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千年王国
大失態!
しおりを挟む「あの時は、次から次に魔物の発生報告が舞い込んできて、この世の終わりか! と肝を冷やしたものです」
「そんなに酷かったの?」
「そりゃもう、酷いなんてものではありませんでした。我等にとっては凶悪とは言えない魔物でも、一般人には脅威です」
「しかもその数が尋常じゃない」
「大変な事になって居たのね?」
「第5の騎士は船乗りです。沖で嵐に合えば寝てる暇なんて有りません。そんな連中ですら仮眠もとれず、ふらふらでした」
「これで大型の魔獣が暴れでもしたらと、肝が冷えました」
「私は海の大型魔獣というのを、まだ見たことが無いのだけど、とっても大きいのでしょ?」
「大きいです。レン様も港に停泊している軍艦をご覧になりましたよね? クラーケンだと、あの軍艦の倍の大きさまで育つ事も有ります」
「軍艦の倍?! 船を壊されちゃう!!」
「ご安心ください。軍艦の防護結界は強力です。クラーケン如きの攻撃では、びくともしませんよ」
ランバートがニパッと笑うと、海洋魔獣の大きさに顔色を無くしたレンも、安心したのか、ホッと息を漏らした。
「ですが、シーサーペントやクラーケン、ゴブリンシャークなどの大型魔獣はさっぱりで、小型のシザークラブ、シースネイル、中型だとサハギン、シーホース、ザン、などの大量発生は有ったのですが、どれも自分が出張るほどの事も無かったと言うか、歯ごたえが無かったと言うか」
「ふむ」
「不謹慎だ、とは分かって居るんですけどね。狩猟本能には逆らえない、とでも言いますか」
言葉とは裏腹に、ラッセルは悪びれた様子もなく、短く刈り込んが頭をガシガシと掻きまわしている。
「レン様のイマミアでの浄化以降、魔物の数が減ってはいたのです。それがここに来て更に顕著になった」
「外洋に出ると、今でも大型魔獣の目撃は在ります。ですが以前の様に、奴らが商船や客船を襲うことが無くなりまして」
「魔獣が船を襲わなくなったのか? いい事じゃないか」
海洋性の魔獣は、船を見つけると問答無用で襲い掛かってくるものだと思っていたが、随分と大人しくなったのだな。
「何と言うか興味を失ったと言うのが、正しいかも知れませんね」
「恐らくはレン様の浄化のお陰かと思うのだが、イマミアの浄化だけでここまで変わるものかと、首を捻っていたのだよ」
「レンが浄化したのは、イマミアだけではないからな」
「話しには聞いているが」
「関係があるのですか?」
首を傾げる2人に、俺とレンは他の地に置かれたアウラ神を呪う呪具と、そこから生まれた瘴気溜まりについて説明して行った。
レンが浄化した全ての呪具と瘴気溜まりは、水辺にあった。
恐らくその目的は、水の流れを利用しより広く、より深く瘴気と呪いを広げる事であったのだろう、と俺達は考えている。
そして水の流れは、大地を走り地下へと潜り、複雑に絡み合いながら最後に海へと戻って行く。
「呪具が置かれた理由は、複数ある様にも思う。例の大魔法陣を発動させる為でもあったしな。しかし呪具により生まれた瘴気が魔物の数を増やし、狂暴化させていた事は事実だ」
「では偶々イマミアは、魔法陣の起点とされ、結果として海の生物に、直接的な影響を与えていたと?」
「海洋生物への影響が、分かりやすく出ていた、と考えた方がいい。他の場所で創られた瘴気も、何処とも知れぬ場から海へ流れ込んでいたのだと思う。しかしレンが魔法陣の起点とされていた呪具と、瘴気溜まりを浄化した事で、理に反し増幅されていた瘴気が消え、自然に帰って行った」
レンの顔を見下ろすと、うんうんと頷いている。
「だから外洋の魔獣たちへの影響が減り、大人しくなった?」
「あくまでも仮説だがな?」
「しかしそう考えると辻褄があうと。ふむ、成程ね」
