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愛し子と樹海の王
軍議
しおりを挟むここはオーベルシュタインが、普段謁見に利用していた大広間。
そこに、いくつか机を運び込ませ、臨時の司令部を設置し、ガルスタ砦の奪取について、将校達を集め話を進めている処だ。
オーベルシュタイン騎士団からは、盟主の侯爵と6名の将校。
この将校はぞれぞれ1個大隊を務める大隊長だ。
第二騎士団からは、俺とマークの他大隊を任せている、ショーンとロドリック、暗部を率いるロロシュだ。
兵力で言えば、オーベルシュタイン騎士団が、侯爵直属の兵を入れて4300名弱。
第二騎士団が、俺の直属一個大隊と暗部を入れて2000名強。
暗部を計算に入れなければ、1800名強となる。
翻って、砦を占拠しているゴトフリー軍は1万8千人強。
その内、エーグル大将の大隊を除く獣人部隊は。3個大隊。1800名前後だそうだ。
単純な兵力だけで見れば、帝国軍6000に対しゴトフリー1万6千。
圧倒的に帝国の方が不利に見えるだろう。
ましてや、ガルスタ砦攻略の報を受け、近隣に集められていた、ゴトフリー軍が、進軍の始めるのは時間の問題だ。
しかしこの圧倒的な数の差を、気にしているのはゴトフリーのエーグル大将だけだ。
「1万8千か、話にならんな」
「これでは、ゲオルグ団長が到着するまで、保ちませんね」
「まったくですな」
俺達の会話を、勘違いしたエーグルは、唇を噛み俯いてしまった。
「ゴトフリーの軍幹部は、帝国を舐めすぎだろう」
「帝国には弱く在ってもらいたい。弱い筈だ、そうに違いない。という典型的な三段活用の思い込みでしょうか?」
「まあ、そんな処だろうな。ゲオルグは、オズボーンの隠した物資を回収しながら、こちらに向かっている。ガルスタの奪取には間に合わんだろう」
「ですが、ゲオルグ団長の事ですから。獲物を取られた、と大騒ぎするのでは?」
「どの道、今進軍してきているゴトフリー軍は、追撃戦になる。ゲオルグにはそこで好きなだけ狩らせてやるさ」
「ゲオルグ団長を、野放しにして大丈夫ですか?」
「幾らあいつでも、人と魔物の区別くらいは付くだろう?」
「そんな言い方したら、ゲオルグさんが可哀そうよ?」
俺の顎の下から、番の可愛らしい抗議の声が上がった。
「ん?そうか?」
「そうですよ。ゲオルグさんはイノシシっぽい処は有るけど、最近はマナーの先生の授業も受けているし、少しは冷静に考えられる様になっていると思います」
一日ぶりの番を膝に乗せ、旋毛の上に顎を乗せた俺は、番の香りを満喫中。
ゴトフリーの司令官による愚行の所為で、ささくれだった心も、どうにか持ち直して来た所だ。
俺の番が他の雄を庇うなど、普段なら嫉妬でおかしくなるところだが、今は癒しの真っ最中。
いつもより広い心で対応する事が出来る。
「レン様。甘い、甘すぎます。相手はあのゲオルグ団長ですよ?一度火が付いたら、誰にも止められませんって」
レンが招来される前、ゲオルグに討伐の手筈をめちゃくちゃにされた事のあるショーンは、団長であるゲオルグにも懐疑的だ。
「そうかなぁ。ゴトフリーの兵士さんって、魔物より強くないでしょ?だったら、ゲオルグさん、直ぐに飽きちゃうと思うのだけど」
「あっ・・・確かに」
庇っているようで、一番酷い事を言っているのは、レンじゃないか?
まぁ、俺以外の雄を酷く言おうが、俺には関係ないし、可愛いから何でも許す。
「ぐぇ・・・ちょっと・・・苦しいです」
「あっすまん。つい」
番可愛さに、つい腰に回した腕に力を込めてしまった。
その様子を、うちの連中は慣れたもので、ニヤニヤしながら眺めているだけだが、オーベルシュタインの騎士達は、見てはいけないものを見たように、目を逸らすか、困惑顔だ。
「オッホン! アーー。 閣下、砦の奪還は基本通りで宜しいでしょうか?」
ここでエーグル大将が、マークにヒソヒソと ”基本とはどんな作戦ですか?” と聞き、それにマークが ”眼前敵の完全排除。見える範囲の敵を叩き潰せ、と云う事です” と答えている。
”そんな力技でいいのですか?”
