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アレクサンドル・クロムウェル
神託の愛し子 / 神託と誤解
しおりを挟むモーガンの訪れを告げる訪いに、ウィリアムは「入れ」と短く答えて、完璧な皇帝の仮面を被る。
生き残るために、そうせざるを得なかったとは言え、そんな兄の姿は、何度目にしても、胸が痛くなる。
グリーンヒルの後に続いて、入室したモーガンは、型通りの挨拶を述べた後、皇帝の傍らに立つ俺に、侮蔑の籠った視線を向け、その口の端を皮肉に歪めて見せた。
おそらく、レンを抱いて歩く俺の姿を見た者達の噂話が耳に入ったのだろう。
「話が長くなる、皆席に付け」
全員が席に付き、場が改まったところで、軽く咳払いをした皇帝が、話の口火を切った。
「詳細は省くが、此度愛し子が招来された」
愛し子と聞いたモーガンは、ハッとしたように背筋を伸ばしたが、目には不信が見える。
「愛し子のお名前は、シトウ・レン様と仰られる。名の表記が異なるようで、シトウが家名だそうだ」
「では、レン様とお呼びすれば宜しいか?」
気安くレンの名を口にするモーガンに、奥歯がギリっと鳴った。
「不敬だ。神の御使であるぞ」
皇帝の冷たい声に、モーガンは頭を下げた。
「愛し子を迎えたのは、クロムウェルなのだが、そこで愛し子が、番であると分かってな。すでに婚約の準備に入っている」
“ザッ” と音をたて、俺を見たモーガンの目に嫌悪が浮かんでいる。
「・・・宮廷雀の噂では、何処ぞの大公が子供を攫って来たとか。よもやその子供が、愛し子ではないでしょうな」
想定していたとはいえ、皮肉に満ちたモーガンの言い様には腹が立った。
これまでモーガンとは、表だった対立もなく、団同士の合同演習や、討伐でも、それなりに、良好な関係を築いて来たと思っていた。だがそれは、俺の一方的な勘違いだったのかも知れない。
「その、よもやだが?」
何か文句があるか。と態度で示す。
「耳にした話では、愛し子は大層お小さい子供の様ですなあ。いくら飢えているとは言え、何も知らない幼児に婚約を強いるとは、非道が過ぎるのでは?」
これには皇帝も黙っていられなかったようだ。
「やめよ、モーガン!うわさは噂だ。事実を知りもせず、憶測を口にするとは、お前らしくもない!」
皇帝に諌められたモーガンは、一旦口を閉じたが腹の虫が治らないのか、俺への糾弾をやめようとはしなかった。
「陛下。申し訳ございませんが、私は小児性愛というものが、生理的にどうしても許すことが出来ないのです。それに貴賓室に入られた方が、体調を崩された、とも耳に致しております。それは、愛し子に婚約を強要したからではないのですか?」と俺に憎悪と言っても良い目を向けた。
「同じ国を守護する者として、その様な非道を行う者に、背中を預けることは出来ません!!」
なるほどな。
モーガンが急に見せた、交戦的な態度の理由が、至極尤もなもので安心した。
団を預かる者としては、単純過ぎるとは思うが、いい意味で頭が硬い。
モーガンに苛立ちを隠さない皇帝に、“俺が説明する” と目で合図を送った。
「モーガン殿の言い分は尤もだ。俺も子供相手に、無体を働く輩には、嫌悪感を持っている」
「だったら何故っ!!」
カッとして、席を蹴るモーガンを手で制して、話し続けた。
「先の愛し子、ヨシタカ様が小柄な方だったのを知っているか? 今代の愛し子も、異界ではヨシタカ様と同国の出でな。大層小柄な方だが、歳は25になられる。これは、陛下も共に、ご本人から聞いた話だが、愛し子の民族は、異界でも幼く見える人種だと言っていたな」
モーガンは口を開けたまま、食い入るように俺を見て、話を聞いている。
「それと、体調を崩されたのは事実だが、原因は、魔力詰まりだ。貴様が邪推するような話ではない!」
「25・・・成人しているではないか」
惚けた顔をするモーガンを、鼻で笑ってやった。
「愛し子は、俺の番だ。婚約に関しては本人の了承も得ている。貴様がどんな穢らわしい話を聞いたか知らんが、神の御使である愛し子に対して、不敬が過ぎるぞ!」
ついさっき受け取ったばかりの、婚約許可証を、モーガンの前に滑らせると、それを穴が空くほど見つめた後、立ち上がったモーガンは俺に頭を下げた。
「すまなかった!! 貴殿が幼児を手籠にしたと聞いて、頭に血が登ってしまった。事実を確認もせず、無礼なことを言った。本当に申し訳なかった!!」
深く腰を折った体勢で、微動だにしない、モーガンの旋毛をしばらく眺め、視線を移して皇帝と頷きあった。
「分かれば良い。頭を上げてくれ」
恐縮し切った顔のモーガンは、居心地が悪そうだ。
「モーガン殿、今代の愛し子は素晴らしいお方だ。今は治癒師から安静を言い渡されているが、貴公が望めば、快く目通りを許してくださる」
モーガンはハッと息を詰めた。
「後は自分の目で、確かめるがよかろう」
「誤解は解けた様だな。だが愛し子に対する不敬を許すことはできん。お前の耳に穢らわしい噂を吹き込んだ者は、処罰が必要だ」
「ハッ!」
皇帝は凍てつく瞳で、モーガンを見ている。
「グリーンヒルと共に、噂をしている者、全てに対処するように」
「御意!」
皇帝の命を受け、モーガンが腰を折る。
「まったく。威嚇を垂れ流す獣人に挟まれると、肩が凝っていかん」と首を回した皇帝は、宰相に向かって茶を要求した。
宰相手ずからの茶で場が和むと、皇帝が本題に入った。
「モーガンを呼んだのは、愛し子に神託が降りたからだ」
それを聞いたモーガンは、カップに口を付けたまま、茶を喉に詰まらせた。
「ゲホッ・・・・・失礼・・・ゴホッ」
「モーガンが驚くのも無理はない。余も同じように驚いたからな。だが重要なのは、神託の内容だ」
皇帝に目配せされ、神託の内容を語ると、モーガンの顔は引き攣り、次第に色を失っていった。
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