頷くランバートに、ラッセルは「これからもっと暇になるのかぁ」と空を見上げている。
「なに。魔物が居なくなれば、次は人が相手だ。海賊や外敵相手に忙しくなるかもしれんぞ?」
「何か知ってるのか?」
「クレイオスの話しに、ジャヒーンの特使が嫌な顔をしていたからな。何か仕掛けて来るかも知れん。用心するに越したことは無いからな」
「ジャヒーンかぁ。めんどくさっ!」
ラッセルが頭の後ろで手を組んで、行儀悪く椅子をユラユラさせている。
その様子を見たレンが、不思議そうに俺を見上げて来た。
「ジャヒーンって交易で財を成した国ですよね? 帝国との関係も悪くないって聞いてますけど、何かあるの?」
「表立っては何も無い事になって居る。だが裏では色々あるのだ」
「ふぅ~~ん。色々ってところが気にはなるけど、他国に干渉する余裕はないから、敢えて聞かなかった事にしておきますね」
察しの良いレンはニコッと笑い、話しを全く別のものに替えた。
この時のレンの様子をランバートは「愛し子様は、賢明なお方だな」と評いていたが、俺もその通りだと思う。
人にはそれぞれ役割と言うものがある。
それを弁えず、他人の仕事にあれこれ口出しをして来る輩は多いが、そう言う奴ほど無能だったりするのだよな。
2人が煙たがっているジャヒーン王国は、交易により得た財により力を付けた国だ。
国土は大きくないが、優れた海運技術と、海洋の大型魔獣をものともしない、軍事力を有する。敵に回すと、ちと厄介な相手なのだ。
彼の国の国民性は交易で栄えた国だけに、王族から市井の子供に至るまで、商人気質が強い。
その商人気質により、帝国の古参貴族からは、見下されている感は否めない。
しかし、魔物による被害が減少して行けば、彼等との付き合い方も変わって行くだろう。
そしてその采配を振るうのは、我が弟アーノルドでなければならない。
属国ではあるが一国を任された、俺とレンが勝手に手出し口出しをする事は、アーノルドの治世を認めない事と同義。
レンが敢えて聞かなかった事にしたのは、賢明な判断なのだ。
ジャヒーンは政治的には厄介な国だが、彼の国の商船団が帝国へ持ち込む品々は、どれも一級品。
ゼクトバ滞在中は、異国の名品珍品のあれこれを鑑賞し、気に入ったものがあれば買い込んで柘榴宮へと送らせる事にした。
だが困った事に、相変わらずレンは自分の物よりも、周囲の人間の土産ばかりを選んでいる。
一国の国母となる人が贅沢三昧をするようでも困るが、無欲すぎると言うのも考え物だ。
それに俺の甘やかし計画の中には、玄関ホールへプレゼントを堆く積み上げる、と言うのも入っている。何度もやったら、無駄遣いだ!と叱られてしまいそうだが、年に一回、誕生日くらいなら、許して貰えるのではないか・・・・・・。
ん? 誕生日?
誕生日?!
なんてことだっ!!
俺はレンの誕生日を知らないぞ?!
愛し子の生誕祭として、国を挙げて大々的な祭りを催すべきなのに、レンが招来されてから、俺は一度もレンの誕生日を祝っていない。
俺自身が子供の頃から、自分の誕生日を気にした事が無く、すっかり失念してしまっていた!
アァーーーーッ!!
俺は番失格だ!!
何故こんな大事な事を失念していたのだ。
マーク達も気付いていないのか?
いや。
歩くマナー教本のようなマークが、気付かないはずが無い。
他の連中だって・・・。
どうして誰も指摘してくれなかったのだ?
レンも言ってくれればいいのに・・・。
番を得て嬉し過ぎて・・・。
浮かれすぎだろ。
こんな大失態。
どうやって挽回すればいいんだ。
己の不甲斐なさに絶望し、俺が頭を抱えている頃。
レンはマークからの手紙を受け取っていた。
丸々と太ったダンプティーが届けた知らせは。
ロロシュの懐妊を知らせるものだった。
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