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解放

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 傍受魔術【インターセプト】によってロナの危険を察知した俺は、自分の魔力の気配を追って村の外にやってきた。人気のない森の中だ。そしてそこで見たのは、予想した通りの光景だった。

「君は……ハヤミケント? どうしてここに?」

 焦ったような顔をするアルス。
 その足元には、ロナがぐったりと横たわっている。
 俺の視線に気づいたアルスが取り繕うように再度口を開く。

「あ、ああ、ロナなら体調を崩していて――」

「奴隷、って何のことだ?」

「――っ、どうしてそれを」

「別れ際、ロナに傍受の魔術をかけたんだ。お前たちの話の内容はだいたい聞かせてもらった」

 アルスは目を見開き、舌打ちをする。

「よくもそんな高等魔術を、僕たちに気付かれもせず……さすがはルビーワイバーンを単独で仕留めただけのことはあるね……」

 高等魔術なのか、【インターセプト】って。

「余計なことをしてくれたよ! ああ、そうだ! その娘は僕の奴隷だ! それを聞かれたからには、君をただで帰すわけにはいかないな!」

 剣を抜き構えるアルス。その隣では、仲間の女も杖を構えて俺を睨んでいる。
 ……何だ、この反応? 奴隷という単語を出しただけでどうしてこんなに焦る?

「奴隷か。また厄介な呪法に手を出したものじゃな、汝ら」

 フェニ公が口を開く。

「フェニ公、何か知ってるのか?」

「魔術の中でも、生贄や術者の血を要求するなど、特に忌み嫌われるものを呪法と呼ぶ。対象を奴隷化する“隷属魔術”もその一つ。術者によって奴隷紋を刻まれた者は、主である人間に対して絶対服従となる。逆らえば首に刻まれた紋章が作動し、呼吸を禁ずるのじゃ」

 首の紋章……そういえば、ロナの首の裏に妙な図形があった。あれのことか。 

 となると今ロナが倒れているのも、その紋章のせいで酸欠に陥っているからだろうか。

「奴隷紋はその悪質さにより、多くの統治者に毛嫌いされておる。やつらの焦りようからして、大方この国を治める王が禁術に指定しとるんじゃろ」

 ぎくり、とアルスが肩を揺らす。
 図星か。

「つまりあいつらは、違法な手段でロナを従わせていたのか。とんでもない話だな」

「黙れ! 僕には崇高な使命があるんだ! そのためなら奴隷を使うくらい、大した問題じゃない!」

「使命?」

 アルスは笑みを浮かべた。

「そう、僕の使命とは――邪神の討伐だ!」

 ん? 
 え? 何か聞き覚えがあるな、その単語。
 まさかと思うけど、こいつ俺と同じ立場の人間だったりする?
 アルスは続ける。

「少し前に予言がなされた。数年以内に邪神が復活するというものだ。それは知っているだろう?」

「ま、まあ一応」

「このロージア王国は、千年前に伝説の賢者デオドロ様の戦いを支援した人物が作った国だ。賢者様の遺志を継ぎ、今は封じられている邪神を今度こそ討伐すれば、莫大な報酬が王家より与えられるだろう」

 俺がいる国は賢者と深い関係のある国らしい。
 この言い方だと、アルスが転生者という感じではないな。単純に、報酬目当てで邪神を狙っているようだ。

「邪神を倒しさえすれば、落ち目貴族の三男だって英雄になれる! そのためには特殊な装備品が必要だ。この剣みたいにね」

 にやりと笑ってアルスは剣を掲げる。
 すると、剣は輝かしい光を放った。

「“魔剣ザクスレイド”――バルメイル家に伝わる魔道具の剣さ! これに加えてルビーワイバーンの素材で作った鎧さえあれば、邪神だって打ち倒せるはずだ!」

 魔剣……!? くっ、なんて強そうな名前なんだ! まさかこいつ、荒事はロナに任せていたくせに本当は強いのか!?

「あはははっ! 魔剣ザクスレイドはこの国でも屈指の名工が打ったとされる剣よ! その輝きに触れたものは鋼鉄であってもあっさりと切り裂かれてしまうの!」

 アルスの仲間の女がそんな補足を加える。まずい……! そんなに強い武器が出てくるなんて聞いてないぞ!

