獣人騎士団長の愛は、重くて甘い

こむぎダック

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千年王国

チョロイオス

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 北側の魔物を蹴散らし、次は西だ。

 外郭の下をエンラで駆け抜けると、直ぐに魔法の爆裂音が聞こえ、炎で焼かれた生き物の臭いが漂って来た。

 俺達にとっては馴染みのある臭いだが、馴染んだからと言って、好きになれる訳でもない。

 だが今は、番の旋毛に鼻を押し付ければ、直ぐに芳しい香りをかぐことが出来る。

 大事な番を危険な戦場で連れ歩く事には、未だに抵抗はあるが、こうやって、片時も離れず、いつでも番に癒してもらえると言うのも、中々に捨てがたい。

 結局俺は、欲張りなのだと思う。

 西門の守備に就かせていたショーンの部隊と、先行させたロドリックの部隊が、歩廊の上で外郭に押し寄せる魔物の群れと、激しくやり合って居るのが見えてきた。

 北の大門よりも、西門は小さく、その分魔物の攻撃からも耐えやすいだろうと思っていたが、既に外郭の壁に罅が入っている。
 
 こちらの魔物は、北の大門に居た魔物よりも狂暴なのかも知れない。

 壁の向こう側は、まだ見ていないが、見て楽しい光景ではない事だけは確かだ。

 断続的に壁を打つ音が聞こえ、壁の向こう側には結界を張っている筈だが、罅の入った処から、ボロボロと建材が剥がれ落ちてきている。

「ここはもう、持ちそうにないな」

「想定より早いですね。外郭を補強した感じも有りませんし。大公は国を守る気が無かったのでしょうか」

「結界が消えるなんて、思っていなかったんじゃないかしら」

「その根拠が、何処から来たのかが気になるが、それは後だな」

「閣下、如何いたしますか?」

「外郭が崩れるのは時間の問題だが、広範囲に崩されたら対処しきれん、土魔法が得意な連中に、外郭の補強を急がせろ。どうせ崩されるなら、戦いやすい門の前に限定させる」

「了解。イス!!」

 エーグルを呼んだマークは、俺の指示を伝え、外郭の補強に入らせた。
 離脱して行った者は、他の場所の補強に向かった騎士達だろう。

 しかし、こんなだだっ広く、守りに向かない場所に首都を築かせるとは。
 ヨナスは本当に、ここの連中を憎んでいたのだろうな。

 憎しみだけを糧に、生き永らえる者の気持ちは、今の俺には理解できない。

 しかし、もしもレンを理不尽な理由で奪われたら。

 そう考えると、俺はヨナスやヴァラクよりも、最悪な祟り神になるかも知れない、と思ってしまうな。

 西門前に到着すると、俺達を見つけたショーンが、階段を使うのも、もどかしかったのか、歩廊の上から飛び降りて来た。

「閣下!!」

「どうだ?」

「最悪です!数もそうなんですが、見たことが無い、でかい魔獣が紛れていて、コイツは魔法も効かないし、馬鹿みたいに力が強い。何回結界を張り直しても、直ぐに破られちまう」

「新種か?」

「恐らく。取り敢えず確認して下さい」

「分かった。ショーンここの外殻は長くは持たない。上に居る奴らを順に下ろし、土魔法で壁の補強に回すんだ。あと馬車でもなんでもいい、積み上げられるだけ積み上げて、西門の前にバリケードを作れ」

