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千年王国
ロロシュと父親
しおりを挟むシッチンからアーチャー夫夫の来訪理由を聞いた後。なる様にしかならんだろう、と結論付けた俺は、番を口説き落とし、蜜月らしい甘く蕩ける様な、ひと時を過ごさせて貰った。
二人の訪問の理由がマークの婚姻絡みなだけに、俺もこの時ばかりは自分の意思で、マーキングを我慢する事にした。
伯爵夫夫が到着早々、気を失ったら洒落にならんからな。
事後の余韻に浸りながら、風呂でイチャイチャしている処に、レンが予想した通り、エーグルからの知らせが届いた。
ある程度覚悟はしていたが、その内容に俺とレンは頭を抱え、アーチャー伯達が俺達の処へ駆けこんでくるのも無理はない、と納得したのだ。
そして、翌日の夕暮れ間近。
屋敷に到着した夫夫は、婚姻式を控えた息子を持つ親とは思えない表情を浮かべていた。
皇都からは楽な道中ではなかった筈だが、伯爵は頭に登った血が治まらず、カンカンなのが見てとれる。
その伴侶である、皇家の乳母を務めた穏やかな人は、息子の将来を案じ、憂いに沈んだ表情を浮かべていた。
挨拶もそこそこに、憤懣遣る方無い様子の伯爵夫夫へ、先ずは話を聞こうと促したのだが、意外にも伯爵から後にしたいと言われてしまった。
「私事でお二人の蜜月をお邪魔しているのは、重々承知して居ります。真っ先に話しをさせて頂くべきなのですが、私も頭に来すぎて、もう少し考えを整理した方が良い様に思います。それに食事の前に話しを聞いたら、きっとお二人も、食欲が無くなってしまうと思いますので」
「まあ! そこまで?」
「本当に、マキシマスが不憫で・・・如何にかできないものかと」
ハンカチを目に当てる、伴侶フランの肩を伯爵が抱き寄せた。
「申し訳ございません。押しかけて来た身では御座いますが、旅の疲れもあり、感情が昂ってしまって」
溜息を吐く二人に、俺とレンは思わず顔を見交わしてしまった。
「お二人とも、そんな事はお気になさらないで。夕食まで時間もあります。お部屋にご案内させますから、ゆっくりお湯にでも浸かって、旅の疲れを癒して下さいね」
「御配慮、感謝いたします」
頭を下げ侍従に案内されて行く二人の後姿は、息子の将来を憂う親の姿そのものだった。
「エーグル卿の話しは、本当だったのね」
「いや。エーグルの事だ、かなり控えめに知らせて来ているのではないか?」
「そうかもね。お二人が血相を変えてここまで来るくらいだもの、私達も気を引き締めてお話を聞かないと駄目よね?」
「うむ。しかしあれだな。ロロシュの奴、いくら種族の特性があると言っても、貴族の常識くらいは守らねば、話しにならん」
「まあね。やらかしたのは事実なのだろうけれど、先ずはお二人のお話を聞いてみてから、ロロシュさんへのお仕置きを考える事にしましょう」
「そうだな。話の内容によっては、メリオネス侯爵の考えも聴かねばならんだろうしな」
「クレイオス様は、どうしてパールパイソンみたいな種族を作ったのかしら。とっても迷惑なんだけど」
首を傾げる番に、俺も同感だ。
「それなんだが、俺もクレイオスに聞いてみたことが有るのだ」
「え?初耳!」
「大した答えではなかったぞ。クレイオスはヴィースに生息していた全ての動物から、獣人を創り出しただけで、どのような特性を持って居るかは、気にしていなかったと言っていた」
「う~~ん。ちょっといい加減な気もするけど、ヴィースで生きている動物は数えきれないほど居るものね。一々気にしてはいられなかった、というのも理解できる」
「ならば、その素となった動物たちはどうやって創り出したのか?という事になるが。そこは色々な世界の生き物を、参考にして生み出したようなのだが、アウラ神は特性よりも、見た目重視であった、と言っていたな」
「あ~。アウラ様はヴィジュアル重視だもの。でもたま~に、アウラ様の好みから外れている人を見る事はあるのよ?」
「・・・俺もか」
ボソッと呟いてしまったが、これにレンは敏感に反応してきた。
「それは違う! アレクはとっても格好良いし素敵なの! アウラ様も、何でアレクが醜男って言われるのか、不思議がっていたの!」
