獣人騎士団長の愛は、重くて甘い

こむぎダック

文字の大きさ
444 / 765
千年王国

大会議1

しおりを挟む
「なんにもない」

 ぽつりと呟いたレンの声には驚きがにじんでいた。

 レンの驚きは尤もだった。

 鬱蒼とした木々に囲まれた山を越えた先に有ったのは、乾燥し下草一つなく、ひび割れた地面がむき出しになった、荒涼とした風景だったからだ。

「ここからが、ウジュカでございます」

 国境を境に、眼前の茶色一色の景色と、背後の緑がこうもハッキリと別れてしまうとは。
その光景に、誰かの恣意的な意図を感じ、神の怒りと言われ、納得できてしまう様な光景だった。

「公国は、何処もこんな感じか?」

「左様でございますな。この辺りは最初に雨が降らなくなった地域になりますので、被害も甚大で御座いますれば」

「ふむ・・・この辺りの魔物は?」

「魔獣魔物と言えど、水と食料は必要な様でしてな。この辺りの街も村も、人が逃げ出して居りまして、それを追う様に、地上の魔物類も移動しております」

「地上の?」

「それが、襲われたわけではないのですが、昨年あたりから、サンドワームを見た。という目撃証言がいくつか届いております」

「サンドワームって、砂漠に住む魔物でしたよね?」

「よく覚えていたな」

 俺に褒められたレンは、嬉しそうに目を細めたが、ふと何かを思い出したのか、慌てた様子で懐に入れていた布を取り出し、顔を隠す様に頭に巻きだした。

「そんなに慌ててどうした?」

「日焼け対策です。紫外線は女子の敵ですから。マークさんも早くストールを被らなきゃ駄目よ?」

 メイジアクネの糸で織られた薄布で顔を隠し、目だけ出している番は、中々異国情緒あふれる姿で、これはこれで唆るものが有る。

「なんだよちびっ子。そんなもん、オレ等にはくれなかったじゃねぇか」

「何言っちゃってるの?一応全員分の用意はしてますよ?物資の中に入ってるはずだから、後で確認してください。それにロロシュさんは、日焼けしても大した問題じゃないけど、マークさんの白磁の肌にシミが出来たら、大問題です」

