
 その日お母様は私の作ったポーションを飲まなかった。
 どんな妙薬でも治らないくらいに病気は進んでしまっていたから。
 黒くひび割れた皮膚。包帯から滲む紫色の血。体を動かすたびに激痛が走る。
 そんな状態のお母様は、私に遺言を告げた。
 領地を――トマスを頼む、と。メリダにもよろしく、と。
 それから、ごめんね、と優しく告げて。

 それで二度と声は聞こえなくなった。
 私のスキルは上限すら超えたものになっていた。
 けれどそのスキルをもってしてもレシピが間違っていれば治療はままならない。その開発が間に合わなかった。
 ごめんなさい、と私は何度も繰り返した。


「夢」を見た。


 お母様の葬儀が終わって屋敷の中の何かが変わってしまった頃の夢。

 使用人たちが囁く。

 ――奥様の病状は普通ではなかった。
 ――本当はよくある流行り病などではなかったのか。
 ――お嬢様のポーションが奥様の体を狂わせ、ただの流行り病を不治の病に捻じ曲げてしまったのではないか。

 違う、と私は知っていた。

 私が治療を始める前からお母様の病は異常なものだった。
 王都でもっとも高名な薬師が治せないと断言したくらいなのだから。
 けれど私は無気力になっていて何も言えなかった。


「夢」を見た。


 父の部屋に呼びつけられた時の夢。

 父が叫ぶ。

 ――お前のせいだ、アリシア!
 ――お前がリシェーラを殺した。お前のくだらない薬師ごっこがリシェーラの体をおかしくさせた!
 ――お前が余計なことをしなければ、今もリシェーラは生きていたはずなんだ!

 あの人は知っていたはずだ。薬師の言葉も一緒に聞いていたのだから。
 けれど最愛の妻を亡くしたあの人はまともな精神状態ではなく、私を人殺しだと何度も罵った。
 違う、違う、違う!
 私じゃない! 私のポーションは人の体に悪影響なんてない。理論は間違っていない。
 自分の体でだって試した。
 問題なんてあるわけがない! 


「夢」を見た。「夢」を見た。「夢」を見た。


 お母様が亡くなった前後の過去を再現する夢ばかりを。
 何度も陰口を囁かれ、責められる。

 当時の私はそのうちにあることを思うようになった。
 本当に私のポーションはお母様に悪影響をもたらさなかっただろうか?

 少しくらいは寿命を縮めさせてしまっていたんじゃないだろうか?
 参考にした文献にミスは絶対になかっただろうか?
 素材に粗悪なものが混ざっていたりは?
 ろくに寝ずにポーションの研究ばかりしていた私は、一つのミスもしなかったと言い切れるだろうか?

 事実がどうなのかはわからない。
 けれどずっと頭の片隅にこびりついている疑問がある。


 私が、お母様を殺してしまった可能性は――本当にないんだろうか?





