613 / 765
千年王国
ロロシュと父親
しおりを挟むシッチンからアーチャー夫夫の来訪理由を聞いた後。なる様にしかならんだろう、と結論付けた俺は、番を口説き落とし、蜜月らしい甘く蕩ける様な、ひと時を過ごさせて貰った。
二人の訪問の理由がマークの婚姻絡みなだけに、俺もこの時ばかりは自分の意思で、マーキングを我慢する事にした。
伯爵夫夫が到着早々、気を失ったら洒落にならんからな。
事後の余韻に浸りながら、風呂でイチャイチャしている処に、レンが予想した通り、エーグルからの知らせが届いた。
ある程度覚悟はしていたが、その内容に俺とレンは頭を抱え、アーチャー伯達が俺達の処へ駆けこんでくるのも無理はない、と納得したのだ。
そして、翌日の夕暮れ間近。
屋敷に到着した夫夫は、婚姻式を控えた息子を持つ親とは思えない表情を浮かべていた。
皇都からは楽な道中ではなかった筈だが、伯爵は頭に登った血が治まらず、カンカンなのが見てとれる。
その伴侶である、皇家の乳母を務めた穏やかな人は、息子の将来を案じ、憂いに沈んだ表情を浮かべていた。
挨拶もそこそこに、憤懣遣る方無い様子の伯爵夫夫へ、先ずは話を聞こうと促したのだが、意外にも伯爵から後にしたいと言われてしまった。
「私事でお二人の蜜月をお邪魔しているのは、重々承知して居ります。真っ先に話しをさせて頂くべきなのですが、私も頭に来すぎて、もう少し考えを整理した方が良い様に思います。それに食事の前に話しを聞いたら、きっとお二人も、食欲が無くなってしまうと思いますので」
「まあ! そこまで?」
「本当に、マキシマスが不憫で・・・如何にかできないものかと」
ハンカチを目に当てる、伴侶フランの肩を伯爵が抱き寄せた。
「申し訳ございません。押しかけて来た身では御座いますが、旅の疲れもあり、感情が昂ってしまって」
溜息を吐く二人に、俺とレンは思わず顔を見交わしてしまった。
「お二人とも、そんな事はお気になさらないで。夕食まで時間もあります。お部屋にご案内させますから、ゆっくりお湯にでも浸かって、旅の疲れを癒して下さいね」
「御配慮、感謝いたします」
頭を下げ侍従に案内されて行く二人の後姿は、息子の将来を憂う親の姿そのものだった。
「エーグル卿の話しは、本当だったのね」
「いや。エーグルの事だ、かなり控えめに知らせて来ているのではないか?」
「そうかもね。お二人が血相を変えてここまで来るくらいだもの、私達も気を引き締めてお話を聞かないと駄目よね?」
「うむ。しかしあれだな。ロロシュの奴、いくら種族の特性があると言っても、貴族の常識くらいは守らねば、話しにならん」
「まあね。やらかしたのは事実なのだろうけれど、先ずはお二人のお話を聞いてみてから、ロロシュさんへのお仕置きを考える事にしましょう」
「そうだな。話の内容によっては、メリオネス侯爵の考えも聴かねばならんだろうしな」
「クレイオス様は、どうしてパールパイソンみたいな種族を作ったのかしら。とっても迷惑なんだけど」
首を傾げる番に、俺も同感だ。
「それなんだが、俺もクレイオスに聞いてみたことが有るのだ」
「え?初耳!」
「大した答えではなかったぞ。クレイオスはヴィースに生息していた全ての動物から、獣人を創り出しただけで、どのような特性を持って居るかは、気にしていなかったと言っていた」
「う~~ん。ちょっといい加減な気もするけど、ヴィースで生きている動物は数えきれないほど居るものね。一々気にしてはいられなかった、というのも理解できる」
「ならば、その素となった動物たちはどうやって創り出したのか?という事になるが。そこは色々な世界の生き物を、参考にして生み出したようなのだが、アウラ神は特性よりも、見た目重視であった、と言っていたな」
「あ~。アウラ様はヴィジュアル重視だもの。でもたま~に、アウラ様の好みから外れている人を見る事はあるのよ?」
「・・・俺もか」
ボソッと呟いてしまったが、これにレンは敏感に反応してきた。
「それは違う! アレクはとっても格好良いし素敵なの! アウラ様も、何でアレクが醜男って言われるのか、不思議がっていたの!」
「そうは言ってもな」
「本当なんだってば!」
力説するレンは、自分の居た国も大昔は、下膨れのポッチャリした顔が美男と言われていた時代があるが、今は俺のような顔が美男子なのだと拳を振り回した。
「アレクは素敵よ?こっちの人達の感覚が、おかしいの!!」
「だとしても、醜いと言われていることは事実だからな」
「本当なのにぃ」
「俺はレンが格好いい、と言ってくれればそれで満足だ」
「ううう・・・アレクは美男子なんだってばぁ」
レンはこの話になると、ムキになる事が多い。
それは、周囲の人間の評価よりも、俺がレンの言っている事を信じ切れないでいる事に、モヤモヤしている気がする。
だが、生れた時からすり込まれた感覚や常識を覆す事は、一朝一夕には難しい事だと思う。
ふむ・・・感覚と常識か・・・。
「ロロシュも同じかもしれんな」
「どういう事?」
