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フェニックス……?

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「それで、俺は君に色々聞いてもいいのかな」

「よかろう」

 喉が渇いたので、綺麗な水場に案内してもらいつつ、フェニックスに尋ねる。

「さっきの熊は何だったんだ?」

「“ホーンベア”という魔物じゃ。なかなか大物じゃったな」

 あ、やっぱ魔物とかいるのか。
 フェニックスいわく、普通の動物と違って魔力――魔術なんかに使われる、この世界特有の物質を知覚・利用できる生物を魔物というらしい。そんな魔物がこの森には大量に棲息しているそうだ。

「この森ってもしかして相当危険だったりする……?」

「少なくとも人間は入ってこんな。ゆえにデオドロは転生先にここを選んだ。我という護衛までつけてな。汝、街中にいきなり現れておったら憲兵に連行されておったぞ」

「……護衛って言うなら魔物に襲われる前に助けてくれればいいのに」

「我はここに千年もいるんじゃぞ。散歩くらいしたくもなるわい。魔物は追い払えたんじゃからええじゃろうが」

 フェニックスはそんなことを言った。
 こいつ、結構いい加減だな。
 透き通る水が流れる小川について、水を飲もうとすると……あることに気付いた。

「……なあ、フェニックスさん。俺の姿が若返ってるように見えるんだけど……」

 今の俺の外見は十七、八歳くらいの俺のものだ。事故で死んだ時より十年分くらいは若返っていることになる。

「それはデオドロの使命と関係しておる。魔術は若いうちのほうが強く使えるからのう」

「あ、そういえば賢者から詳しい話を聞いてないんだよ俺。賢者が俺を転生させた理由って結局何だったんだ?」

 のどを潤してから俺が聞くと、フェニックスは言った。

「“邪神”への対処じゃな」

 フェニックスが言うには、かつてこの世界にはおそろしい力を持った邪神がいて、そいつのせいで世界は滅亡の危機にあったらしい。千年前にその邪神と戦って封印したのが賢者デオドロとのこと。

「デオドロはすさまじい魔術の使い手じゃったが、邪神と戦った時には老齢じゃった。ゆえに倒しきれず、封印するにとどめたのじゃ。そして千年の時を経て、邪神の封印が緩みつつある。下手をすれば数年以内に復活するやもしれん。ハヤト、汝はその邪神を今度こそ滅するのじゃ……む? どうして頭を抱えておる?」

「……いや、なんかスケールが大きくて頭が」

 俺が言うと、フェニックスはじろりと睨んできた。

「まさか腰が引けたとでも言うつもりか?」

 俺は首を横に振る。

「そうは言ってない。死ぬはずだった俺に、新しい人生をくれた恩人の頼みだ。何とか頑張ってみる」

 ……まあ、尊敬できるかと言われればそんな雰囲気でもなかったけど、あの賢者。

「ほう、言い心掛けじゃ」

「もらった魔導書もすごい力を秘めてるみたいだしな」

 俺は魔導書が現れるよう念じてみる。一冊ずつではなく、五冊まとめて出現するイメージだ。するとイメージした通り、俺の周囲に五冊すべての魔導書が浮かび上がった。
 ……うーん、これ本当にどういう仕組みなんだろうな。

 適当に緑色の表紙のものを開いてみると――あれ? 
 何も書いてない?

「なあフェニックス」

「汝、呼び方がさっきより雑になっておらんか?」

「魔導書に何も書いてないんだけど。白いのには文字が浮かんでるのに」

 魔導書を見比べてみる。すると中に文字が現れているのは白い魔導書だけだった。しかも白い魔導書も、後半のページは白紙のままだ。
 どうなってるんだ、これ?