「そこらの家から、物を運び出しても良いですか?」

「構わん。緊急事態だ。使えそうなものは何でも運び出せ」

「人の家の物を、勝手に持ち出していいの?」

「魔物が雪崩込んで来たら、家も壊される。俺達か魔物かの違いだけだ」

「そっか。そうだよね」

 レンはこれまで、街や民家の傍での、大規模な戦闘経験はない。

 街中の戦闘では、倫理観は度外視される事に、ピンとこないのだろう。

「とにかく、あの魔獣が何なのか、上から確認して下さい」

 ショーンに乞われ、歩廊の上に上がった俺達は、外郭へ群がる魔物の群れの多さにうんざりした。

 これだけの数が居れば、魔法を放つのに狙う必要も無い状態だ。

 適当と言っては語弊があるが、取り敢えず俺達は、魔法を飛ばしながら会話を続ける事にした。

 指揮官クラスになると、出来て当然の事なのだが、ショーンやロドリックは昇格から間がない所為か、会話に集中すると、魔法が疎かになりがちだ。

 だがこればかりは、場数の問題でもあるから、後は本人達の努力次第だな。

「ロドリックが、狩っても狩ってもきりが無い、と嘆いていたが、こっちは北の大門以上だな」

「閣下が、追い込んだ魔物も居ますからね。急に数が増えた時にはビビりましたよ」

 ショーンは肩を竦めて見せたが、特に気分を害したとかではなさそうだ。

「すまんな」

「いえ。他所に散らす事も出来ませんから、しょうがないです」

「それで?そのでかい魔獣はどこに居るんだ?」

「あれ?さっき迄この辺りに居たのに・・・・・あっ居ました。あそこです。オーガの群れの後ろ、ダイアウルフの群れの真ん中にいます」

 俺達は揃ってショーンが指さした先に眼を向けた。

「でかいな」

「確かに、見たことが有りませんね。ですが見た感じでは、タランに居るミノタウロス系でしょうか?」

「確かに似ていなくもないが、あれは二足歩行だろ?」

「ああ。確かに」

「あの~」

「ん?」

 腕の中の番を見下ろすと、番はスベスベの頬を指でホリホリと掻き、気まずそうな顔で俺を見ていた。

「どうした?」

「すぐにクレイオス様を、呼んできた方が良いと思います」

「クレイオス?なぜだ?」

「あれ、ベヒモスです。魔獣じゃなくて、幻獣だと思うので」

「幻獣?ですか?」

「幻獣は、クレイオスが片付ける筈だ。こんなに近くに居て気付かないなんて、おかしいだろう?」

「でも・・・あれはベヒモスですよ?」

 指をモジモジとさせ、困った顔をする番は、俺達がレンの言った事を、疑ったと思ったのかも知れない。

「あぁ。すまない。レンを疑った訳ではないのだ。どちらかと言うとクレイオスの無責任さに呆れたと言うか・・・取り敢えず、クレイオスを呼んで確認しよう」

 近くに居た部下にクレイオスを呼びに行かせると、直ぐに本人が歩廊の上に上がって来た。

「おい。どういう事だ?」

『なんだ?我はレンが呼んでいると聞いたから、来たのだが?アウラと大神は、まだ協議中だ』

「そんな事はどうでもいい。あれを見ろ!あんたが幻獣を捕まえるはずだよな?」

『あれ?』

 クレイオスは俺が差した先を見た。

『・・・・・あっ』

「あっ。じゃないだろ?!こんな近くに居てなんで気付かないんだよ?!」

『いやあ~。ここは魔物の臭いが酷くての。まったく気づかんかった』

 白々しく頭を掻いているが、怪しい。怪しすぎる。
 コイツわざと、気付かない振りしてたんじゃないか?

「お前なぁ」

「アレク。アレク。怒らないで。ね?」

「レン。俺は怒ってないぞ?こいつのいい加減さに、驚いてるだけだ」

「ダディも、わざと気付かない振りをしたんじゃないんだから、あのベヒモス。チャチャッと、やっつけてくれますよね?」

 この言い方。
 レンもわざとだと思っているな?

『もっ勿論だ。今直ぐダディが片付けてやるからな』

「わぁ~。さすがダディ!でも周りにあんなに魔物が居たら、ベヒモスだけやっつけるのって難しくない?大丈夫?」

 上目遣いのレンが、さも心配してます。と言いたげに、クレイオスを見上げているな。

『なに、問題ない。周りの魔物ごとやっつけちゃうからな』

「ほんとう?ダディかっこいい~!」

『うむ。では行って来る』

「いってらしゃ~い。ダディ頑張って~!」

 なんなんだこの茶番は。
 デレデレしやがって。
 創世のドラゴンが、チョロすぎる。

 ヒラヒラと手を振り、クレイオスが外郭の外に飛び出すと、レンは腕の中でがっくりと肩を落とし、「あ~しんど」とため息を吐いた。
 
「レン様が、クレイオス様をうまく誘導しましたね」

 マークがひそひそと、言う通りなのだが。俺としては、なんとなく面白くない気分だ。

 レンの応援も称賛も、俺だけに向けて貰いたい。

 そう思うのは、俺の欲張り過ぎだろうか。

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