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カリナ・ブラインの誤算
「ここにあるどの花よりも綺麗だよ、カリナ」
「まあ! お上手ですわね、フェリックス様」
王都の庭園で愛を囁くフェリックス王太子殿下に、笑みを浮かべて応じる私――カリナ・ブライン。
「夢みたいだよ。こうして君と一緒にいられるなんて」
「私もですわ」
「学院時代からお忍びで出かけたりはしていたけど、大手を振って一緒に過ごせるのは格別だ。僕はこうなるのをずっと待ち望んでいたんだ」
フェリックス様は美しい金髪の、まさに貴公子といったいで立ちの人物。
そしてその貴公子は私の婚約者なのだ。
他の令嬢たちに羨ましがられることを想像するだけで気分がよくなる。
「本当に素敵だよカリナ。ミリーリアとは大違いだ」
「まあ、ひどい。ミリーリア様はフェリックス様を愛しておられたのでは?」
「ふん、いい迷惑だ。あの女、昔から僕に対して会うたび注意ばかりして……鬱陶しいことこのうえなかった。婚約を破棄できてほっとしているよ」
フェリックス様は幼い頃から婚約していたミリーリアのことが好きではないようだった。
本人は鬱陶しいとか何とか言っているけど、多分劣等感があったんじゃないかしらね。
フェリックス様は優秀だけど、ミリーリアと比べるとかすんでしまう。
ミリーリアがよかれと思って口出ししても、フェリックス様からすれば憐れまれているように感じたんだろう。
まあ、どうでもいいけど。
「運がよかったね。ミリーリアが事故で聖女の力を失うなんて。おかげでカリナは自分の才能を隠す必要がなくなった……そうなんだろう?」
「ええ」
「ひどい話だ。自分に匹敵する才能があるからと、カリナを陰で虐げるなんて」
許せない、という感じで拳を握るフェリックス様。
あはは、この男、私の嘘を信じてる!
私はミリーリアと入れ替わるようにして聖女になった。
これには当然からくりがある。
私はある人物からもらった“吸魔の針”という魔道具で、ミリーリアから聖女の力を奪ったのだ。
周囲に誰もいないタイミングでミリーリアに針を刺すと同時、階段から突き落として記憶を曖昧にさせる。
当時は心臓バクバクだったけど、結局バレなかった。
吸魔の針をくれた人が、目撃者が出ないよう人を引き付けてくれていたみたい。
おかげで“万能の聖女”と呼ばれていたミリーリアの力は私のものとなった。
現在進行形でミリーリアが生み出す神聖魔力も私のもとに流れているので、今のミリーリアは神聖魔力が足りなくて苦労していることだろう。
けど、当然いきなり私の力が強くなったら怪しまれる。
そこで私は“今までミリーリアに脅されて力を隠していた”と嘘を吐いた。
ミリーリアは自分の地位を守るため、同じくらい力の強い私を無理やり押さえつけていた、と。
以前からせっせとミリーリアの悪い噂を流していた甲斐あって、フェリックス様はそれを信じた。他の貴族たちもね。
ミリーリアは聖女の仕事が忙しすぎて夜会にほとんど出なかったから、簡単に噂を定着させることができたのも大きかったわ。
今の私は聖女にしてフェリックス様の婚約者。
そしてこの地位を脅かせる人間はいない!
あはははは! これからミリーリアの味わうはずだった幸せは全部私のものになるのよ!
不意にフェリックス様が私にこんなことを言った。
「そういえば……カリナに頼みたいことがあるんだ」
「何ですか?」
「ある貴族の領地で、水源が汚染されてしまっているらしい。あの者は民を大事にするから、水源を浄化してやれば僕の派閥に取り込めるだろう。カリナ、頼まれてくれないか? もちろん何でもお礼はさせてもらうよ」
水源の浄化ねえ。
面倒くさいけど……まあいいわ。
私はまだ聖女になって日が浅い。私の力を疑問視する声もある。主にミリーリアを支持していた連中ね。
あいつらを黙らせないと、今後に支障が出るかもしれない。
私が素晴らしい聖女であることを知らしめないとね。
▽
「……え? もう浄化されてる?」
「はい。少し前に旅の聖女様と思われる方がいらっしゃって、あっという間に水源を浄化してくださったのです。本当に素晴らしいお方でした」
わざわざ山奥の水源近くの村までやってきた私を出迎えたのは、そんなふざけた言葉だった。
「どうしてそう報告しないのよ! 無駄足を踏むことになったじゃない!」
「報告はしたはずですが……王城にもたらされる報せは膨大でしょうから、まだ確認がされていないのかもしれません」
は? 何を生意気に言い返しているのよ、こいつ。貧しい農民の分際で。
ああもう、最悪の気分だわ。
こんな虫が多くて田舎臭い村に来てやったのに、時間の無駄だったなんて。
「もういいわ。さっさと案内しなさい」
「え……? 案内ですか?」
きょとんとする村の長に私は舌打ちをする。
「決まっているでしょう? 聖女である私が来たのよ? もてなすのが当然でしょう」
こんなさびれた村ではたいしたもてなしは期待できないけど、せめて食事くらいは上等なものじゃないとやってられない。
私は昔、教皇の命令でミリーリアの付き人をやらされたことがある。
その時はミリーリアが訪れた先ではいつも豪華な料理や宿が待っていた。
きっと聖女の特権なんだろう。
「どうしたの? 早くしなさい」
「で、ですか、急にそう言われましても……最近まで水源が汚染されていて、ようやく村人の暮らしもまともになってきたばかりだというのに……」
「何? 私に逆らうの? 私は王太子フェリックス様に頼まれてここにいるのよ。あなたは王族に盾突くつもり?」
「そ、そんなつもりは! しょ、少々お待ちくださ!」
村長は慌てて走り去っていった。そうそう、それでいいのよ。
ちなみに料理は期待外れだった。
聖女の来訪を歓迎しないなんてつまらない村ね。ここでのことは脚色してフェリックス様に伝えましょう。舐めた態度を取ったのだから、罰として税を重くするのがいいかしらね。
とはいえ、これじゃあ私が聖女としてふさわしいとアピールできないわね。
何か他に手段を考えないと……
「まあ! お上手ですわね、フェリックス様」
王都の庭園で愛を囁くフェリックス王太子殿下に、笑みを浮かべて応じる私――カリナ・ブライン。
「夢みたいだよ。こうして君と一緒にいられるなんて」
「私もですわ」
「学院時代からお忍びで出かけたりはしていたけど、大手を振って一緒に過ごせるのは格別だ。僕はこうなるのをずっと待ち望んでいたんだ」
フェリックス様は美しい金髪の、まさに貴公子といったいで立ちの人物。
そしてその貴公子は私の婚約者なのだ。
他の令嬢たちに羨ましがられることを想像するだけで気分がよくなる。
「本当に素敵だよカリナ。ミリーリアとは大違いだ」
「まあ、ひどい。ミリーリア様はフェリックス様を愛しておられたのでは?」
「ふん、いい迷惑だ。あの女、昔から僕に対して会うたび注意ばかりして……鬱陶しいことこのうえなかった。婚約を破棄できてほっとしているよ」
フェリックス様は幼い頃から婚約していたミリーリアのことが好きではないようだった。
本人は鬱陶しいとか何とか言っているけど、多分劣等感があったんじゃないかしらね。
フェリックス様は優秀だけど、ミリーリアと比べるとかすんでしまう。
ミリーリアがよかれと思って口出ししても、フェリックス様からすれば憐れまれているように感じたんだろう。
まあ、どうでもいいけど。
「運がよかったね。ミリーリアが事故で聖女の力を失うなんて。おかげでカリナは自分の才能を隠す必要がなくなった……そうなんだろう?」
「ええ」
「ひどい話だ。自分に匹敵する才能があるからと、カリナを陰で虐げるなんて」
許せない、という感じで拳を握るフェリックス様。
あはは、この男、私の嘘を信じてる!
