獣人騎士団長の愛は、重くて甘い

こむぎダック

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愛し子と樹海の王

面倒事の予感

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「グルルルル」

「どうしたの?アーノルドさんはなんて?」

 地下水流でスケルトンを浄化して二日、レンの回復を待つ積りが、例の如く、書類仕事を手伝って貰っていた俺は、アーノルドと皇太后ロイド様の手紙に、思わず唸り声をあげてしまった。

「それが、かなり面倒な事になりそうでな?」

「面倒事?」

 訝し気に首を傾げる番に、二人からの手紙を差し出した。

 冒頭部分の近況報告に眼を細めていた番も、読み進めるうちに柳眉が顰められ、最後には、困り果てたように眉尻が下がってしまった。

「な?」

「な? ってこれ。無理があると思うのだけど」

「だよなぁ」

「帝国って、ここまで人材不足なの?」

「大厄災で、年寄が居なくなった分。後を継いだ連中と、没落した貴族の替わりに叙爵した、新興貴族との折り合いが上手く行っていないのが、一番の原因だな」

「なんでまた?」

「利権の奪い合いだろう。古参の連中は今まで当然の様に、享受してきた利益を手放したくない。だが新興貴族が新しい事業を始め、古参の連中が独占してきた市場に食い込んできている。となれば互いに潰し合いになるからな」

「でも、正常な経済活動には、競争原理が働きますよね?」

「そこを理解できず、自分の権利が侵されたと考えるのが、古参貴族の原理だな」

「はあ~バッカみたい。でもまあ。この世界は絶対君主制で、資本主義思想が浸透していないのだから、仕方がないのかも知れないですね」

「その二つは、どんなものなのだ?」

 そこでレンは実例を上げながら、丁寧に説明してくれたが、成る程資本主義という思想は、今のヴィースが受け入れるには難しそうだった。

「どちらも一長一短、色々あります。それにこの世界はアウラ様が、王様有りきで創造された世界なので、そう簡単に思想が覆る事はないと思います。ただ民を豊かにするためには、経済発展が不可欠なので、異なる思想であっても、良い処は取り入れて行けると良いですね」

 やはりレンの異界の知識を交えた話には、考えさせられる事がとても多い。

 この賢く優しい人が国を治めたら、どんな国を創るのか、見てみたい気もするが、この小さく愛らしい人に、これ以上の苦労を掛けるのは筋違いな話だ、と考えなおした。

「戴冠式が、2か月先延ばしになったのは有り難いですけど。2か月で、魔物の被害がどうにかなるものですか?」

「さてな。帝国内なら何とかなるだろうが、他国の事となると、どうとも言えんな。だがロイド様は、戴冠式に他国が参列しないのは、納得せんだろう」

「ウジュカの援軍についても、何も言ってこないし」

「うむ・・・現実問題として、ウジュカを助けた処で大した利益が無いからな。精々他国に帝国、と言うかアーノルドの寛大さを、見せつける程度だろう?」

「でもそれって、外交的には利益になるんじゃありませんか?」

「まあな。だが不利益を利益が上回らなければ、手放しに賛成も出来ん。大軍を動かすとなると、大臣共の承認だけでは無理だしな」

「えっ?そうなの? 私はてっきりアーノルドさんとロイド様。後大臣の人達の承認が通ればOKなんだと思ってました」

「今回俺達が動いたような、小規模な動員なら問題ない。だが他国へ大軍を送るとなると、兵站の準備も国庫だけでは賄えんし、騎士団が不在となれば、魔物の対策や治安維持で、領主の負担が増えるだろう?」

「まあ、そうですよね?」

「じゃあ、代わりに領主が私兵を出す。と言うのもな?」

「なるほど」

「一昔前なら、何々伯爵お前ちょっと行ってどうにかして来い。勿論費用はお前持ちだ。うまく行ったら褒美を出してやるから、頑張れよ。という感じで丸投げだったのだがな?」

「うわぁ~。それラノベで主人公が、そんな目に合ってるの、よく読んだなぁ」

「そんな物語があるのか?」

「割と王道でしたよ?無能で嫉妬深い王様に、有能で力のある貴族が虐められるって話し。そんな扱いを受け続け、心も体も疲れ切った主人公を、心優しいヒロインが救ってくれるっていうの」

「なるほど・・・」
 
 虐められてはいなかったが、俺に共通する部分も有りそうだ。
 しかし、王道か。
 俺の人生、結構波乱万丈だと思っていたが、ありきたりな話なのかもしれん。
 ふむ、少し考えを改めた方が良さそうだ。

「兎に角だ、ギデオン帝が遣りたい放題だったから、大規模遠征になる場合は、伯爵以上の貴族と文官、武官のトップが出席する大会議で承認されなければならない。とウィリアムが法を変えたんだ」

