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千年王国
向き不向き
しおりを挟む・・・退屈だ。
今の俺は、昨夜の会話と、ベットの上の乱れた番の姿を、反芻するくらい暇を持て余している。
世の中には、他人の縁談を取り持つ事に喜びを感じる者が居て、それを生業としている人間が居る事は知っているが、どうも俺には向いていない様だ。
ロロシュのような特殊個体なら兎も角、普通の獣人なら求愛行動も求婚も、自力で何とかするものだ。
俺に叱責され、レンから脅されて態度を改めなかったのは、ロロシュだけだ。まあ、あれは本当に特殊な種族の個体だから、同列には扱うには無理がある。
元々ラッセルは頭も良く、人好きのする好青年なのだ。
冷静さを取り戻しさえすれば、人族の高位貴族を相手に、本能のまま番を求める事がいかに悪手か、理解できる頭はあるし。伯爵達に折り目正しく接すれば昨夜の無礼を挽回できるチャンスは、いくらでもある。
ラッセルの真摯な謝罪を受け、伯爵は矛を納め婿候補の本質を見極めようと、油断のない目を向けているが、伴侶のイアンの方は、ラッセルに好意的に見える。
昨夜の大失態が無ければ、もっと簡単に伯爵夫夫からは、認めて貰えたのではなかろうか。
そうは言っても、肝心のディータが拒絶するようでは話にならないが、昨夜のレンとの会話が効いたのか、ディータもラッセルの為人を知ろうと、努力している様にも見受けられる。
俺達の心配が杞憂に終わった事は行幸だが。狭量な俺は、番との大事な夜を他人の色恋を案じる事で、無駄にしてしまったように思えてならない。
この後問題があるとすればだ。
ラッセルが、馬の本能をどこまで我慢できるか、だな。
馬の本能と言っても、ここで問題になるのは性的なものでは無い。
ラッセルは馬だが、モノセロスだ。
純潔を重んじる種族であるから、ディータの貞操は、婚姻迄守られる確率が高い。
婚姻前に色々と手を出していた俺が言えた事では無いが、俺同様最後の一線は超える事は無いだろう・・・多分。
では何が問題か。
”ユニコーンは力が強くて乱暴”
レンが言った事は、強ち間違ってはいない。
それは馬が持つもう一つの厄介な習性。
婚姻に至るまでの間、番持ちの雄以外の、全ての雄が敵に見えるという事に繋がっている。
求愛行動中の獣人は、漏れなく他の雄の存在に過敏になるものだ。
しかし、喧嘩沙汰や決闘騒ぎを起こすのが日常茶飯事となる馬とは、比べ物にならない。
酷い時には、番が知り合いと挨拶を交わしただけで、嫉妬した馬が過敏に反応し、たまたまその相手が求愛行動中のエルクだったため、互いに引く事をせず殴り合いの喧嘩に発展し、街の目抜き通りが半壊させられた、と言う笑えない事例もあるのだ。
よって、見合いの席で邪魔になるランバートは、離れで留守番だ。
[ねえアレク?]
[ん?]
[思ってたより、良い感じじゃない?]
[そうだな。ラッセルもデレてはいるが、騎士らしくなんとか踏み止まっているな]
[私達は居なくても平気そうよね?]
[うむ]
[馬に蹴られる前に退散して、マークさんに会いに行かない?]
[馬に・・・レンは本当に上手い事を言うな]
[ウマだけに?]
「プッ!ククク・・・」
「ふふ・・アレクは親父ギャグもいける口ね?」
「オヤジ? そうかもな?」
本当は番が可愛いだけなのだがな?
「じゃあ行くか?]