「なんだよそれ? 新手の差別か?」

「草臥れたおじさんが、美貌の騎士様と同じ扱いをされたいなんて、ちょっと図々しいですよ?」

「ひっでぇ!!ちょっと閣下。聞いたかよ?」

「まあ当然だろうな。因みに俺もストールは貰っている」

「はあ?差別だ差別!!断固講義するっ!!」

「もう!日頃の行いの違いだって気付いて!用意してない訳じゃないんだから、差別じゃないでしょ?」

「ロロシュいい加減にしないと。それに貴方、あったかい方が動きやすいでしょ?」

「あったかいって・・・・マークよ、限度ってものが」

「ほんと、いい歳して我儘なんだから」

「いい歳って、オレは、そんなに年くっちゃいねぇよ!!」

「もう、うるさいなぁ」

 ワザとらしく手の平で両耳を押える、ちょっと意地悪な番も可愛いな。

「ロロシュ。お前も大人なんだからいい加減大人しくしてろ。こんなところに長居は無用だ。出発するから、サンドワームに警戒する様に伝達して来い」

「なんだよ閣下まで・・・」

 ロロシュがブツブツ言いながら後方に伝達に行くと、俺のちょっと意地悪な番は、溜息を吐いた。

「まったく自分の事は棚に上げちゃってさ、いい歳して、かまってちゃんなんだから。マークさんの苦労を、少しは理解して欲しいです」

 レンの言う事は正論過ぎて、なんとも答えようがない。

 ロロシュのマークに対する態度は、エーグルの存在で大いに緩和されたが、それでも番と言うには、冷たい処が有るのだ。

 種族の習性として仕方が無い事ではあるが、マークが全く寂しい思いをしていない訳ではないからな。

 マークを可愛がっているレンとしては、偶に意地悪をしたくなっても、仕方が無いだろう。

「何と言うか。随分と賑やかですな」

「まあ。うちは何時もこんなものだ」

「左様ですか。部下との風通しが良いと言うのは、良い事ですな」

「風通しか?あれはあれで、特別失礼な奴なのだが」

「それを、咎め立てしないのは、主君の度量と言うものでしょう」

「俺は上司ではあるが、主君ではないぞ?」

「ふふ・・・それでもですよ」

 皺の目立つ顔に、ヨーナムは好々爺然と、更に笑い皺を深めた。

「それで、首都まではどのくらいだ?」

「そうですな。魔物の襲撃が無ければ、明日の昼前には到着できるでしょう」

「野営が必要か」

「水の補給が必要ですからな。良き処で休んだ方が良いかと」

「なるほど。だがそれでは、住民に迷惑なのではないか?」

「最近放棄された街に、比較的大きな水場が御座りますれば、そちらで休むのが宜しいかと」

「放棄された?水が有るのにか?」

「申し訳ないのですが、そちらには魔物が・・・」

 成る程、水の補給がしたければ、魔物をどうにかしろという事か。

「何が居る?」

「ドライアドが、街を占拠いたしておりまして」

「なるほど了解した」

 ドライアドはドレインツリーの上位種だ。
 樹木型の魔物故、大きな水場に集まったという事だな。

「陽のあるうちに、状況確認が必要だ。ここからは急ぐことになるが、其方大丈夫か?」

「ふぉふぉふぉ。道案内なら、従者に任せます。私めはのんびり後ろからついて行きますれば、お気遣いは無用です」

「では、何人か護衛につかせよう。マーク何人か選んで、ヨーナム殿の護衛に回せ」

「了解」

 さて、大規模な援軍が必要だと言う、この国の実態がどんなものか。

 余り悲惨な状態でない事を願うばかりだ。

 何故、神頼みの様な事をしなければならないのか。その答えは、ウジュカの望んだ大規模な援軍は、結局大会議で却下されてしまったからだ。

 却下に至る最大の理由は、やはり費用が掛かり過ぎる事だった。

 2番目に魔物の被害が増えている今、他国への援軍より、帝国の安全を優先させるべきだと言う声が大きかった。

 そして、干ばつによる飢饉に対しての援助も、貴族の、特に古参の貴族は良い顔をしなかった。

 公国の窮状を訴えるヨーナムの言葉にも、左程心動かされた様子はなく、援軍援助に対し前向きだったのは、余り影響力が期待できない、新興貴族の者が多かった。

 新興貴族は比較的、年若いものが多く、義憤に駆られての発言が相次いだが、では、その財源をどうするのか。

 お前達の領から食料を如何程出せるのか。と細かな事を詰められれば、口を閉ざす者が殆どだった。

 魔物の被害に加え、干ばつがいつまで続くか分からない国への援助等、引き時も難しく、ずるずると帝国の国庫を食いつぶされるだけだ、という事らしい。

 内宮の建て替えに巨額の公費が投入され、アーノルドの戴冠式にも金が掛かる。

 見返りが何年先になるかも分からぬ国に、使える金は、今の帝国には無いのだそうだ。

 ヨーナムも、全面支援を期待していた訳では無いのだろうが、帝国貴族の正論だが、冷たい態度には、失望を隠せないでいた。

 その様子をジッと見て居たレンが、アーノルドへ発言の許可を求めた。

 がっくりと肩を落とし、項垂れるヨーナムを見て、居てもたっても居られなくなったのだろう。

 大会議に参加している貴族には、レンの齎した恩寵と、その働きぶりが周知されている。
 
 それと共に、数多くの逸話によって、皆がレンに対し、畏敬の念を抱いては居る。

 だが、レンの姿を見知っては居ても、その為人が如何様な物か知らぬ者が殆どだ。

 その愛し子が鈴を振るような声で、発言を求めたのだ。

 居並ぶ貴族達は、子供の様に小さな躰と、美しくも愛らしい容姿を持った愛し子が、何を語るのか、固唾を飲んで見守っていた。
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた

狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた 当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

処理中です...