「ロロシュはその生い立ちから、貴族に対する嫌悪感が強かった。メリオネス侯爵家の後継となった今でも、それは変わらんのではないか、と思ってな」
「だけど、ロロシュさんは自分の意思で、メリオネス家の後継に納まった訳でしょ?だったら、それなりの責任は果たさなくちゃだし。そういう柵を全部抜きにして、種族的な本能がそうさせているのだとしても、人として最低限の礼儀とか、常識は守らなくちゃ駄目よね?」
「まあな・・・。ロロシュはと言うか、あの種族は同族や、自分が産んだ子に対しては思い入れが強いらしい。まあ、強いと言っても他に比べたら、なのだが・・・・」
「何かあったの?」
言い淀む俺に番は、何かを察したようだ。
「うむ・・・実はな、ゴトフリーの後宮にロロシュの父親が居たのだ」
「行方不明だって言ってた、お父さん?」
「ああ。ロロシュの父親は、一族が暮らす集落の長だったそうだ。攫われた仲間を探している時に、ロロシュの母と偶然出逢い。番だと分かったが、相手は帝国の公爵家の嫡男。他国のしかも森の中に隠れ住むような、種族の長との婚姻など認められるはずが無い」
「たしかに難しいわね」
「ロロシュの母は、侯爵家の後継である事と、現侯爵の元夫や、その生家からの嫌がらせにうんざりしていたらしくてな? 私生児を身ごもれば、廃嫡され自由の身になれると考えたらしい」
「・・・いかにも世間知らずな人の考えそうな事ね?」
「だろ?ロロシュの父親は、種族の特性を説明し、自分は他の獣人達の様に、幸せにしてやることは出来ない。たまに愛妾として会えるだけで充分だと言って、子を作る事には最後まで反対したそうだ」
「複雑な気分だけど、真摯と言うか誠意は見せた感じかしら?」
「俺には理解出来んがな? 結局ロロシュの母親は、独断でラシルの実を口にし、ロロシュを身ごもった。それを知らされた父親は、タランの集落に母子を連れて行く決心をした」
「でも、そうはならなかった」
「うむ・・・少数民族とは言え、彼も一族の長だ。一族の了承を得るために一度集落に戻ろうとした処を、人買いに捕まりゴトフリーへ売られてしまったのそうだ」
「それじゃあ、ロロシュさん達を迎えに行けなくても仕方ないわね」
ここまでの話しを聞いた番は、傷まし気な顔に両手を当てて考え込んでいる。
「フレイアが調べさせた結果、タランの集落は今は誰も住んで居らず、壊滅状態だ。しかし彼等は寒さに弱い。出来るだけ暖かい土地で、帝国の庇護を受けた、新たな集落を形成する事を望んでいるのは知っているな?」
「うん。それは聞いたけど・・・」
「ロロシュは父親から、一族の長になる事を頼まれたらしい」
「ロロシュさんは、それを受け入れたの?」
「いや。どうすべきか悩んでいると言っていた。そこで、自分を飛ばしてマークとの子供に、侯爵家を継がせることは可能か?と聞いて来たのだ」
「可能なの?」
「なんの問題も無い」
「でも、それだとマークさんはどうなるの?」
「それを悩んでいる、と言っていたな」
マークとの衝突も、エーグルが知らせて来た不愉快な話も、全てがここに集約されるのではないか、と俺は考えている。
だとしても、マークとの婚約を破棄し。
全てを白紙にすると騒ぐのは、全く別の問題だと思うがな。
81
あなたにおすすめの小説
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
「出来損ないの妖精姫」と侮辱され続けた私。〜「一生お護りします」と誓った専属護衛騎士は、後悔する〜
高瀬船
恋愛
「出来損ないの妖精姫と、どうして俺は……」そんな悲痛な声が、部屋の中から聞こえた。
「愚かな過去の自分を呪いたい」そう呟くのは、自分の専属護衛騎士で、最も信頼し、最も愛していた人。
かつては愛おしげに細められていた目は、今は私を蔑むように細められ、かつては甘やかな声で私の名前を呼んでいてくれた声は、今は侮辱を込めて私の事を「妖精姫」と呼ぶ。
でも、かつては信頼し合い、契約を結んだ人だから。
私は、自分の専属護衛騎士を最後まで信じたい。
だけど、四年に一度開催される祭典の日。
その日、私は専属護衛騎士のフォスターに完全に見限られてしまう。
18歳にもなって、成長しない子供のような見た目、衰えていく魔力と魔法の腕。
もう、うんざりだ、と言われてフォスターは私の義妹、エルローディアの専属護衛騎士になりたい、と口にした。
絶望の淵に立たされた私に、幼馴染の彼が救いの手を伸ばしてくれた。
「ウェンディ・ホプリエル嬢。俺と専属護衛騎士の契約を結んで欲しい」
かつては、私を信頼し、私を愛してくれていた前専属護衛騎士。
その彼、フォスターは幼馴染と契約を結び直した私が起こす数々の奇跡に、深く後悔をしたのだった。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜
紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。
連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる