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お茶会
しおりを挟む華やかな紅茶の香り。座り心地の良い白い椅子。
可愛らしい小鳥のさえずりは、まるでフルートの音色のように心を安らがせる。
そんなユーグリア国王が住まう王城の中庭で、二人の男女がティータイムに興じている。
女性の名前はチェルシー・クローズ伯爵令嬢。
対して男性の名前は――ロイド・ユーグリア王太子。
つまりこのユーグリア王国における次期国王第一候補である。
ロイドは目の前にいる赤髪の女性を慰めるように言った。
「……そうか。それは大変だったね、チェルシー。妹さんがそんなことに……」
「申し訳ありません、ロイド様。こんなつまらない話をしてしまって」
「ああ、そんなことを言わないでくれチェルシー! 僕はきみの話ならどんなことだって聞きたいんだよ」
「ロイド様……!」
ロイドの優しい言葉に、チェルシーは傷ついた心を隠すような健気な表情を貼り付ける。
……というやり取りの裏で、チェルシーは内心でニヤニヤ笑いを浮かべていた。
(――やっぱりこの男はチョロいわ! 私の言葉なら何でも信じるんだから!)
「チェルシー、どうかしたのかい?」
「いえ、何でもありませんわ」
すまし顔で言ってのけるチェルシー。
貴族学院時代から、チェルシーは同学年だったロイドにアプローチを続けてきた。
もちろんロイドと結婚して王太子妃になるためだ。
他にもロイドを狙う令嬢はいたけれど、チェルシーはそれらをすべて強引に排除してロイドとの距離を縮めた。
その甲斐あって、学院の卒業後もチェルシーはたびたび王城に招かれ、こうしてロイドと中庭でお茶をする関係を手に入れたのだった。
(未来の国母はこの私。ロイド様は正直まっっったく好みじゃないけど……ま、贅沢三昧な生活ができるならそれも我慢ね。いざとなったら適当に騎士でも捕まえてつまみ食いすればいいし!)
「チェルシー、何を楽しそうな顔をしているんだい?」
「いえいえ、なんでもありませんわロイド様」
「そうか。それならいいんだ」
ロイドが聞いたら卒倒するような考えを抱きながら、それを大嘘で誤魔化せる面の皮の厚さ。
残念ながらクローズ伯爵家の長女は稀に見る性悪女なのだった。
「しかし妹君のことは気になるね。大人しい性格だったのに、急にチェルシーやもう一人の妹君を怒鳴りつけるだなんて」
ロイドは腕組みをして呟く。
二人の話題は先日のティナについてだった。
「しかもただ怒鳴るだけではありません。お父様の剣まで持ち出してきたのです」
「剣! それはただごとじゃないね。チェルシーは怪我をしなかったかい?」
「ええ、私は特に。しかしティナは罪悪感からか、しばらく屋敷に戻っていないのです。無事ならいいのですけど……」
不安定な妹の心配をする姉、を演じるチェルシー。
言っている内容ももうめちゃくちゃである。
自分に都合のいいように脚色した結果、ロイドの中ではチェルシーは『妹の家庭内暴力に耐え、それでも妹の身を案じる健気な姉』になっていた。
ティナがこの場にいたら十回以上の訂正が入ったことだろう。
「それは心配だね。いざとなれば捜索隊も出させるから、遠慮なく言うんだよ」
「お心遣い痛み入ります、ロイド様」
形だけの謝意を告げて、チェルシーは微笑んだ。
そこでチェルシーはふと思いついた。
「ところでロイド様、もうすぐ王城でパーティが開かれるのですよね」
「そうだね。東の国境での紛争に勝ったから、そこの公爵に褒賞を贈ることになったんだ。……ああ、もちろんチェルシーも招待するつもりだよ」
「ありがとうございます。その招待状なのですが、ティナの名前も加えてやっていただけませんか?」
「妹君をかい?」
チェルシーは頷く。
「妹があんな暴挙に出たのは、ストレスが溜まっているからだと思います。ですから、華やかなパーティに参加すればきっと気が晴れると思うのです」
「なるほど、それはいい考えだね。では彼女も招待しようか」
「ありがとうございます。きっと妹も喜びますわ」
……という建前を口にしながら、当然チェルシーの狙いは別にある。
(私に逆らった罰に、パーティで大恥をかかせてやるわ……! 似合わないドレス姿を披露して、みんなに馬鹿にされればいいのよ)
そんなチェルシーのドス黒い思考に気付かず、ロイドは微笑みを浮かべる。
「妹君がパーティまでに家出から戻ってくるといいね」
「ええ、本当にそう思いますわ!」
チェルシーとロイドはまったく逆の考えを抱きつつ、そんなふうに言い合うのだった。
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