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幸福の定義は人それぞれ
夜会はこれから、なのだけど
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春を告げる夜会。
その主役は年若いデビュタント達だ。
親の考えや家の事情で、年齢にばらつきはあるものの、15~20歳の令息たちの晴れ舞台。
ホールの中心にデビュタントとそのパートナーが集まると、色とりどりの大輪の花が咲いたようだった。
大人の仲間入りを果たし、これからの人生が豊かで素晴らしいものになると信じて、甘いロマンスを夢見る顔は輝いていた。
「アレク、人数が足りません」
「ん?そうか?全員いるのではないか?」
「いえ、今日のデビュタントは48名。ホールには47組しかいないです。何かあったのでしょうか?」
レンに言われ、改めて人数を数えてみると、確かにホールには47組のデビュタントしか居ない。
春の夜会は、人生最大の晴れ舞台だ。
そのファーストダンスに参加しないデビュタントなどいない。
レンの言う通り、本当に何かあったのかもしれない。
「お名前は失念してしまったけれど、亜麻色の髪で濃紺に銀の刺繍のジュストコールを着た、男爵家の方だったと思います」
「分かった」
近くに居た近衛を呼び今の話を伝えて、話の令息を探し、困っていたら助けるように伝えると、近衛騎士は深く礼をし、壁際に居た騎士を連れてホールを出て行った。
それにしても、相手が男爵家の者なら、挨拶を許されていないから、言葉を交わす機会はなかった。
アーノルドから祝いの言葉を授けられ、レンへ拝礼して下がるまでの短い時間で、デビュタント全員を、レンは覚えたとでもいうのか?
しかも、髪色や衣服の特徴まで記憶しているとは、レンが相手の細かいところまで気を配っていた証拠だろう。
騎士と話している間に、ファーストダンスが始まってしまった。
デビュタントのダンスは3曲続けて踊る慣習がある。
1曲目がパートナーとのロンド。
2曲目はデビュタント全員が手を繋いで踊るガヴァット。
3曲目、再びパートナーと踊るワルツだ。
男爵家の令息を探しに行った騎士は、1曲目が終わる前に戻って来た。
「早かったな」
「ホールの中庭にいらしゃったので、すぐに見つけることが出来ました」
「何かお困りでしたか?」
生真面目そうな騎士が、怒りと困惑が入り混じった複雑な顔になった。
「何があった」
「それが・・・・」
騎士の報告を俺とレンは、信じられない思いで聞くことになる。
男爵家の令息とそのパートナーは、高位の貴族から難癖をつけられた挙句、殴られもみ合った際に衣装を破かれてしまったのだそうだ。
「怪我は?」
パートナーは殴られ転倒。倒れた時に頭を打ち気絶してしまった。
幸い意識は戻ったが、倒れた時に足首を挫いて歩けないらしい。
「頭を打ったなら、あまり動かない方がいいですね。私行ってきても良いでしょうか?」
「俺も行こう」
レンを独りには出来ないし、皇家主催の夜会でのトラブルだ。
一応ホスト側の俺が、話を詳しく聞いた方がいいだろう。
もう一人の騎士に、親父殿とアーノルドへ伝言を頼み、令息が居る中庭へと急いだ。
中庭では、騎士に見守られ、ベンチに腰掛けパートナーを膝枕した令息が、静かに涙をぬぐっていた。
「大丈夫ですか?」
「いっ愛し子様?!」
レンに驚いた令息は、慌てて立ち上がろうとして、膝の上にパートナーが居る事を思い出し、どうしていいのか分からなくなったようだった。
「そのままで。頭を打ったのでしょう?動かしては駄目よ」
「はっ でも あの」
「足も挫いたと聞きました。他に痛むところはありますか?」
優しく話しかけられ、令息とそのパートナーはしどろもどろ状況を説明している。
「分かりました、今から治癒を掛けます。すぐに済みますから、じっとしててね」
レンに微笑まれ、二人は揃って頬を染めている。
レンが治癒を施す間、俺は二人から改めて事情を聴いた。
ジェイド・バーリンと名乗った令息は、自領から出たのも今回が初めてで、皇太子への挨拶で緊張しすぎてしまい、サムエルというパートナーである従兄に連れられ、高位貴族の挨拶の間、この中庭で休んでいたのだそうだ。
そこへ現れた高位貴族と思しき雄に難癖をつけられた。
相手はホールで自分にぶつかっておきながら、無視するとは無礼であろう と言っていたらしい。
しかし自分たちは田舎者で、華やかな場には慣れていないから、目立たないようにずっと壁際にいたし、皇太子から祝いの言葉を貰った後は、そのまま中庭に出て来たから、人違いだ、と言い返すと、その貴族は激高して殴りかかってきたのだという。
サムエルは地元で喧嘩に負けたことはないが、身なりから相手は確実に高位貴族だと分かり、手を出すことが出来なかった。
殴られそうになったジェイドを庇ったのは良いが、当たり所が悪く、倒れてしまったのだと、面目なさそうに語っていた。
「相手は誰か、分からんのか?」
「はい。僕は皇都に初めて来たので、知り合いもほとんどいません。全く面識のない方でした」
「そうか・・・相手は酔っていたのか?」
「そのようには見えませんでした。ですが怒っている筈なのに、なんとなく面白がっているようで、それが怖かったです」
「目撃したものは居ないのか?」
「ホールの中に警備が集中していましたので、誰も」
声を掛けた騎士は申し訳なさそうにしているが、アーノルドが中に居るのだから、警備の目がそちらに集中するのは仕方のない事だ。
そこへ、俺達を探しにロロシュとマークがやって来た。
「閣下何事ですか?」
二人は中座する俺達を見て、何かあったのでは、と後を追って来たのだそうだ。
治癒を掛けているレンに驚く二人に、ことの経緯を説明した。
ジェイドから、相手の人相を聞き出すと、ロロシュには心当たりがあるようだった。
「誰か分かるのか?」
「そこんとこは後で詳しく話すよ。それより今はこの二人をどうするかだろ?」
ロロシュの言うことは尤もだ。
大切なデビュタントを台無しにされたジェイドを放っておく事は出来ない。
「ジェイド?!」
悲鳴に近い声に振り向くと、そこには真っ青になった、リアン・オーベルシュタインとアーノルドが居た。
「ジェイド!何があったの?」
「リアン様 申し訳ありません。せっかく皇都に連れて来て頂いたのに」
「そんな事は気にしないで、サムエルは怪我をしたの?」
「大丈夫ですよ。今治癒を掛けましたから。でも頭を打ったそうなので、安静にして、治癒師の診察を受けてくださいね?」
「愛し子様・・・ありがとうございます」
涙を流し礼を言うリアンの肩を、レンは静かに撫でている。
「アーノルド、お前が抜けてきたら駄目だろう」
「それを言うなら、兄上とレン様もでしょう?」
生意気に肩を竦めて見せるアーノルドに溜息を吐きながら、事の経緯を説明した。
「これは災難だった。で済ませられる話じゃないですね」
「そうだな・・・だが今は、大事なデビュタントを台無しにされた、ジェイドをどうにかしてやらないとな?」
「ねぇ。アーノルドさんとのファーストダンスを、ジェイドさんと踊ってあげたら?」
レンの提案に、アーノルド、リアン、ジェイドの三人はそれぞれ違った意味で驚いた顔をしていた。
「いいですね! ジェイドと言ったかな? 母上の代わりに君と踊ろう」
それを聞いたジェイドは、目を白黒させた後、青ざめていた顔から残った血の気が引き、真っ白になって震え出した。
「ぼ・・・僕は。男爵家の人間です。皇太子殿下と踊るだなんて・・・そんな恐れ多い」
「酷いな。僕は兄上みたいに怖くないよ?」
「おい!」
「アーノルドさん。誤解されるような言い方はやめてください。アレクはとっても優しいんだから」
「レン様、ここで惚気ですか?」
呆れ顔のアーノルドに、レンは小さく舌を出して、俺の横に戻って来た。
「閣下と愛し子様は、本当に仲がよろしいのですね」
リアンはくすくすと笑い、ジェイドの手を取った。
「ジェイド。これはまたとない機会です。せっかくの殿下のお申し出なのだからお受けして、一生の思い出に踊っても良いと思うのだけど」
「リアン様・・・・」
「殿下。ジェイドをお願いできますか?」
「勿論だ。ジェイド、君のパートナーは治癒師の所の連れて行かせるから、君は僕達とホールに戻ろう」
「はっはい!」
意気揚々とホールへ戻るアーノルド。
