獣人騎士団長の愛は、重くて甘い

こむぎダック

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千年王国

ヨナス

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「イプシロン」

 呼びかけに応え、振り向いたドラゴニュートの瞳が、禍々しく光って見える。

「ここに居るのは、本当にヨナスか?」

「そうだが?」

「お前・・・お前達はなんとも無いのか?何も感じないのか?」

 鋭い爪をもつ指を顎に当て、はて?と首を傾げる姿は、本当に何も感じていないようだ。

「なにを言っているのか分からん。行くぞ」

 腕の中のレンは、マントの内側に顔を隠してしまった。少しでも、この気配から隠れたい一心なのかもしれない。

 入りたくない。
 この先は良くない。
 
 良くないモノが居る。
 
 このままレンを連れ、後ろを向いて一目散に逃げ出したい。

 ここから一番遠い場所まで逃げて、二度と関わりたくない。

 尻尾を巻いて逃げ出したい。

 敵を目の前にして、ここまで切実に逃げ出したい。と思ったのは人生で初めてだ。

「入らんのか?」

 入りたくない。

 心と躰の全てが、この先に進むことを拒否している。躰が硬直したように動かせず、逡巡する俺の頬に、番の小さな手が触れた。

 番の手は冷たく冷え切り、指先が微かに震えている。

 それでも俺を励まし慰めようとしてくれる心は、誰よりも暖かい。

 頬に添えられた手に俺の手を重ね、震える指先をそっと握り締めた。

 この人は、いつでも俺に勇気をくれる。

 イプシロンは体が小さいと言って、レンを馬鹿にしたが、この人の心は誰よりも大きくて暖かい。

 後ろを振り返ると、皆一様に青褪めた顔をしていた。

 マークは、ロロシュとエーグルの手を握り締め。モーガンの頬には鳥肌が立っているのが見えた。

 俺が感じたものと同じものを、感じ取ったのだろう。

 平然として居るのは、ドラゴンの3人だけだ。

「残っても構わんぞ」

 これ以上口を聞いたら、俺の心の方が折れてしまいそうだった。

 だから俺は、番を強く抱きしめ、足を踏み出した。

 一歩一歩が泥の中を進むように、重く感じる。

 イプシロンが押し開いた扉の中は、以前俺達が利用した時とは、全く別の景色が広がっていた。

 元の集会所は、素朴な木造の建物だった。壁も床も板張りで、置かれていた机や椅子も簡素なものが置かれて居た。

 それが外側の見た目より、5倍は広い空間に、床と壁には大理石が敷き詰められ、太い飾り柱が並び、小さな噴水迄が設えられている。

 神殿のような造りだが、ミーネのクレイオス神殿で感じた荘厳さは、欠片も感じられない。

 噴水から流れ出る水は黒く濁り。
 只々禍々しい空気に満たされている。

 ここが本当に神殿ならば、アウラの神像が置かれるべき場所に玉座とその両脇に祭壇が置かれている。

 祭壇の上で、眠っている様に見えるのは、カルとアーロンだ。

 意識がない事は気になるが、それでも外傷がある様には見えない。

 そして、中央の玉座のひじ掛けに頬杖をつき、気だる気に座って居るのが。

「・・・ヨ・・ナス」

「レン?」

「ア・・・アレク。おろ・・・・おろして」

「いや・・無理だろ?」

 そんなにガクガク震えていたら、立てないだろ?

「いっいいから、おろして」

 正直、レンから手を放したくはない。

 レンの為にも、俺の為にも。
 しかし、こういう時、一度言い出したら、何を言っても聞かないのが俺の番だ。

 俺は仕方なくレンを床に下したが、案の定、レンは立っているのもやっとの状態で、俺のマントに縋る事で、何とかその場に踏みとどまっている。

「ヨ・・・ヨナスさん。はじ・・・はじめまして、私は紫籐漣と言います」

「・・・・・」

「ヨナスさん。カルとアーロンさんを返して下さい」

「・・・・人族に用はない。お前は獣人に気に入られてるみたいだから、殺さないでおいてあげるけど、僕に指図するなら殺しちゃうよ?」

「わた・・・私が、人族だから?」

「分かってるなら、余計な口を聞くなよ。僕のドラゴニュートを奪って置いて、龍まで取り上げる積り?図々しい、お前何様?」

「貴様。アウラの愛し子のレンに向かって、不敬だぞ」

 ヨナスは冬の凍てついた海のような、灰蒼の瞳を俺に向けて来た。

 俺とよく似た瞳の色。
 世代を経ても似るものなのか。
 いや、この体は別人の物の筈。
 似ているのは、唯の偶然に過ぎない。

「・・・・これが新たな樹海の王?貧弱な躰、お粗末な魔力。お父様の足元にも及ばない。ハハッ・・・笑える」

 俺が貧弱なら、レジスはどれだけデカかったんだよ。

 3ミーロ超えか?
 そんなの、最早巨人だろ?

