獣人騎士団長の愛は、重くて甘い

こむぎダック

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千年王国

愛し子と繭

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 side・アレク



 最近レンの様子がおかしい。

 話しかければ返事もするし、穏やかに微笑みながらの会話も出来ている。

 しかし、普段より表情が硬いような気がするし、夜の営みもここ数日断られているのだ。

 その理由は、何やら ”造物師” なる新しい能力を手に入れ、その限界値が知りたいのだと言って、朝から晩まで、一日中暖炉の前でシーパスの毛を編み続け、夕食の後は眠いと言って、直ぐに寝てしまうからだ。

 この新しい能力は、物造りに特化した力らしく、シーパスの毛を編む手の動きは、俺の目でも追うのがやっと。

 レンの様に物造りを好む人にとって、願ってもない能力なのだろうが、根を詰め過ぎなのではないか? と心配になる。

 それにこの能力を手に入れてから、俺は番に全く構ってもらえず、正直淋しい思いを抱えている。

 だからといって、番の邪魔をするわけにも行かず、余計な能力を与えたものだ、とアウラを恨みたい気分だ。

 確かにレンが編んでくれた衣類の数々は、想像以上に軽くて暖かく、マーク達の子供へ送る分と俺の分は他の者達よりも、模様がうんと凝っている、素晴らしい作品だ。

 こんな素晴らしい物を作り出すレンの手には、本当に神が宿っている様に思えてくる。

 レンの物を作り出す能力と作品には、関心を通り越し感動すら覚えるが、それはそれ、これはこれ。

 どれだけ優れた作品だろうと、愛しい番にかまってもらえない寂しさを、埋めることは出来ないのだ。

 それに、作業に没頭しているレンが、ふと手を止めた時。

 窓の外をに向けられる視線が、どことなく悲しそうに見える。

 あの視線は心が傷つき、思い悩むものが見せるものだと思う。

 命より大切な番を傷つけたのは誰だ?

 そんな無礼な奴は、この手で縊り殺してやりたいが、もしかしてその相手が俺だったらどうしよう。

 俺は知らぬ内に、番を傷つけたのだろうか。

 こんなに傍に居るのに、番の胸の内を知ることさえ出来ないとは・・・。

 もしや、ミラルダ伯爵家関連の手続きに忙殺されていた数日で、レンの身に何かあったのだろうか?

 しかし、ローガンとセルジュも、レンの身の回りで特に変わったことは無かった。と話している。

 それは、ひよこやシッチンたちも同様だが、皆レンの元気がないことには気が付いていたようで。

「閣下。レン様に何したんっすか?」

「そうですよ」

「いつも溌剌としていらっしゃるのに。こないだなんて、落ち葉を拾って溜息なんか吐いちゃってたんですよ?」

 ここぞとばかりに、ひよこ達に文句を言われてしまった。

 こいつらは、あの休暇の話を、まだ根に持っているのか?

「それが分からんから、お前たちにまで相談しているのだ」

「レン様が、閣下に何も言わずに悩んでるなら、原因は閣下に在ると思いますけど?」

「やはりそうなのだろうか」

「絶対そうですって!」

 ひよこに断言されてしまった。
 こんな時、マークが居てくれたら・・・。

 レンは俺に話し難い事も、マークには相談していた。

 そして礼節を重んじ口の固いマークは、レンから相談されたことを、俺も含め誰にも明かしたことがない。

 その忠義心が、2人の間の絆をより深いものとしているのだ。

 俺に対するものとは違う、信頼と絆に悋気玉が燃え上がることはないが、一抹の寂しさを感じることは事実。

 しかし、レンが招来されてから、こんなに長く2人が離れている事はなかった。

 もしかしたらレンは、マークの事が恋しいのやも知れん。

 そう言えば、ロロシュとの間の子が、繭になったと手紙が来ていたな。

 レンは子供の繭を見たことがないし、一度皇都へ戻り、マークと会わせた方が良い気がするな。

 番の憂いを払ってやりたいが、他人の手を借りることに忸怩たる思いもある。

 それでも、番の笑顔を取り戻せるのなら、手段を選んでいるべきではないよな?


「それで提案ってなあに?」

「うむ。一度皇都に戻らないか?」

「・・・ジャスティンの領地替えの手続きでもあるの?」

 声が尖っている?
 何故だ?