「“付与の書”を最初に選んだせいじゃろうな」

 フェニックスがそんなことを言った。

「付与の書ってのは、この白い表紙の魔導書のことだよな」

「うむ。付与の書には肉体を強化するものや魔力を増やすものなど、自分や他人を強化する魔術が記録されておる。初心者には扱いやすいはずじゃ」

 そういえばさっき熊の魔物と戦う時に使った【フィジカルブースト】もそんな感じだったな。
 フェニックスが説明を続ける。

「汝が最初の一冊として付与の書を選んだことで、残りの四冊は休眠状態に入った。今お主の魂には、付与の書の魔術が刻まれておる最中じゃ。その間は他の魔導書を読み込むことはできん。また、付与の書の魔術をすべて習得するのも時間がかかる」

「ファイルのデータサイズが大きすぎて、インストールに時間がかかってるみたいな話か」

「ふぁいる? でぇた?」

 俺の脳裏には“Now Loading…”というフレーズが浮かんでいる。
 PCに膨大な情報をインストールするがごとく、今の俺の魂は付与の書の中身を読破することで手一杯らしい。
 それが終われば、他の魔導書も読めるようになると。

「……なんか不便だな」

「たわけ! 読むだけで賢者の魔術が使えるようになるんじゃぞ? こんなに便利なものは他にないわい!」

 読み込みにどのくらいかかるか聞いたところ、わからんと即答された。俺の魔術の才能次第で一か月だったり、十年だったりするらしい。
 十年って……五冊読んだら、いくら今の体が若いからって、その後戦うのは無理じゃないか? もっと短く済むことを祈ろう。

「ちなみに他の魔導書ってどんなものがあるんだ?」

「うむ。以前デオドロに聞いたところによると……まずは“属性の書”じゃ。これは火、水、土、風といった様々な魔術を扱える。中には特別な属性を扱えるものもおるが、すべては汝の素質によるな」

「へえ、人によって使える魔術が違うのか! 面白いな」

「あとは……」

「うんうん」

「……あとは」

「ん?」

 フェニックスは胸を張っていった。

「あとは、汝がその目で確かめるがよい」

「……もしかして覚えてないのか?」

「うるさい! デオドロが生きとったのは千年前じゃぞ! そんな昔のこと、いちいち覚えとれんわ!」

 逆ギレされた。こいつ、思ったより頼りにならないんじゃ……
 まあ、千年前のことじゃ仕方ないか。
 ある程度聞きたいことも聞けたし、そろそろ移動しよう。

「どこに行くつもりじゃ?」

「とりあえず、どこか街に行って人から話を聞こうかと……え? お前もしかしてついてくるの?」

「無論じゃ。お主が邪神と戦わず、魔導書を持ち逃げせんか監視する必要がある。我は半分そのためにこの森におったのじゃ。デオドロに頼まれたわけではないがの」

 どうやらこのフェニックスは、ただの護衛や説明役ではなく、俺が使命を遂行するか見張る目的もあるらしい。疑われているのは切ないが、この世界のことを教えてくれる存在がついてきてくれるのはありがたい。

「わかった。それじゃ一緒にいくか、フェニ――」

 ふと思ったが、一緒に行動するってことは、今後長きにわたってこの鳥の名前を呼ぶことになるわけだよな。なのに“フェニックス”なんて毎回呼ぶのはまどろっこしくないだろうか。

 ここはもう少し親しみやすい呼び方を考えるのも一手だ。
 どんな呼び方がいいかな。フェニックスだから、……、…………

「これからよろしく、フェニ公」

「待てハヤト。汝今我を不本意な呼び名で呼ばんかったか?」

「せっかく一緒に旅をするんだから、親しみを込めて呼びたくて」

「込め過ぎじゃろうが! もはや無礼の域に達しておるぞ!」

 大声で不満を表明するフェニ公。けど、他にいいものが思いつかないしなあ。
 まあ、呼び続ければきっと慣れてくれるだろう。

 ――と。

「きゃあああああああああああ!」

 森の奥から甲高い悲鳴が聞こえてきた。

「近かった! 行ってみよう、フェニ公!」

「くっ、汝後で覚えておれよ!」

 俺はフェニ公を抱きかかえると、悲鳴の聞こえたほうに走り出した。

 悲鳴のしたほうに言ってみると……

『グルルァアッ!』

「――っ!」

 予想通りというか、魔物が人を襲っているところだった。
 魔物のほうは真っ赤な鱗を持つ竜だ。さっきの巨大熊よりは小さいが、それでも体長は三メートル以上あるだろう。

 そして襲われているのは――まだ十歳かそこらに見える少女だった。
 肩までの髪は白く、服は簡素なワンピース。しかし特徴的なのは頭頂部から丸っこい獣耳が生えていることだ。また、ワンピースの裾からはしま模様のある細い尾が垂れている。

「ほう、珍しいな。獣人――それも“虎人族”とは」

 フェニ公が呟く。
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