”私達は獣人ですよ?一般人に被害が出ないなら、ゴリ押しが一番効率的です”
誰に対しても如才なく接する事の出来るマークだが、何故か出会ったばかりのエーグルに、心を開いているように見える。
ここ数日、番の所為で落ち込んでいたマークの気分が、上向いたのは良かったが。
ひそひそと、身を寄せて語り合うマークとエーグルを、ロロシュが、苦虫を嚙み潰したような顔で睨んでいる。
ふむ・・・・これはちと、面倒な事になりそうだ。
この様子はレンも気が付いて居る様なのだが、俺の番は何故か、ウキウキ、ニマニマしているだけだ。
「ねぇ、アレク。ゴトフリーの戦い方って、エーグル卿みたいな、獣人部隊を矢面に立たせる感じで合ってる?」
レンの疑問に、俺がエーグルに目を向けると、レンの声が聞こえていたエーグルが、頷き返して来た。
「そのようだぞ?」
「私は、獣人部隊の人に傷付いてほしくないと思うのね。獣人部隊が突撃してくるなら、それを利用して、隷属の首輪も外せないかしら?」
「彼らにやったようにか?」
「うん。ねぇ、エーグル卿。さっきみたいに、他の獣人部隊の首輪を外したら、エーグル卿みたいに戦いを放棄してくれるかしら?」
「それが出来るのでしたら、恐らく・・・私達は愛国心で、戦って来た訳ではありませんので」
「ふ~~ん」
俺の番は、この小さな頭の中で、何を考えているのだ?
「何を考えている?」
「ん~。先に確認したい事があるので、誰かクレイオス様を呼びに行ってもらえないでしょうか?」
「クレイオスか? 構わんぞ?」
指で合図を送ると、ロドリックが立ち上がり、扉の外に立つ騎士にクレイオスを呼ぶように伝え、ついでに茶も持ってくるよう伝えてから戻って来た。
クレイオスと茶を待つ間、将校達は各々砦の攻略ついて語り合い、マークはエーグルの質問に、答えられる範囲の事を教えている。
俺が見る限り、このイスメラルダ・エーグルという青年は、自分の生い立ちに腐る様子も無く、騎士の様な洗練された物腰ではないが、礼儀正しく素直な性格の様に見える。
あれだけ落ち込んでいたマークが、淡い笑みを浮かべ、会話するくらいなのだから、エーグルは、中々の好青年なのだろう。
その様子を、隠しきれない恨みがましい目で見るロロシュとは、対照的だ。
ロロシュも悪い奴では無いのだがな・・。
何故ああも拗らせてしまったのか・・・。
考え込む番を抱え、広間の様子を等分に観察していると、真後ろから急に声を掛けられた。
『呼んだか?』
「クレイオス?」
「びっくりした!どこから入って来たの?」
『転移した。城の中が臭くてたまらんのでな。徒歩移動など耐えられん』
クレイオスは、城で流された、兵士の血の臭いの事を言っているのだろう。それに気付いた、レンも黙り込んでしまった。
『用があったのであろう?』
「あ?あぁ。レン?」
「あっはい。あの。今みたいな転移って、私でもできますか?」
『ふむ・・・・いつかは出来る日が来るかもしれんの』
「ですよね~。じゃあ、ヴァラクが使ってた転移陣みたいな物で、1200人くらいを、あまり魔力は使わない、省エネ仕様で、一気に転移させることは出来ますか?」
ん?
しょうえねって、なんだ?
『場所は?』
「ガルスタ砦付近から、さっきの広場まで、そこでもう一度、首輪の解除をしたいのですが・・・・どうでしょうか」
『となると、転移は、レン以外の誰かが行うのだの?』
「はい。ですので省エネで」
『省エネのう・・・・ならポータルで良いのではないか?』
「ポー・・・タル?」
『一方通行の片道だけで良いのであろう?ならば、魔晶石と魔法陣が有ればよいからの。起動も僅かな魔力があれば良いのじゃなからな』
「お~!なるほど~!」
パチパチと手を叩き、キラキラした尊敬の眼差しを向けるレンに、クレイオスは自慢げに胸を張った。
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