「いや? それはもう全て終わらせた。後は適当な時期に引っ越すだけだ」

「ふ~ん。なら、何しに行くの?」

 まただ、気不味そうにしているが、レンは何を警戒している?

「・・・ここはもうすぐ、雪が降る。そうなると移動も大変だし、雪に埋もれる前に、マーク達の顔を見に行こうかと思うのだが・・・どうだろうか」

 何故そんな、悲しそうな顔になる?
 俺は、何か間違えたのか?

「・・・マークさんに、会いに行っても良いの?」

「駄目な理由はないだろ?」

「でも、魔力が混ざらないように、あんまり近くに寄っちゃいけないって」

「あぁ、それか? それは腹の中に居るときだ。繭になれば別の部屋に置いて、物理的に距離を取ることも来る。親との接触も握手程度なら、魔力が混じることはほぼ無いし。繭をベタベタ触らなければ問題ないはずだ」

「そう・・・なんだ・・・」

「どうする?」

「私、マークさんに会いたい」

 ああ。
 今にも泣きそうじゃないか。

 それほど辛い思いを抱えて居ても、俺には打ち明けてくれないのか。

 俺は、レンから信頼されていないのだろうか?

 だから俺達の間に、伴侶の証が浮かばないのか?


「よし。直ぐに準備させような」


 抱き上げた番が俺の胸に頭を預け、長く切なげに吐いた吐息は、細く震えていた。


 それから皇都へ戻る準備に追われた数日間、レンは少しだが元気を取り戻したように見えた。

 しかしそれは、無理にはしゃいで見せているようにも見え。

 ローガン達も、それに気付いているからか、2人がレンへ向ける視線にも懸念が見え隠れしている。

 これはどうしたものか・・・中々重症だぞ。マークに会ったくらいで、回復できるだろうか?

 皇宮に在る柘榴宮に戻るのは、スクロールを使えば一瞬だ。

 レンの帰宅を喜ぶ侍従たちを追い払い、マーク達が出産準備を整えている侯爵邸へ、訪いを入れさせた。

 訪いの手紙には、レンの様子がおかしいことも、一言添えておいた。

 それに対する返事は、ロロシュの手によるものだったが、俺達2人ならいつ来ても構わない。レンとマークがゆっくり話ができる場も設ける。との事だった。


 それを受け、俺達は翌日侯爵邸を訪れることにした。


 侯爵邸に到着すると、マークとロロシュが出迎えてくれた。

 挨拶もそこそこに案内された子供部屋には、レンが贈ったものがあちこちに配置されている。繭の置かれたベビーベッドにも、レンの手製のモールが既に取り付けられていた。


 自分の贈り物を気に入ってもらえた様子に、レンは安堵の表情を浮かべ、次に初めて見る子供の入った繭に興味津々だ。


 ベッドの中の繭は、ロロシュより魔力の強いマークの影響なのだろう、白銀の糸が陽の光を受け、キラキラと輝いていた。


「ほぇ~~。この中に赤ちゃんがいるの?」

「はい。今はおとなしいですが、魔力を与える時には、繭の中で元気に動き回っています」

「すっごい不思議。ても綺麗な繭。マークさんの髪とそっくりね」

「ふふふ。繭の糸は魔力が具現化したものです。ですので、糸の色は親の魔力の影響を受けるのですよ」

「ふ~ん。ならこの子はマークさんに似た子になるのね?」

「さあ、それはどうでしょうか。繭から出てくるまでは、どちらに似るのかは分からないのです」

「そっか・・・マークさんに似たら、人生勝ち組決定なのにね」

「おい、ちびっ子。それはどういう意味だ?」

 ロロシュは渋い顔をしたが、俺もレンの意見に賛成だ。

 産まれた時から草臥れて見えるとは思わんが、マークに似た方が、ロロシュに似るより何倍も生きやすそうだと思う。


 クスクスと明るく笑う番に、ホッと胸を撫で下ろした時、ベッドの中の繭がゆらゆらと揺れた。

「おや? この子も笑っているようですよ?」

「ほんとう?」

「はい。繭の中に居ても、子供は周囲の話をよく聞いているそうですから」

「・・・そう・・・そうなのね」


 キラキラと輝く繭を見つめ、小さく呟いた番の瞳から、ポロリと一粒の涙がこぼれ落ちた。

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