獣人騎士団長の愛は、重くて甘い

こむぎダック

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千年王国

イプシロン

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『鈍い奴じゃの。そうだのう、例えば死罪となり首を刎ねられた者が居るとしよう。その者が首を刎ねられる瞬間の、恐怖や怒りがその場に残ってしまう事があるのだ』

「瘴気みたいにか?」

『あれは魂そのものが、怨みつらみで縛られた状態だ。しかしこの場合は、その時の感情だけが、焼きついた様に残るのだ』

「感情が焼き付く?」

『言い方を変えれば、感情のみが、目には見えずとも形を成した、と思えば良い。ここ迄は理解できたか?』

「一応は」

『レンはその恐怖や怒りの感情を、斬り落とされた生首が、その辺りを飛び回っている。という形で見えてしまう、と言ったら分かりやすいかの?』

「怖いと言うより、気持ち悪いな」

『レンは今この空間全体に、数えきれない生首が見えている状態なのだ』

「う~~~~」

 俺達の話しを、聞いているだけでも怖いのか。レンは苦し気な呻きを上げて、俺の首に縋っている。

「そう言えば、ウジュカの神殿に怪異が起きたと聞いたな、レジスの生首が飛び回ったとか、呪詛の声が聞こえたとか」

「あれの正体は、ヨナスだ。レジス恋しさで、あの場で泣き暮れて居たのだ。それを見た者の話に、尾鰭が付いたのであろうよ」

「では、こことは全くの別物なのだな?」

『そういう事。そこで我は、そういったものに、悪さをされない方法を教えたのだ』

「なるほど・・・しかしそれだと、魔力の消費が激しくならないか?」

『これは、魔力とは関係ない、レン個人の感覚の開閉になるからの、魔力は消費せん。別のスキルは常時発動しなければならんから、そちらは少し魔力を喰うが、レンには魔素水を渡してあるから、問題ないじゃろ』

「それならいいが。この状態でヨナスの前に出たら、レンが辛いのではないか?」

『確かに辛いかも知れんが、ヨナスを輪廻の輪に戻すためには、致し方が無い』

「ヨナスが、それを望まなければどうなる」

『消滅させるより他ないの』

「結局辛い思いをするのは、レンだけじゃないか」

『・・・真に・・・酷な事をさせるものだ』

「クレイオス?」

 まるで自分がやらせているのではない、とでも言いた気だな。 

『良いかレン。あれらは恐ろしい物では在るが、其方が気をしっかり持ってさえいれば、アウラの愛し子である其方には、害を為せぬ者達なのだぞ?』

 コクコクと頷くレンの頭を撫でたクレイオスは、幼子にそうする様に膝を屈めて、レンの瞳を覗き込んだ。

『ヨナスが取り込んだこ奴らを、恐ろしいと感じるのは、見た目もそうじゃが、言葉が通じんからだの?』

「うん」

『こ奴らは、言葉の通じぬ、頑是ない子供と同じだ。恨みに取り付かれた獣と言ってもいい。怒り狂った獣は危険だし、子供は時に、残酷な事を平気でする。じゃからの。こ奴らを憐れむのは良い。救ってやりたい、と願うのも良い。だが、心を開いてはいかん。理由は分かるな?』

「うん・・・うん」

 何度も頷くレンは、酷く悲しそうだった。

『さて。ロロシュの治癒も終わった様だの。いつまでも、こうしている訳にもいくまい』

「ずっと、見張られているしな」

『ヨナスも、暇な事だ』

「見張ってるのは、ドラゴニュートだろ?」

『その目を使い、我等を監視して居るのよ』

「なるほど・・・・」

 その後俺は、レンに教えられた通り、助言を求める、という形でクレイオスに、いくつか質問を投げ、概ね満足のいく答えを得る事が出来た。

 丘を下り、到着した隠れ里では、門衛をしていたドラゴニュートが、黙って俺達を里の中に招き入れ、イプシロンの家まで先導してくれた。

「久しいな、強き者」

 封印が解かれ、体が大きくなったイプシロンは、邪魔になった家具を取り払い、布を敷いた床の上で胡坐をかいていた。

「イプシロン、ヨナスはどこだ?」

「人とは、先ずは挨拶からだと聞いていたのだが?」

「今の俺達が、挨拶を交わす間柄とは思えんな」

 それもそうだ。とイプシロンは棘だらけの頭を、鋭い爪でポリポリと掻いた。

「・・・我等を止めに来たのか?」

「あぁ。それと龍も返して貰いたい」

「龍か・・・・ヨナスの所へは、案内する」

「いいのか?」

 歓迎ムードではなかったが、敵意や害意は無いという事か?