「僕が奴隷を使っていることがバレたら英雄となる道筋に傷がつく。君にはここで死んでもらうよ、ハヤミケントォオオオオオオオ!」

「【プロテクト】」

 ボキッ。

「…………え……?」

 俺目がけて振り下ろした剣が半ばから折れた。
 呆然とするアルスと仲間の女。

「な、なああああああああ!? お、お前、一体何をした!? どうして頭で僕の魔剣を防ぐなんてことができるんだよぉおおおおお!」

「防御力を上げる付与魔術を使ったからな」

 【プロテクト】は【ストレングス】の防御版のようなもので、肉体をすさまじく頑丈にする効果がある。今の俺は鋼鉄よりもはるかに硬い。

「だ、だからって頭で剣を防ぐなんて怖くないのか!?」

「いや、だってそれナマクラじゃないか」

「な、ナマクラ!? 我がバルメイル家に伝わる魔剣か、ナマクラだと!?」

 実は俺はここに来る前からもう一つ魔術を使っている。

 それが【アプレイズ】――鑑定の魔術だ。

 この魔術は対象の性能を見抜くことができる。アルスの剣が、ただぴかぴか光るだけのナマクラであることも、(おそらく悪質な商人にでもアルスの先祖が口八丁で買わされたんだろう)アルスが全然戦い慣れていないことも最初からわかっているのだ。

 最初に魔剣に怯んだような演技をしたのは、あえて向こうに調子に乗らせ、そして一気に叩き落して戦意喪失をさせるためである。

「ば、化け物め……!」

 俺の狙いが成功したのか、アルスが呻くように言った。
 目を血走らせたアルスは、地面で倒れるロナに向かって叫んだ。

「ロナ! 僕の奴隷! 命令だ、あの黒髪の化け物を押さえろ! あいつはお前を気に入っているようだからなあ! お前が相手では本気も出せまい!」

 ゲスすぎるだろう、こいつ。酸欠で苦しんでいるロナを盾にするつもりか。

「い、嫌……ッ、あう、うくっ」

 命令に抵抗したロナが苦悶の表情を浮かべる。今のロナは奴隷の紋章によって呼吸が封じられている状態だ。にもかかわらず、ロナはアルスの命令に逆らっている。

「いいから従え! この役立たず! 早くしないと窒息で死ぬぞ!」

 怒鳴られても、ロナは自分の意思を曲げようとしない。

「いやです……! あの、ひとは、いのちの、おんじん、です……! わたしなんかに、やさしく、してくれました。たたかいたく、ありません……!」

 ロナ……お前、そこまで言ってくれるのか……
 はっ、ロナの言葉に感動している場合じゃない。

「【ディスペル】」

 パキン。

 ガラスが割れるような音が響き、ロナにかかっていた奴隷化の魔術が消滅した。

「え……? 息が、苦しくない……?」

「お、おい、何だ今のは!?」

 呼吸が楽になったロナと、何かがおかしいと気付いたアルスがそれぞれの反応を示す。

 俺が今使った【ディスペル】は、対象にかかっているすべての付与魔術を無効化するというものだ。
 やはり奴隷化の魔術は付与魔術の一種だったようで、ロナの紋章は消え去った。

 ちなみにこの魔術も、【プロテクト】や【アプレイズ】と同じく、さっき食堂で付与の書を読んで覚えた。

「隷属魔術の解除……!? 馬鹿な! そんなことが簡単にできるわけがない! 術者でもない人間が隷属魔術を無理やり破壊するには、術者の何倍もの魔力が必要なんだぞ!? お前、一体何者なんだ!?」

 アルスが錯乱したように叫ぶ。
 何者と言われても、異世界人なんて信じてもらえないだろうしなあ……

「お前と同じ目的を持つ人間だよ」

「え?」

 目を見開くアルスだが、懇切丁寧に説明してやる義理もない。

「【フィジカルブースト】」

 できるだけ弱めになるように身体強化の魔術を使う。それからアルスのもとに歩み寄り――

 ドガッ!

「げふぉあああああああああああっ!?」

「アルス様!?」

 アルスが金髪をなびかせて吹っ飛んでいった。
 ……加減したんだけど、うまくいかないな……さすがに殺してはないだろうけど、十メートル以上向こうの地面に転がるアルスはおそらく気絶しているだろう。その場に残ったアルスの仲間の女に低い声で告げた。

「あいつは俺に剣で斬りかかった。正当防衛ってことでいいよな?」

「わ、私は見逃して。何でもするから」

「なら、二度とロナに近付くな。アルスにもそう伝えろ。もしまたロナに危害を加えたら、今度は手加減しない」

「わ、わかりましたああああああああああああ!」

 赤髪の女は勢いよくアルスの元に駆け寄り、気絶したアルスに肩を貸しながら逃げていくのだった。
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