「そうは言ってもな」
「本当なんだってば!」
力説するレンは、自分の居た国も大昔は、下膨れのポッチャリした顔が美男と言われていた時代があるが、今は俺のような顔が美男子なのだと拳を振り回した。
「アレクは素敵よ?こっちの人達の感覚が、おかしいの!!」
「だとしても、醜いと言われていることは事実だからな」
「本当なのにぃ」
「俺はレンが格好いい、と言ってくれればそれで満足だ」
「ううう・・・アレクは美男子なんだってばぁ」
レンはこの話になると、ムキになる事が多い。
それは、周囲の人間の評価よりも、俺がレンの言っている事を信じ切れないでいる事に、モヤモヤしている気がする。
だが、生れた時からすり込まれた感覚や常識を覆す事は、一朝一夕には難しい事だと思う。
ふむ・・・感覚と常識か・・・。
「ロロシュも同じかもしれんな」
「どういう事?」
「ロロシュはその生い立ちから、貴族に対する嫌悪感が強かった。メリオネス侯爵家の後継となった今でも、それは変わらんのではないか、と思ってな」
「だけど、ロロシュさんは自分の意思で、メリオネス家の後継に納まった訳でしょ?だったら、それなりの責任は果たさなくちゃだし。そういう柵を全部抜きにして、種族的な本能がそうさせているのだとしても、人として最低限の礼儀とか、常識は守らなくちゃ駄目よね?」
「まあな・・・。ロロシュはと言うか、あの種族は同族や、自分が産んだ子に対しては思い入れが強いらしい。まあ、強いと言っても他に比べたら、なのだが・・・・」
「何かあったの?」
言い淀む俺に番は、何かを察したようだ。
「うむ・・・実はな、ゴトフリーの後宮にロロシュの父親が居たのだ」
「行方不明だって言ってた、お父さん?」
「ああ。ロロシュの父親は、一族が暮らす集落の長だったそうだ。攫われた仲間を探している時に、ロロシュの母と偶然出逢い。番だと分かったが、相手は帝国の公爵家の嫡男。他国のしかも森の中に隠れ住むような、種族の長との婚姻など認められるはずが無い」
「たしかに難しいわね」
「ロロシュの母は、侯爵家の後継である事と、現侯爵の元夫や、その生家からの嫌がらせにうんざりしていたらしくてな? 私生児を身ごもれば、廃嫡され自由の身になれると考えたらしい」
「・・・いかにも世間知らずな人の考えそうな事ね?」
「だろ?ロロシュの父親は、種族の特性を説明し、自分は他の獣人達の様に、幸せにしてやることは出来ない。たまに愛妾として会えるだけで充分だと言って、子を作る事には最後まで反対したそうだ」
「複雑な気分だけど、真摯と言うか誠意は見せた感じかしら?」
「俺には理解出来んがな? 結局ロロシュの母親は、独断でラシルの実を口にし、ロロシュを身ごもった。それを知らされた父親は、タランの集落に母子を連れて行く決心をした」
「でも、そうはならなかった」
「うむ・・・少数民族とは言え、彼も一族の長だ。一族の了承を得るために一度集落に戻ろうとした処を、人買いに捕まりゴトフリーへ売られてしまったのそうだ」
「それじゃあ、ロロシュさん達を迎えに行けなくても仕方ないわね」
ここまでの話しを聞いた番は、傷まし気な顔に両手を当てて考え込んでいる。
「フレイアが調べさせた結果、タランの集落は今は誰も住んで居らず、壊滅状態だ。しかし彼等は寒さに弱い。出来るだけ暖かい土地で、帝国の庇護を受けた、新たな集落を形成する事を望んでいるのは知っているな?」
「うん。それは聞いたけど・・・」
「ロロシュは父親から、一族の長になる事を頼まれたらしい」
「ロロシュさんは、それを受け入れたの?」
「いや。どうすべきか悩んでいると言っていた。そこで、自分を飛ばしてマークとの子供に、侯爵家を継がせることは可能か?と聞いて来たのだ」
「可能なの?」
「なんの問題も無い」
「でも、それだとマークさんはどうなるの?」
「それを悩んでいる、と言っていたな」
マークとの衝突も、エーグルが知らせて来た不愉快な話も、全てがここに集約されるのではないか、と俺は考えている。
だとしても、マークとの婚約を破棄し。
全てを白紙にすると騒ぐのは、全く別の問題だと思うがな。
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