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一方、エルとセイロンは
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「あいつら、上手くやっているかな…」
エルはぼんやりと虚空を見据えながらそんな事を呟いた。
「なぁ、エル。ここの文の訳、あってるか?」
セイロンがノート片手にエルの部屋に入ってきた。
「少し惜しいね。ここは単数名詞だからdeじゃなくてdis。それ以外はあってるよ。」
「ん。サンキュ」
セイロンは努力家だ。
家にいるときはかなり暇なので最近、外国語の勉強をしているようだ。
暇つぶしに勉強なんてかなり真面目だなとエルは思った。
かくいうエル自身も先刻から読んでいるのは理工学の専門書でやっていることは大差ないと思うが。
「しっかし、お前は相変わらず頭がいいよなー。
母国語でもなんでもないのにペラペラじんか。読んでる本もクソ難しいし」
セイロンが頬杖をつきながらエルの本を覗き込む。
「別にそうでもないと思うけど。」
「私のほうが年上なのに数学とか物理とか化学とか…勉強でお前に勝ったことないんだけど?知識量も遥かにお前のほうが上回ってるし。おまけに教えるのも上手いし」
セイロンは21、エルは17と歳が4つも離れているのにエルには全く敵わないとセイロンはため息を吐いた。
「そんな事ないって。ただ知りたいという欲求に忠実なだけだよ。教えるの実は苦手だし。」
「でもさー?お前、初等部の生徒とかに教えてたじゃ…あっ」
しまったという表情をしてセイロンは黙りこくった。
エルは今も過去に縛られている。
だから、エルに過去を思い出させるような不用意な発言は避けてきた。
「……。」
エルは目を伏せた。
長い睫毛が、物憂げに瞳に影を落としている。
「うん。…あの頃はまだ、家柄のおかげで慕われてたから。」
セイロンは驚いた。
エルが、昔のことに触れたことなんて今までただの一度も無かったから。
「うん…。」
でも。
エルの手が、震えていた。
哀しげに、寂しげに伏せた目。
わかっていた。
時間が解決してくれる、なんて。
そんな生易しい傷じゃないことに。
心配しなくても大丈夫だよ、なんて言えない。
そんな無責任なこと言えない。
セイロンは、エル何て言っていいかわからなくなってしまった。
エルは何処か遠くを見据えながら、静かに続けた。
「あの頃は、初等部の子達もまだ子供だったから俺を蔑んだ目でなんて見なかった。でも、もう違う。
あの時は決して幸せではなかったけれど…あの子達に多少は救われていたのかもしれない。
無邪気な、子供達に。
頼られて、目を見て会話してくれて。
まともに人と触れ合ったことなんて久しぶりだったんだろうし。きっと…
嬉しかったんじゃない?
……もう、そんな事は永久にないのだけれど。
人と人との繋がりなんて、羽根よりも軽いんだから。」
「…他人事みたいに、言うんだな。」
自分のことを語っているにしては、あまりにも冷たくて。
「だって。別人の事だし」
セイロンは目を見開いた。
エルの笑みが、あまりにも…
哀しげだったから。
「何言って…。」
「別人だよ。エルと"エルヴェ"は。
だって…。こんなにも違う。
昔の俺とは、あまりにもかけ離れてしまった。
何も知らなかった昔の俺と、全てを知ってしまった今の俺と…。
あのまま、何も知らなければ呑気にあの国で過ごしていたのかもしれない。
何も、知らないほうがよかったのかもしれない。
それでも、俺は…。
知ってしまったら、もう戻れないから。
"頭が良くて何でもできるお兄さん"も。
"何も知らない愚かな跡取り"も。
"要らない弟"も…
もう、何処にもいない…。
全部、あそこで死んでしまった。
9年前の、あの事件の時に。」
苦しかった。
心が痛くてたまらなかった。
自分の事ではないのに。
でも、悲しくて苦しくてたまらない。
エルは、過去の自分も今の自分も否定した。
エルが自分のことを嫌っていることぐらい、ずっと前から知っていた。
それでも、自分を大切にして欲しかった。
そんなに、自分を責めんなよ。
あの国から遠く離れた。
あの事件から9年もたった。
それなのに、まだエルを苦しめるのか…?
ずっと自分を責め続けるのか?
どうすれば、エルを救える?
どうすれば、エルが心から笑える?