その後ろを、ギクシャクと歩くジェイドと王配候補のリアン。
その後ろ姿を見送った俺は、騎士にサムエルを任せ、犯人も探す様に命じてその場を離れた。
その主役は年若いデビュタント達だ。
親の考えや家の事情で、年齢にばらつきはあるものの、15~20歳の令息たちの晴れ舞台。
ホールの中心にデビュタントとそのパートナーが集まると、色とりどりの大輪の花が咲いたようだった。
大人の仲間入りを果たし、これからの人生が豊かで素晴らしいものになると信じて、甘いロマンスを夢見る顔は輝いていた。
「アレク、人数が足りません」
「ん?そうか?全員いるのではないか?」
「いえ、今日のデビュタントは48名。ホールには47組しかいないです。何かあったのでしょうか?」
レンに言われ、改めて人数を数えてみると、確かにホールには47組のデビュタントしか居ない。
春の夜会は、人生最大の晴れ舞台だ。
そのファーストダンスに参加しないデビュタントなどいない。
レンの言う通り、本当に何かあったのかもしれない。
「お名前は失念してしまったけれど、亜麻色の髪で濃紺に銀の刺繍のジュストコールを着た、男爵家の方だったと思います」
「分かった」
近くに居た近衛を呼び今の話を伝えて、話の令息を探し、困っていたら助けるように伝えると、近衛騎士は深く礼をし、壁際に居た騎士を連れてホールを出て行った。
それにしても、相手が男爵家の者なら、挨拶を許されていないから、言葉を交わす機会はなかった。
アーノルドから祝いの言葉を授けられ、レンへ拝礼して下がるまでの短い時間で、デビュタント全員を、レンは覚えたとでもいうのか?
しかも、髪色や衣服の特徴まで記憶しているとは、レンが相手の細かいところまで気を配っていた証拠だろう。
騎士と話している間に、ファーストダンスが始まってしまった。
デビュタントのダンスは3曲続けて踊る慣習がある。
1曲目がパートナーとのロンド。
2曲目はデビュタント全員が手を繋いで踊るガヴァット。
3曲目、再びパートナーと踊るワルツだ。
男爵家の令息を探しに行った騎士は、1曲目が終わる前に戻って来た。
「早かったな」
「ホールの中庭にいらしゃったので、すぐに見つけることが出来ました」
「何かお困りでしたか?」
生真面目そうな騎士が、怒りと困惑が入り混じった複雑な顔になった。
「何があった」
「それが・・・・」
騎士の報告を俺とレンは、信じられない思いで聞くことになる。
男爵家の令息とそのパートナーは、高位の貴族から難癖をつけられた挙句、殴られもみ合った際に衣装を破かれてしまったのだそうだ。
「怪我は?」
パートナーは殴られ転倒。倒れた時に頭を打ち気絶してしまった。
幸い意識は戻ったが、倒れた時に足首を挫いて歩けないらしい。
「頭を打ったなら、あまり動かない方がいいですね。私行ってきても良いでしょうか?」
「俺も行こう」
レンを独りには出来ないし、皇家主催の夜会でのトラブルだ。
一応ホスト側の俺が、話を詳しく聞いた方がいいだろう。
もう一人の騎士に、親父殿とアーノルドへ伝言を頼み、令息が居る中庭へと急いだ。
中庭では、騎士に見守られ、ベンチに腰掛けパートナーを膝枕した令息が、静かに涙をぬぐっていた。
「大丈夫ですか?」
「いっ愛し子様?!」
レンに驚いた令息は、慌てて立ち上がろうとして、膝の上にパートナーが居る事を思い出し、どうしていいのか分からなくなったようだった。
「そのままで。頭を打ったのでしょう?動かしては駄目よ」
「はっ でも あの」
「足も挫いたと聞きました。他に痛むところはありますか?」
優しく話しかけられ、令息とそのパートナーはしどろもどろ状況を説明している。
「分かりました、今から治癒を掛けます。すぐに済みますから、じっとしててね」
レンに微笑まれ、二人は揃って頬を染めている。
レンが治癒を施す間、俺は二人から改めて事情を聴いた。
ジェイド・バーリンと名乗った令息は、自領から出たのも今回が初めてで、皇太子への挨拶で緊張しすぎてしまい、サムエルというパートナーである従兄に連れられ、高位貴族の挨拶の間、この中庭で休んでいたのだそうだ。
そこへ現れた高位貴族と思しき雄に難癖をつけられた。