私はミリーリアと入れ替わるようにして聖女になった。
これには当然からくりがある。
私はある人物からもらった“吸魔の針”という魔道具で、ミリーリアから聖女の力を奪ったのだ。
周囲に誰もいないタイミングでミリーリアに針を刺すと同時、階段から突き落として記憶を曖昧にさせる。
当時は心臓バクバクだったけど、結局バレなかった。
吸魔の針をくれた人が、目撃者が出ないよう人を引き付けてくれていたみたい。
おかげで“万能の聖女”と呼ばれていたミリーリアの力は私のものとなった。
現在進行形でミリーリアが生み出す神聖魔力も私のもとに流れているので、今のミリーリアは神聖魔力が足りなくて苦労していることだろう。
けど、当然いきなり私の力が強くなったら怪しまれる。
そこで私は“今までミリーリアに脅されて力を隠していた”と嘘を吐いた。
ミリーリアは自分の地位を守るため、同じくらい力の強い私を無理やり押さえつけていた、と。
以前からせっせとミリーリアの悪い噂を流していた甲斐あって、フェリックス様はそれを信じた。他の貴族たちもね。
ミリーリアは聖女の仕事が忙しすぎて夜会にほとんど出なかったから、簡単に噂を定着させることができたのも大きかったわ。
今の私は聖女にしてフェリックス様の婚約者。
そしてこの地位を脅かせる人間はいない!
あはははは! これからミリーリアの味わうはずだった幸せは全部私のものになるのよ!
不意にフェリックス様が私にこんなことを言った。
「そういえば……カリナに頼みたいことがあるんだ」
「何ですか?」
「ある貴族の領地で、水源が汚染されてしまっているらしい。あの者は民を大事にするから、水源を浄化してやれば僕の派閥に取り込めるだろう。カリナ、頼まれてくれないか? もちろん何でもお礼はさせてもらうよ」
水源の浄化ねえ。
面倒くさいけど……まあいいわ。
私はまだ聖女になって日が浅い。私の力を疑問視する声もある。主にミリーリアを支持していた連中ね。
あいつらを黙らせないと、今後に支障が出るかもしれない。
私が素晴らしい聖女であることを知らしめないとね。
▽
「……え? もう浄化されてる?」
「はい。少し前に旅の聖女様と思われる方がいらっしゃって、あっという間に水源を浄化してくださったのです。本当に素晴らしいお方でした」
わざわざ山奥の水源近くの村までやってきた私を出迎えたのは、そんなふざけた言葉だった。
「どうしてそう報告しないのよ! 無駄足を踏むことになったじゃない!」
「報告はしたはずですが……王城にもたらされる報せは膨大でしょうから、まだ確認がされていないのかもしれません」
は? 何を生意気に言い返しているのよ、こいつ。貧しい農民の分際で。
ああもう、最悪の気分だわ。
こんな虫が多くて田舎臭い村に来てやったのに、時間の無駄だったなんて。
「もういいわ。さっさと案内しなさい」
「え……? 案内ですか?」
きょとんとする村の長に私は舌打ちをする。
「決まっているでしょう? 聖女である私が来たのよ? もてなすのが当然でしょう」
こんなさびれた村ではたいしたもてなしは期待できないけど、せめて食事くらいは上等なものじゃないとやってられない。
私は昔、教皇の命令でミリーリアの付き人をやらされたことがある。
その時はミリーリアが訪れた先ではいつも豪華な料理や宿が待っていた。
きっと聖女の特権なんだろう。
「どうしたの? 早くしなさい」
「で、ですか、急にそう言われましても……最近まで水源が汚染されていて、ようやく村人の暮らしもまともになってきたばかりだというのに……」
「何? 私に逆らうの? 私は王太子フェリックス様に頼まれてここにいるのよ。あなたは王族に盾突くつもり?」
「そ、そんなつもりは! しょ、少々お待ちくださ!」
村長は慌てて走り去っていった。そうそう、それでいいのよ。
ちなみに料理は期待外れだった。
聖女の来訪を歓迎しないなんてつまらない村ね。ここでのことは脚色してフェリックス様に伝えましょう。舐めた態度を取ったのだから、罰として税を重くするのがいいかしらね。
とはいえ、これじゃあ私が聖女としてふさわしいとアピールできないわね。
何か他に手段を考えないと……
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