「うん」
「閣下? レン様もどうされましたか?」
立ち上がった俺を、伯爵が見上げて来た。
「すまんが先約がある。俺達はここで失礼させてもらいたい」
「それは大変申し訳ない事を致しました。そう言えばメリオネス小侯爵ご夫夫が、マリカムに滞在されているとか?」
「えぇ。二人を訪ねる事になって居るの」
「左様でございましたか。息子の為にお付き合いいただき、ありがとうございます」
「レン様。今夜もこちらに戻られますよね?」
ふむ・・・。
ディータはレンと離れるのが不安そうだな。突然降って湧いた縁談だ、誰かに頼りたくなるのも無理はない。
「勿論よ。伯爵が許して下さったら、あと何日か滞在させて貰いたいと思っているのよ?」
「そんな数日と言わず、誠心誠意おもてなしさせて頂きますから 、お好きなだけご滞在して頂いて結構です。いえ、御滞在ください。」
伯爵は俺達が滞在する事を、誉だと信じているのか、人をもてなす事を好んでいるのか。前回も、もう帰るのか、もっと居てくれと駄々を捏ね、イアンに叱り飛ばされていたっけ。
オッサンに縋られても嬉しくもなんともないのだが、好意的な相手を邪険にも出来ん。
「伯爵、ありがとうございます。ディータ、帰ったらゆっくりお話ししましょうね?」
「はい、レン様。とっておきのお茶とパイを用意してお待ちしております」
フフフと笑い合う番たちの後ろで、俺はラッセルに釘を刺す事を忘れなかった。
「・・・ラッセル、分かっているな?」
「はい閣下。お二人の教えを肝に銘じております」
「ならいい。レンを失望させるなよ?」
「はい」
ラッセルの肩を掴み耳打ちすると、日に焼けた頬に一筋の汗が流れ落ちた。
こいつ・・・。
勢いで何かする積りだったのか?
モノセロスの純潔はどうした?
種族として重んじるべきものがあるよな?
見合いで定番の、庭の散策は止めさせた方が良いだろうか?
「もう一度言う。レンを失望させるな」
「・・・こ・・・心得ております 」
ここでディータと話していたレンがにこやかに振り返り、その手を取って伯爵邸を後にした。
しかしマークには、近々会いに行くと連絡はしていたものの、今日の訪問の約束は取り付けておらず、俺は道端で飴を売っていた少年に小銭を握らせ、2人が滞在しているホテルへ訪いを入れさせた。
マークからの返事を待つ間、街を闊歩する観光客に倣い、俺達はホテル近くの露店を見て回り、木陰のベンチで名物の氷菓を楽しんだ。
「このアイス凄く美味しい! 中の果物は何かしら?」
「ん? これはタリーと言う桃の一種だ。栽培が難しく、この辺りの山でしか採れん。高級品だぞ?」
「じゃあこれもプレープみたいに、ギルドの人が採りに行ってるの?」
「どうかな・・・露店で売れるのなら、一般人でも採りに行けるのじゃないか?」
「それって、魔物が減ったからかな」
「そうかも知れんな」
「そっか・・・そうだと良いな」
こんな些細な事でも、これまでの努力の成果を感じられる出来事があると、レンは本当に幸せそうな顔になる。
その笑顔に俺の胸は撃ち抜かれ。
これからもこの笑顔を護る為ならば、どんなことでもして見せる! と誓った事はレンには内緒だ。
幸せそうに氷菓を頬張っていた番が、ふと手を止め、溜息を漏らした。
「ん? 頭が痛くなったか?」
氷菓は美味いが、急に頭が痛くなる事がある。
番の溜息もその所為かと思ったが、どうやら違う様だ。
「私、ディータはテイモンと結婚するんじゃないか、って思ってた時期もあったの」
「確かに二人は仲がいいな」
「うん。ディータもその気だったと思うのよ?」
「ふむ?」
「でも、私が他に想い人がいないなら。って言った時、ディータはなんの反応も見せなかったの」
「何か気持ちの変化があった、という事だな?」
「多分・・・二人が仲違いをしてなければ良いのだけどね」
心配する番をどう宥めようか思案していると、飴売りの少年が駆け戻って来た。
差し出されたメッセージカードには ”直ぐにお越しください” と几帳面な字で短いメッセージが綴られていた。
マークの了承を得、さっそくホテルへ向かった俺達は、最上階のロイヤルルームへと案内された。
流石のロロシュも、新婚旅行でケチるような真似はしなかったようだ。
と感心したのも束の間、豪華な部屋で再会したマークは、何があったのか、げっそりと窶れ、疲れ果てて居たのだ。
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