相手はホールで自分にぶつかっておきながら、無視するとは無礼であろう と言っていたらしい。
しかし自分たちは田舎者で、華やかな場には慣れていないから、目立たないようにずっと壁際にいたし、皇太子から祝いの言葉を貰った後は、そのまま中庭に出て来たから、人違いだ、と言い返すと、その貴族は激高して殴りかかってきたのだという。
サムエルは地元で喧嘩に負けたことはないが、身なりから相手は確実に高位貴族だと分かり、手を出すことが出来なかった。
殴られそうになったジェイドを庇ったのは良いが、当たり所が悪く、倒れてしまったのだと、面目なさそうに語っていた。
「相手は誰か、分からんのか?」
「はい。僕は皇都に初めて来たので、知り合いもほとんどいません。全く面識のない方でした」
「そうか・・・相手は酔っていたのか?」
「そのようには見えませんでした。ですが怒っている筈なのに、なんとなく面白がっているようで、それが怖かったです」
「目撃したものは居ないのか?」
「ホールの中に警備が集中していましたので、誰も」
声を掛けた騎士は申し訳なさそうにしているが、アーノルドが中に居るのだから、警備の目がそちらに集中するのは仕方のない事だ。
そこへ、俺達を探しにロロシュとマークがやって来た。
「閣下何事ですか?」
二人は中座する俺達を見て、何かあったのでは、と後を追って来たのだそうだ。
治癒を掛けているレンに驚く二人に、ことの経緯を説明した。
ジェイドから、相手の人相を聞き出すと、ロロシュには心当たりがあるようだった。
「誰か分かるのか?」
「そこんとこは後で詳しく話すよ。それより今はこの二人をどうするかだろ?」
ロロシュの言うことは尤もだ。
大切なデビュタントを台無しにされたジェイドを放っておく事は出来ない。
「ジェイド?!」
悲鳴に近い声に振り向くと、そこには真っ青になった、リアン・オーベルシュタインとアーノルドが居た。
「ジェイド!何があったの?」
「リアン様 申し訳ありません。せっかく皇都に連れて来て頂いたのに」
「そんな事は気にしないで、サムエルは怪我をしたの?」
「大丈夫ですよ。今治癒を掛けましたから。でも頭を打ったそうなので、安静にして、治癒師の診察を受けてくださいね?」
「愛し子様・・・ありがとうございます」
涙を流し礼を言うリアンの肩を、レンは静かに撫でている。
「アーノルド、お前が抜けてきたら駄目だろう」
「それを言うなら、兄上とレン様もでしょう?」
生意気に肩を竦めて見せるアーノルドに溜息を吐きながら、事の経緯を説明した。
「これは災難だった。で済ませられる話じゃないですね」
「そうだな・・・だが今は、大事なデビュタントを台無しにされた、ジェイドをどうにかしてやらないとな?」
「ねぇ。アーノルドさんとのファーストダンスを、ジェイドさんと踊ってあげたら?」
レンの提案に、アーノルド、リアン、ジェイドの三人はそれぞれ違った意味で驚いた顔をしていた。
「いいですね! ジェイドと言ったかな? 母上の代わりに君と踊ろう」
それを聞いたジェイドは、目を白黒させた後、青ざめていた顔から残った血の気が引き、真っ白になって震え出した。
「ぼ・・・僕は。男爵家の人間です。皇太子殿下と踊るだなんて・・・そんな恐れ多い」
「酷いな。僕は兄上みたいに怖くないよ?」
「おい!」
「アーノルドさん。誤解されるような言い方はやめてください。アレクはとっても優しいんだから」
「レン様、ここで惚気ですか?」
呆れ顔のアーノルドに、レンは小さく舌を出して、俺の横に戻って来た。
「閣下と愛し子様は、本当に仲がよろしいのですね」
リアンはくすくすと笑い、ジェイドの手を取った。
「ジェイド。これはまたとない機会です。せっかくの殿下のお申し出なのだからお受けして、一生の思い出に踊っても良いと思うのだけど」
「リアン様・・・・」
「殿下。ジェイドをお願いできますか?」
「勿論だ。ジェイド、君のパートナーは治癒師の所の連れて行かせるから、君は僕達とホールに戻ろう」
「はっはい!」
意気揚々とホールへ戻るアーノルド。
その後ろを、ギクシャクと歩くジェイドと王配候補のリアン。
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