「ヨナスさん。あなた、輪廻の輪に戻りもせず、何故ここに居るの?」

「お前に関係ある?」

「ありません!」

「分かってるなら帰れよ」

「帰りません!」

「お前、馬鹿なの?言ってることメチャクチャだろ。殺すぞ」

 俺の番に向かって、巫山戯やがって。

「おいっ!!」

「何その手。まさか剣なんかで、僕を殺せると思ってるの?」

「やってみねば、分からんだろう」

「僕は獣人を滅ぼす気なんてない、って分からない?手だって震えてる。脆弱で愚か。こんな奴が樹海の王?馬鹿にして。邪魔だよ」

「ガッ!!」

「うわぁッ!!」

「アレクッ!!みんなッ!!」

 クソッ!!俺は何をされた!! 

 ヨナスの手の一振りで、全員が壁まで吹き飛ばされた!

 それに・・・。

「クッ!」

 う・・・動けん。
 壁に縫い付けられたみたいだ。
 どうなってる?
 魔力でも無い。
 見えない何かに、押さえ付けられているのか?
 
 それになんだ?
 この冷たさは・・・・。
 
「レン様っ!!」

「閣下ッ!!」

 取り敢えず、皆無事なようだな。
 だが、残ったのはレンとドラゴン。
 ヨナスに逆らえないドラゴニュート。

 最悪だ。

「どうする?人の子。頼みの綱の獣人は、役に立たないよ?」

「どう・・どうしてこんな事をするの?みんなを・・・放して」

「どうして?嫌だな。だってお前達は、僕を滅しに来たんでしょ?仲良くできる訳ないよね?」

「な・・・なかよく・・仲良くなりに来たんじゃ。ありっありません!私は、貴方を、私はアウラ様に頼まれたの。あなたを輪廻の輪に戻してって!」

「あ~~~!!煩い!! 何言ってるのか分からないな。まともに話せないの?ワナワナ震えちゃって、見っともない。アウラの人族贔屓も大概にして欲しいよ。こんなクソの役にも立たない、人族のどこが良いって言うんだ」

『少なくとも、其方よりは心根が優しいからだろうな』

「クレイオス。僕に合わせる顔が無くて、獣人の影に隠れたんじゃないの?」

『久しいな、ヨナス。我にやましい事などない。故に隠れる必要も無い』

「どの口が言うか?!お父様をレジスを見捨てた上に、地上を愚かなラジートにくれて遣ったくせに!!」

『では誰なら、地上の王に相応しかったと言うのだ?ヘルムントか?其方か?』

「お父様だ!!」

『レジスか・・・あ奴は為政者としては不足だった』

「嘘だッ!!アウラは自分が創った人族に、世界を渡したかっただけ。だから僕達の願いは何一つ適えてくれなかったのに、ラジートの呼び掛けだけに応えたんだ!!」

『それは違う。獣人を王にすれば、諍いが起きる事は明白だった』

「はっ!!嘘ばっかり。ラジートには知恵を貸したのに、お父様が裏切られる事は教えてもくれなかった。それでも僕は何度も祈った。お父様を、レジスを助けてって!!だけどお前達は、彼を見殺しにした。レジスの身体は見つからなかった!!」

『我等が地上に介入できることは、限られて居る』

「だから?ラジートを選んだって言うの?ヘルムントとお父様の影に隠れて、獣人を盾にして、逃げ回っていただけの雄を?」

『あの時。我等とて犠牲を払わなかった訳では無い』

「白々しい。今だって、その見っともない人の子に、肩入れしてるだろう?」

 この野郎!

 さっきから、黙って聞いていれば。
 調子に乗りやがって。
 何度も、俺の番を見っともないだと?!
 許さん!

 ぶち殺す!!
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