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連載
ベンさんとお話
アーロン工房に着く。
工房入り口の見張りの人に用件を告げると、すぐに中に通された。ベンさんのいる執務室に案内される。
「こんにちは、アリシアさん。それにランドさんも。今日はどうなさいましたか?」
「こんにちは、ベンさん」
「久しぶりじゃのう」
執務机の上に積まれた大量の書類から目を離し、ベンさんが尋ねてくる。
相変わらず忙しそうだ。それでも話を聞いてくれるのでありがたい。
「実はうちの工房なかなか就職希望の調合師が来なくて……一体何がよくないのか、ベンさんにアドバイスをいただきたいと思いまして」
「ああ、その件ですか……」
複雑そうな顔をするベンさん。
……なぜそんな顔を?
「一応、条件は他の工房より少し優遇するくらいにしているつもりなんですが……」
「そう、ですね。はい。うーん……」
「ベンさん、何か心当たりがあるんですか?」
「……申し訳ありません、アリシア様!」
「えっ!?」
急にベンさんが勢いよく頭を下げてきた。
「何か知っているんですか?」
「実はですね……」
ベンさんが語ったのはこんなことだった。
最近、トリッドの街の他の工房を経営する者たちが連携して新しい調合師を雇っている。
衛兵などに頼んでフリーの調合師が来たら即座に教えてもらうよう根回ししたり、アーロン工房に毎日のようにやって来て、就職先を探す調合師がいないか確認したり。
そしてフリーの調合師を発見しては交渉を行い、公開している募集要項よりさらにいい条件で調合師を雇っているとのこと。
……なぜそんなことを?
「どこの工房もものすごく人手不足、ということなんでしょうか? しかしポーションが最近特別よく売れるという雰囲気もありませんし……」
他の工房がやっているのは、要約すれば“なんとかして一人でも多く調合師を確保する”ということだ。そんなことをして何のメリットがあるんだろう。
「アリシア様と……それとスカーレル商会が影響しています」
「え? ど、どういうことですか?」
「これまでトリッドの街のポーション工房は絶妙なバランスで棲み分けができていたんです。しかしアリシア様の店で手に入る圧倒的に質のいいポーションや、スカーレル商会の支店の販売戦略によってその均衡が崩れてしまったのです。そのため各工房は、これ以上アリシア様たちの店が拡大するのを恐れ、調合師を雇えないようにしているのです……」
「……」
なんとなく、平和な街に突如やってきた巨大怪獣になった気分を味わう私。
隣にはエリカ怪獣がいて、私と一緒に炎を吐いて街を火の海に……
いや、変なことを考えている場合じゃなくて。
「……もしかして私たち、色んな人たちの生活を脅かしているんでしょうか?」
この街には他の工房で働く人もいれば、その家族もいる。もし私の店が繁盛することでその人たちの暮らしを脅かしていたとすれば、それは私の望むことじゃない。
「い、いえいえ、そんなことはありません! 非情なことかもしれませんが、競争に負けた工房が潰れるのは当然です。それにポーションはどこでも需要がありますから、工房が潰れても従業員が路頭に迷うことはありませんよ」
「そ、そうですか」
「ただ、彼らも時間が欲しいんでしょう。新しいポーションの開発、販路の開拓などができれば工房をわざわざ潰すこともありませんから」
「なるほど」
「自分も状況は把握していたのですが、彼らに猶予を与えるため、アリシア様に現状をお伝えしていませんでした。……申し訳ありません」
再び深々と頭を下げるベンさん。
「気にしないでください。別にベンさんが悪いわけではないんですから」
この街にある調合師全体のことを考えてのことなんだから私が文句を言うようなことじゃない。そもそも私は昨日まで熱心に調合師を探していたわけでもないんだし。
「で、結局アリシアはどうするのがいいんじゃろうか」
ランドが尋ねると、ベンさんが考え込んでから言った。
「街の工房には十分猶予を与えたと思いますし、アリシア様が新たに調合師を雇うことにもう問題はないと判断します」
「となると、争奪戦ですか」
フリーの調合師を見つけていち早く交渉する。そうやって人員を増やすのだ。
ベンさんがこんなことを言った。
「一つ提案なのですが、アリシア様自身がスカウトなさるのはどうですか?」
「スカウト?」
「実はうちの工房は、取引先――イーゼンという街にある研究機関で新しい調合師を雇うことが多いんです。そこは教育機関も兼ねているので、就職先を探している人も多いんですよ」
イーゼン。
それは私もよく知っている、魔術関連の研究が盛んな街だ。
「実はもうすぐそこに行く予定があるんです。これまで情報を伏せていたお詫びも兼ねて、よければアリシア様も一緒に行きませんか?」
「――ぜひ!」
身を乗り出して頷く私。
こんなふうに簡単に話に乗ったのは、調合師のスカウト以外にも理由がある。
イーゼンには国内で最も大きな図書館があるのだ。
そこに行けばリグリス魔導国の情報が得られるかもしれない。そうすればお母様の命を奪った病について何かわかる可能性がある。
調合師のスカウトもできるなら、二つの問題がいっぺんに解決するかもしれない。
「ランド、構いませんか?」
「よいと思うぞ。儂も同行すれば、相手が悪人かどうかもその場で判断できる」
ランドも賛成のようだ。
「わかりました。では一緒に行くことにしましょう」
ベンさんが頷く。
というわけで、私は新たな調合師を雇うためにスカウト旅に出ることになった。
工房入り口の見張りの人に用件を告げると、すぐに中に通された。ベンさんのいる執務室に案内される。
「こんにちは、アリシアさん。それにランドさんも。今日はどうなさいましたか?」
「こんにちは、ベンさん」
「久しぶりじゃのう」
執務机の上に積まれた大量の書類から目を離し、ベンさんが尋ねてくる。
相変わらず忙しそうだ。それでも話を聞いてくれるのでありがたい。
「実はうちの工房なかなか就職希望の調合師が来なくて……一体何がよくないのか、ベンさんにアドバイスをいただきたいと思いまして」
「ああ、その件ですか……」
複雑そうな顔をするベンさん。
……なぜそんな顔を?