「うむ。我等は、獣人に敵対する者ではない。それにヨナスが連れてこいと言って居るしな。だが、その前に一つ聞きたいことが有る」

「なんだ?」

「我が同朋は、獣人を苦しめた、人族の根切りに向かった筈だ。それなのに、同じ獣人のお前達が、何故人族を助けるのだ?」

「俺達は騎士だ。騎士とは民と国の盾。彼等は、無辜の民とは呼べんかもしれんが、今は我が帝国の民だからな」

「ふむ・・・では他国の民であれば、見殺しにするのか?」

「さあ、どうだろうな。皇帝の判断次第だ」

「皇帝・・・・其方は、樹海の王ではないのか?」

「知らんよ。勝手にそう呼ぶ奴も居るが、俺は王でも皇帝でもない。騎士を束ねているにすぎん」

「・・・それで、腕の中の童が、其方の番か?」

 童と言われ、レンの肩が震えたが、特に文句を言う様子はない。

「レンは体は小さいが、立派な大人だ。子ども扱いは、止めてもらおうか」

「樹海の王の番が、その様にか弱い姿の人族とは、驚きだ」

「体は小さくとも、神の恩寵を一身に受けた尊い人だ。不敬は許さん」

「神の恩寵など、我らには無縁のものだ。だが其方を不快にさせたのであれば、謝罪しよう」

「次は無いぞ」

 凄んでみたが、封印が解かれ、力を取り戻したイプシロンは、小馬鹿にしたように鼻を鳴らしただけだった。

「其方は強いが、封印を解かれた我等には及ばん。そして、我等は獣人に仇なすものでは無いが、人族は別だぞ?」

「脅しのつもりか?」

「事実だ。その小さき者は、我等に楽しい時を与えてくれた、其方らに免じて、里に入ることを許されただけだ」

 イプシロンの不遜な物言いに、後ろに控えているマーク達の怒りで、空気がザワリと揺らめいた。

 片手を上げてそれを制し、不遜なドラゴニュートを挑発する為だけの、笑みを浮かべてやった。

「イプシロン、お前の眼は節穴だ。俺の番は強い。場合によっては、俺も負ける程にな」

 驚いたのだろう、一瞬目を見開いたイプシロンは、俺の胸に顔を埋めたままのレンを一瞥すると、ただの戯言だと判断したらしい。

「其方のような雄でも、番贔屓とは、まこと獣人とは、度し難い生き物よ」

「何とでも言え。忠告はした。後悔するのはお前の方だぞ?」

「フンッ。ヨナスが呼んでいる。着いて来い」

 見た目が人の性格を作る。
 とは、偶に聞く言葉だが
 今のイプシロンは、正にそれだ。

 以前此処へ来たときは、これ程不遜な態度を取る奴ではなかった。

 寧ろ、血の気の多いドラゴニュート達を、辛抱強く纏めて居るように、見えたのだがな。

 前を行くイプシロンが、どすどすと歩くたび、ぶっとい尻尾が右へ左へと揺れている。この尻尾で薙ぎ払われたら、普通の人間なら、一発であの世行きだ。

 不謹慎なのは分かって居る。
 だが、やはりどうしても気になる。

 ドラゴニュートの尻尾は
 切れてもまた、生えてくるのか?

 モヤモヤしたままで居るか
 恥を忍んで聞いてみるか・・・。

「なあ!でっかいトカゲのオッサン」

「・・・・私のことか?」

 ドラゴニュートの長に向かって
 トカゲのおっさん・・・・。

 セルゲイ・・・お前は子供か?
 子供なのか?

「あんた達ってさ。ドラゴンなの?トカゲなの?」

「材料にオオトカゲは使われているが、どちらでもない」

「ふ~ん。んじゃあ。ドラゴンみたいにブレスは吐く?」

「ブレスは使えんが、別の技ならある」

「じゃあさ、じゃあさ!元がオオトカゲなら、切れた尻尾は生えて来る?」

 セルゲイ・・・・。
 お前の、敢えて空気を読まない性格に感謝だ。

 後で褒美を遣ろうな。

「生えるぞ。尻尾だけじゃなく手足もだ」

「はあ?何その再生能力?!」

「我等は普通の生き物ではない。古代、魔族が使役していた、ゴーレムに近い。頭を潰されても死なん」

 いいのか?
 敵になるかも知れん相手に、べらべらと喋って。
 負けるわけがないと思っているからか?

「すげ~な!ヨナスって奴と話がついたら、俺と手合わせしてくれよ!」

「・・・・話がついたらな」

 穏便に話がつく相手とは、どうしても思えんがな。

 イプシロンに案内されたのは、俺達が宿として使った集会所だった。

 だが、建物の前に立った時、異様な空気に満ちている事に直ぐに気が付いた。

 レンのような、霊感が無くとも分かる。
 この中に居るものは、この世に在っては成らない者だと。
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