「……あ」

「おお、目が覚めたかアリシアよ」

「ランド……?」

 周囲を確認する。気を失った洞窟ではなく、ここは森のようだ。前のほうにはオルグたち「赤の大鷲」メンバーの背中が見える。

 気絶した私は中くらいの大きさになったランドの甲羅に乗せられて、運ばれていたらしい。

「大丈夫か、アリシア」

「平気です、オルグ。すみません。寝てしまっていたようです」

「それは別にいいけどよ……体が変だったりはしないか? 急に気を失うから驚いたぜ」

「心配をかけてしまってすみません。体のほうは……特に変わりはありませんね。少しだるいくらいでしょうか」

 フレナ様の話では新しいスキルを発現させたそうだけれど、特に実感はない。

「私が寝てからどのくらい時間が経ちましたか?」

「そんなにだな。三時間くらいじゃないか? 今は洞窟から出て、街に戻っている途中だ」

「なるほど」

 そんな話をしていると、先頭を行くシドさんが声をかけてきた。

「いやー、洞窟の中で待ってたら、オルグが気絶したアリシアちゃんを抱えて出てきたから驚いたぜ。本当に体は大丈夫ってことでいいのか?」

「はい。歩けるようになるまでは少しかかるかもしれませんが」

「そっか。目が覚めたばかりのとこ悪いけどさ、魔物除けが切れてるんだ。持ってたら使わせてくれねーかな」

「もちろんです」

 魔道具の鞄の中を漁る。魔物除けを取り出そうとして……不意に、私の体がこわばった。


 ――お前のせいで。
 ――お前が余計なことをしなければ、リシェーラは……


「……っ!」

「アリシア?」

 夢の中で何度も聞かされた、私を責める声が頭をよぎる。
 私は……鞄の中で触れていた魔物除けの瓶から手を離した。

「……すみません。魔物除け、切らしてしまったみたいです」

「そうなのか? でも、行きは帰りの分も多めに持ってきてるって」

「勘違いだったみたいです。別のポーションを間違って持ってきてしまったみたいで」

「そっかー。あ、気にしないでくれよな。俺たちの実力だけでもこっから無傷で生還するくらい楽勝だからさ!」

「油断しない、シド」

 明るく言ったシドさんに、キールさんが呆れたような突っ込みを入れる。私はそれを見ながら、嘘を吐いた罪悪感で心が痛むのを感じた。

「……」

「オルグ、どうしたんじゃ」

「いや、なんでもない」

 ランドに尋ねられ、オルグは何かを考え込むような表情を引っ込めた。
 けれど目だけは真剣さを帯びたままだった。





「アリシア、なにかあったのか?」

 野営中、オルグが話しかけてきた。
 他のみんなは拠点でテントを用意していて、私とオルグは少し離れた場所の川で食器を洗っているところだ。
 となると、オルグは他の人が聞いていないタイミングを見計らっていたのかもしれない。

「なにもありませんよ」

「本当か? 目を覚ましてからずっと様子がおかしいぞ」

「……」

「まさか地樹が発現させたとかいうスキルが悪さをしてるのか? だったら引き返して――」

「そういうわけではないんですが……」

 私の様子が変だとすれば、それはさっき見た夢のせいだろう。
 お母様が亡くなった前後の、とても臨場感のある夢。

 あれのせいで私は当時の気持ちを思い出してしまった。
 私のポーションは本当にお母様の命を削らなかっただろうか、という疑問。

 そんなはずはないと思っている。
 けれど、今より未熟だった私は自分でも気づかないうちに調合作業でミスをしてしまったんじゃないか、という疑念が晴れない。

 当時はすぐに魔物除けの開発などに取り掛かったから、そんな思いはじきに心の中に埋もれてしまっていたけれど……夢のせいでそれを掘り起こされたのだ。

 フレナ様とのやり取りの直後にこれだ。
 フレナ様が発現させたという新しいスキルに関係があるんじゃないかと思ってしまうけれど、残念ながら今は判断がつかない。

「……」

 黙り込む私にオルグは心配そうな顔をする。

「なにかあるなら言ってくれ。吐き出すだけで楽になることもあるだろ。絶対に誰にも言ったりしないから」

 きっとオルグは私が考えていることを吐き出しても、本当に誰にも言ったりしないだろう。
 それくらいに誠実な人物であることはわかっている。
 けれど……

「いえ、本当に気にしないでください。私は大丈夫ですから」

 やっぱり私は言わなかった。
 私が仮に「自分のポーションのせいで母親の寿命を縮めてしまったかもしれない」なんて言ったらどうなるだろう? 

 私はポーション作り以外なにもできない。
 そんな私がポーションすら満足に作れない人間だなんて思われてしまったら、私は無価値になってしまう。
 せっかくできたトリッドの街での居場所も、また失ってしまうかもしれない。

 父に屋敷の研究室を燃やされたときのように。
 それはとても怖い。
 だから私はオルグに相談することができない。
 私の言葉を聞いてオルグはなぜか少し悔しそうな顔をした。

「…………そうか。今の俺の立ち位置じゃ仕方ないよな……」

「え? すみませんオルグ、最後のほうの言葉が聞き取れませんでした」

「なんでもない。それより一つ約束してくれ」

「はい?」

 オルグはまっすぐに私を見た。
 頭上から降ってくる月明かりに反射して、意思の強そうなオルグの瞳がわずかに光ったようにすら思えた。

 真剣な表情のままオルグは告げた。

「いつか本当に困ったとき、俺を頼ってくれ。絶対に力になる。絶対だ」

「は、はい」

 気圧されるように頷く。
 そんな私を見てオルグは苦笑した。

「そろそろ戻ろう。あんまり遅いと変に思われるかもしれない」

「わかりました」

 私たちはそう言ってやり取りを終えるのだった。
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