「そう・・・ウィリアムさんが・・・うん。だったらそれが正しいのよね?」

「そうだな。ウィリアムは、悪習を是正する事に熱心だったから・・・あいつが生きてたら、今の状況になんて言ったかな」

「アレク・・・・」

 しんみりした空気が流れ、窓の外で囀るスズメの声が聞こえて来た。

「きっと・・・」

「ん?」

「ウィリアムさんなら面白がって。ババーーン!! と好きにやっちゃって~!! とか言いそう」

「ババーーン? は・・・ハハハッ!確かにそうだ!!その横でグリーンヒルが眼鏡を押し上げながら、胃薬を呑むのが目に浮かぶな!」

「フフフ・・・・・あれ?」

 ウィリアムを想ってか、瞳にうっすらと涙を浮かべていた番は、ふと首を傾げ考え込んだ。

「なんだ?」

「あの、大会議って伯爵以上と武官のトップが参加なんですよね?」

「ああ、そうだが?」

「そうしたら、私達も呼ばれるの?」

「あ・・・・・そうかもしれん」

「戻るの面倒臭い、っとか言っちゃダメ?」

「言うだけなら良いのじゃないか? 逆に言わなければやってられん」

「ほんと、それ!」

 俺と番は二人そろって、ロイド様とアーノルドの無茶ブリに深いため息を吐いたのだった。

 その後、何とかやる気を振り絞り。毎度山積みの書類を捌き、処理する傍からマークが新たな書類を持ってくる事に溜息を吐きつつ、黙々と作業に取り組んだ。

 途中からマークも加わった事で、ある程度の見通しがついた切りの良い所で、本日の業務を終了させた。

 セルジュに茶を用意させ、マークとレンはセルジュも交え、皇都での流行り物の話しに興じている。

 今日も二人は仲が良い。
 マークにも笑顔が戻って、レンも俺も一安心だ。

 しかし、いつも不思議に思うのだが、俺と同じ様に遠征に出て、皇都から長く離れる事も多いマークだが、皇都の流行を外したことが無く、貴族の最新ゴシップ情報にもやたらと詳しい。

 ロロシュからの情報か?とも思ったが、ロロシュと出会う前からの事だと思い出すと、何処で情報を手に入れているのか、余計に不思議で仕方がない。

「アレクは、凄く真剣だけど、誰にお手紙書いているの?」

「ん~?気になるか?」

「ん~~ちょっとだけ」
 
 少し照れたように言う番が、今日も可愛い。

 マークとセルジュが居なければ、直ぐにでも押し倒したいくらいだ。
 セルジュとマークを追い出したい処だが、一応紳士の皮を被っている手前、我慢するがな?

「この前のスケルトンとの戦闘で、思い出した人物がいてな」

「その人に手紙を書いているの?」

「そうだ。マークも覚えているのじゃないか?研究した内容を、神殿から異端だと糾弾された学者なんだが」

「あ~。そんな人が居ましたね。あの人が、今どうしているか、ご存じなのですか?」

「ロロシュが知っていた。一度騎士団の座学の講師を頼もうかと思ってな?」

「神殿から異端者扱いされるなんて、どんな研究をしていた人なの?」

「魔物の生態についてだ。あのスケルトンは、相手の隙を伺うだけでなく、魔力操作にも長けて居た。しかも放った魔法の軌道を変えられるほどだ。魔法師や騎士団の騎士達でも、かなりの実力が必要になる芸当を、あっさり熟していただろ?」

「そうですねぇ。あの炎弾は強烈でした」

「この学者は、アンデッド系の魔物は、核となる人物の生前の能力で、実力が左右されるのではないか?という研究発表をして、魔物と人を混同するとは何事か!と神殿から難癖を付けられてな。俺は面白い考えだと思ったが、結局この学者は研究を止めてしまった、と噂に聞いた覚えが有る」

「それで今はどちらに?」

「王立学院で、教鞭を取っているそうだ」

「異端者扱いされた者が、学院にいるのですか?」

「俺は知らなかったのだが、ウィリアムの口利きだったらしい」

「ウィリアム陛下らしい、神殿への嫌がらせですね」

「だろ?それで状況を鑑みるに、あの学者の説は正しかったのではないか?そして、あの化け物の核となって居た人物は、中々の実力者だったのではないか?と思ってな、一度講師を頼んでみて、見どころが有るようなら、騎士団で研究を再開させたら、面白いかと思うのだが」

「へぇ~。いいと思います。マークさんもそう思うでしょ?」

「そうですね。これまで系統立てた研究はされて居ませんから、面白いと思います」

 微笑み合う二人を見て、和めるようになったのは、俺にも余裕が出て来たという事だろうな。
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