傷に触れられるのは、痛いよな。
辛いよな。
でも…ほっといたらそのままだ。
だから、エルの思いを教えて。
どんな思いだって受け止める。
エルを守るためならなんだってする。
私は、"あいつら"とは違う。
居場所がないんなら、作ればいい。
「エル、お前の居場所は私の隣だ。
それは何年経とうとお前が昔と変わろうと変わらない。だから…私は、いつでもお前の横にいるよ…。」
そんな、不器用な言葉しか言えなかった。
でも…「うん、知ってる」
エルが柔らかい笑みで笑った。
「生意気」
私が言うといつものように
「そっちこそ。」と返ってくる。
このやりとりが、たまらなく愛おしかった。
私達は、複雑な感情をもつ一つの生き物だ。
だからこそ、ぶつかり合うし傷つけ合う。
とても弱くて、悲しい生き物だ。
でも、笑い合うことだってできる。
傷付いても、傷付けられても。
誰かと笑い合える、この日常が守られる限り。
私達は、大丈夫。
私達は、前に進む。
エルはぼんやりと虚空を見据えながらそんな事を呟いた。
「なぁ、エル。ここの文の訳、あってるか?」
セイロンがノート片手にエルの部屋に入ってきた。
「少し惜しいね。ここは単数名詞だからdeじゃなくてdis。それ以外はあってるよ。」
「ん。サンキュ」
セイロンは努力家だ。
家にいるときはかなり暇なので最近、外国語の勉強をしているようだ。
暇つぶしに勉強なんてかなり真面目だなとエルは思った。
かくいうエル自身も先刻から読んでいるのは理工学の専門書でやっていることは大差ないと思うが。
「しっかし、お前は相変わらず頭がいいよなー。
母国語でもなんでもないのにペラペラじんか。読んでる本もクソ難しいし」
セイロンが頬杖をつきながらエルの本を覗き込む。
「別にそうでもないと思うけど。」
「私のほうが年上なのに数学とか物理とか化学とか…勉強でお前に勝ったことないんだけど?知識量も遥かにお前のほうが上回ってるし。おまけに教えるのも上手いし」
セイロンは21、エルは17と歳が4つも離れているのにエルには全く敵わないとセイロンはため息を吐いた。
「そんな事ないって。ただ知りたいという欲求に忠実なだけだよ。教えるの実は苦手だし。」
「でもさー?お前、初等部の生徒とかに教えてたじゃ…あっ」
しまったという表情をしてセイロンは黙りこくった。
エルは今も過去に縛られている。
だから、エルに過去を思い出させるような不用意な発言は避けてきた。
「……。」
エルは目を伏せた。
長い睫毛が、物憂げに瞳に影を落としている。
「うん。…あの頃はまだ、家柄のおかげで慕われてたから。」
セイロンは驚いた。
エルが、昔のことに触れたことなんて今までただの一度も無かったから。
「うん…。」
でも。
エルの手が、震えていた。
哀しげに、寂しげに伏せた目。
わかっていた。
時間が解決してくれる、なんて。
そんな生易しい傷じゃないことに。
心配しなくても大丈夫だよ、なんて言えない。
そんな無責任なこと言えない。
セイロンは、エル何て言っていいかわからなくなってしまった。
エルは何処か遠くを見据えながら、静かに続けた。
「あの頃は、初等部の子達もまだ子供だったから俺を蔑んだ目でなんて見なかった。でも、もう違う。
あの時は決して幸せではなかったけれど…あの子達に多少は救われていたのかもしれない。
無邪気な、子供達に。
頼られて、目を見て会話してくれて。
まともに人と触れ合ったことなんて久しぶりだったんだろうし。きっと…
嬉しかったんじゃない?
……もう、そんな事は永久にないのだけれど。
人と人との繋がりなんて、羽根よりも軽いんだから。」
「…他人事みたいに、言うんだな。」
自分のことを語っているにしては、あまりにも冷たくて。
「だって。別人の事だし」
セイロンは目を見開いた。
エルの笑みが、あまりにも…
哀しげだったから。
「何言って…。」
「別人だよ。エルと"エルヴェ"は。
だって…。こんなにも違う。
昔の俺とは、あまりにもかけ離れてしまった。
何も知らなかった昔の俺と、全てを知ってしまった今の俺と…。
あのまま、何も知らなければ呑気にあの国で過ごしていたのかもしれない。
何も、知らないほうがよかったのかもしれない。
それでも、俺は…。
知ってしまったら、もう戻れないから。
"頭が良くて何でもできるお兄さん"も。
"何も知らない愚かな跡取り"も。
"要らない弟"も…
もう、何処にもいない…。
全部、あそこで死んでしまった。
9年前の、あの事件の時に。」
苦しかった。
心が痛くてたまらなかった。
自分の事ではないのに。
でも、悲しくて苦しくてたまらない。
エルは、過去の自分も今の自分も否定した。
エルが自分のことを嫌っていることぐらい、ずっと前から知っていた。
それでも、自分を大切にして欲しかった。
そんなに、自分を責めんなよ。
あの国から遠く離れた。
あの事件から9年もたった。
それなのに、まだエルを苦しめるのか…?
ずっと自分を責め続けるのか?
どうすれば、エルを救える?
どうすれば、エルが心から笑える?
傷に触れられるのは、痛いよな。
辛いよな。
でも…ほっといたらそのままだ。
だから、エルの思いを教えて。
どんな思いだって受け止める。
エルを守るためならなんだってする。
私は、"あいつら"とは違う。
居場所がないんなら、作ればいい。
「エル、お前の居場所は私の隣だ。
それは何年経とうとお前が昔と変わろうと変わらない。だから…私は、いつでもお前の横にいるよ…。」
そんな、不器用な言葉しか言えなかった。
でも…「うん、知ってる」
エルが柔らかい笑みで笑った。
「生意気」
私が言うといつものように
「そっちこそ。」と返ってくる。
このやりとりが、たまらなく愛おしかった。
私達は、複雑な感情をもつ一つの生き物だ。
だからこそ、ぶつかり合うし傷つけ合う。
とても弱くて、悲しい生き物だ。
でも、笑い合うことだってできる。
傷付いても、傷付けられても。
誰かと笑い合える、この日常が守られる限り。
私達は、大丈夫。
私達は、前に進む。
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