「一応、条件は他の工房より少し優遇するくらいにしているつもりなんですが……」
「そう、ですね。はい。うーん……」
「ベンさん、何か心当たりがあるんですか?」
「……申し訳ありません、アリシア様!」
「えっ!?」
急にベンさんが勢いよく頭を下げてきた。
「何か知っているんですか?」
「実はですね……」
ベンさんが語ったのはこんなことだった。
最近、トリッドの街の他の工房を経営する者たちが連携して新しい調合師を雇っている。
衛兵などに頼んでフリーの調合師が来たら即座に教えてもらうよう根回ししたり、アーロン工房に毎日のようにやって来て、就職先を探す調合師がいないか確認したり。
そしてフリーの調合師を発見しては交渉を行い、公開している募集要項よりさらにいい条件で調合師を雇っているとのこと。
……なぜそんなことを?
「どこの工房もものすごく人手不足、ということなんでしょうか? しかしポーションが最近特別よく売れるという雰囲気もありませんし……」
他の工房がやっているのは、要約すれば“なんとかして一人でも多く調合師を確保する”ということだ。そんなことをして何のメリットがあるんだろう。
「アリシア様と……それとスカーレル商会が影響しています」
「え? ど、どういうことですか?」
「これまでトリッドの街のポーション工房は絶妙なバランスで棲み分けができていたんです。しかしアリシア様の店で手に入る圧倒的に質のいいポーションや、スカーレル商会の支店の販売戦略によってその均衡が崩れてしまったのです。そのため各工房は、これ以上アリシア様たちの店が拡大するのを恐れ、調合師を雇えないようにしているのです……」
「……」
なんとなく、平和な街に突如やってきた巨大怪獣になった気分を味わう私。
隣にはエリカ怪獣がいて、私と一緒に炎を吐いて街を火の海に……
いや、変なことを考えている場合じゃなくて。
「……もしかして私たち、色んな人たちの生活を脅かしているんでしょうか?」
この街には他の工房で働く人もいれば、その家族もいる。もし私の店が繁盛することでその人たちの暮らしを脅かしていたとすれば、それは私の望むことじゃない。
「い、いえいえ、そんなことはありません! 非情なことかもしれませんが、競争に負けた工房が潰れるのは当然です。それにポーションはどこでも需要がありますから、工房が潰れても従業員が路頭に迷うことはありませんよ」
「そ、そうですか」
「ただ、彼らも時間が欲しいんでしょう。新しいポーションの開発、販路の開拓などができれば工房をわざわざ潰すこともありませんから」
「なるほど」
「自分も状況は把握していたのですが、彼らに猶予を与えるため、アリシア様に現状をお伝えしていませんでした。……申し訳ありません」
再び深々と頭を下げるベンさん。
「気にしないでください。別にベンさんが悪いわけではないんですから」
この街にある調合師全体のことを考えてのことなんだから私が文句を言うようなことじゃない。そもそも私は昨日まで熱心に調合師を探していたわけでもないんだし。
「で、結局アリシアはどうするのがいいんじゃろうか」
ランドが尋ねると、ベンさんが考え込んでから言った。
「街の工房には十分猶予を与えたと思いますし、アリシア様が新たに調合師を雇うことにもう問題はないと判断します」
「となると、争奪戦ですか」
フリーの調合師を見つけていち早く交渉する。そうやって人員を増やすのだ。
ベンさんがこんなことを言った。
「一つ提案なのですが、アリシア様自身がスカウトなさるのはどうですか?」
「スカウト?」
「実はうちの工房は、取引先――イーゼンという街にある研究機関で新しい調合師を雇うことが多いんです。そこは教育機関も兼ねているので、就職先を探している人も多いんですよ」
イーゼン。
それは私もよく知っている、魔術関連の研究が盛んな街だ。
「実はもうすぐそこに行く予定があるんです。これまで情報を伏せていたお詫びも兼ねて、よければアリシア様も一緒に行きませんか?」
「――ぜひ!」
身を乗り出して頷く私。
こんなふうに簡単に話に乗ったのは、調合師のスカウト以外にも理由がある。
イーゼンには国内で最も大きな図書館があるのだ。
そこに行けばリグリス魔導国の情報が得られるかもしれない。そうすればお母様の命を奪った病について何かわかる可能性がある。
調合師のスカウトもできるなら、二つの問題がいっぺんに解決するかもしれない。
「ランド、構いませんか?」
「よいと思うぞ。儂も同行すれば、相手が悪人かどうかもその場で判断できる」
ランドも賛成のようだ。
「わかりました。では一緒に行くことにしましょう」
ベンさんが頷く。
というわけで、私は新たな調合師を雇うためにスカウト旅に出ることになった。
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