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千年王国
閣下のご指導
しおりを挟む「あっ! 閣下!」
「えっ? あの方が団長?」
「でっかいなぁ」
「おはようございます!」
「戻られたばかりなのに、お早いですね」
マークからレンの気鬱の原因を聞き、叱責を受けてから、レンへ子供の話をどう切り出したものか俺は煩悶を重ねている。
寝返りを繰り返すだけの浅い眠りに嫌気が差し、腕の中ですやすやと眠るレンを起こしてしまうのも気が引けた俺は。日が昇る前にベッドを抜け出し、練武場で1人剣を振るっていた。
馬鹿みたいに剣を振り回した所で、問題が解決する訳では無いが、逃げたくなる気持ちに、踏ん切りは付いたように思う。
剣を握った時から、日課にしている朝の鍛錬を終える頃。部下の騎士達が、練武場へぞろぞろと入ってきた。
見知った顔も居るが、欠伸を噛み殺している連中は見慣れない者ばかり。
「見ない顔が多いな。新入りだな?」
「はい。今は何処の団も人手不足ですから。臨時の入団試験に合格した者達です。おいっ! 整列!! 団長にご挨拶だ!」
寝ぼけた顔をしていた新入り達が、横一列に整列し、引き締まった表情で一斉に騎士の礼をとった。
入団から日は浅いが、それなりに統率は取れているようだ。
「この連中はミュラーが泣きついて来た、あれだな?」
「多分そうだと思いますが。ミュラーさんが泣きついたんですか?」
「うむ。手が足りなくて死にそうだってな?」
「ははは。確かに主要メンバーの殆どが、ゴトフリー? え~と。ティエラ・・・ドラゴネス? と行き来してますから。穴埋めには人手が必要ですね」
アーノルドも知恵を絞って付けた名なのだろうが、呼びにくいと思っているのは俺だけではないようだ。
それにしても・・・。
「若いな」
「そうですねぇ。まだ子供みたいなもんです。以前不合格になった年嵩の連中も、試験を受けはしたんですけどね? 一度不合格になった奴らは、やっぱり何かしら問題が在るもので。それなら即戦力には為らなくとも、伸びしろの在る、若い連中の方が良いって話になったんです」
「まあ、そうだろうな」
おかしな思想や癖が付いた連中より、若い者の方が扱いやすい。
「実力はどうだ?」
「まあ、若いですからね。見込みがありそうなのは何人か居ますが。今はまだ、そこそこって感じです」
「ふん。実力が見たいな」
「では、体を解したら対戦でもさせますか?」
「・・・いや。俺が少し揉んでやろう」
「えっ!?」
「問題でも?」
ギロリと見下ろすと、新人の教育係らしい将校が、アワアワと胸の前で手を小刻みに振り始めた。
「問題なんて滅相もない! ただ休暇中の閣下にご指導いただくのは、気が引けるというか。アイツラも励みになると思うんですけどね?」
「何故、疑問形なのだ」
「いや~。尻に卵の殻が付いているような連中ですから。閣下のお相手は荷が重いと言いますか。自信を失くすのではないかと」
「自信と命。どちらが大事だ?」
「そりゃあ、命ですけど。最近は褒めて育てる方が、良いとも聞きますし」
「お前、アホだな? その程度で心が折れるようなら、うちには要らん。騎士など辞めてしまえ」
「あはは~。ですよねぇ~」
苦労して手に入れた人材を、簡単に辞めさせたくないのだろう。
その気持は分からんでもないが、生半可な覚悟で騎士になっても、碌な事にならん。
命を掛ける覚悟が無いなら、街の警備隊に入隊すれば良いのだ。
「言っておくが、お前達もだぞ」
「ゲッ!! マジですか?!」
留守にしていた間に、随分弛んだ様だな。
「永遠の休暇が欲しいか?」
「とんでも有りません!! 閣下のご指導。光栄であります!!」
おいおい。冷や汗で額が光っているぞ?
俺がいない間、どれだけ手を抜いていたのだ?
「おいっ、そこのお前。詰め所にいる連中を全員連れてこい。非番だろうが関係ない。 寝ている奴は、叩き起こして連れてくるんだ」
指名された若造がその場でピョンっと飛び上がり、頬を引くつかせながら詰所へと駆けていった。
「あの~~。流石に全員は無理があるんじゃ」
弛み切っているな。
第2騎士団は初撃のバリスタであり、帝国の剣。そして最後の砦であり、盾でなければならない。
鍛錬を怠る事、手を抜く事などあってはならん。
公私の別、緩急の切り替えは重要だが。緊張感を失い精神が緩んだ者など、簡単に魔獣の餌になってしまうのだ。
「お前達も、さぞ研鑽を積んだことだろう? 部下の成長を直に見られるのだ。上官として実に遣り甲斐がある」
「あ・・・あぁ。左様ですか」
ガックリと落ちた肩を叩き、部下の指導を始めたのだが、思ったよりも新人の動きはいい。古株の連中も、それなりに鍛錬を積んでいたようだ。
満足とまではいかないが、精鋭とは言えない彼らの実力を考えると。まあ、こんなものか。と納得はできる。
懸念があるとすれば、半数以上の者達に決定的に足りないもの。
それは緊張感と切迫感だ。
神殿を解体し、ヴァラクを滅し、レンの浄化の効果もあり、魔物の出現率。特に凶悪な魔物や大型魔獣の出現率が低下している。
その影響のなのだろうが、全体的にのほほんとした雰囲気が漂っている。
命に対する切迫感のない太刀筋は軽くなる。
これは、実力云々以前の大問題だ。
本人の心構えの問題は、いくら口で言って聞かせた処で、本人の認識が改まらなければ、どうにもならん。
自ら魔獣の口へ、頭を差し出すようなもの。
そうさせない為には、体に教え込むしかない。
「遅い! 反応が鈍すぎる!」
「なんだそのへっぴり腰は!! 見習いからやり直せ!!」
「俺をなめてるのか?! 本気を出せっ!!」
「次っ!!」
「おい!! 次だ!! つ・・・」
・・・やってしまった。
振り向いた練武上場の中は、死屍累々。
魂の抜けた顔の騎士達が、あちらこちらで折り重なり小山を作っていた。
指導に熱が入りすぎ、少々やりすぎてしまった、と頭を掻いていると、後ろから声をかけられた。
「ご無沙汰しております、閣下」
「お? ミュラーか久しいな。ザックは息災か?」
「はい、お陰様で。先日もレン様から、珍しい茶菓を沢山頂きまして。ザックも大変喜んでおりました」
そういえば、夏に ”おちゅうげん” とか言って、レンが菓子やらリネン類やらをあちこちに配っていたな。
「しかし、今回も派手にやりましたね」
「人員を増やしても、弛んでいては使い物にならんだろ?」
「仰る通りです。やはり閣下がいらっしゃると、引き締まっていいですね。この調子で報告書や諸々の書類も、迅速に回してくれるといいのですが」
ニッコリした目の奥が笑っていない。
事務方の仕事を、丸投げしているのを根に持たれているのが明白だ。
辞職願を出される前に、休暇をやらねば。
部下たちの呻き声をバックに、顎を撫でつつ考えていると、風に乗りふわりと花の香りが漂ってきた。
「どうかされましたか?」
「レンが来たようだ」
「レン様が? まだお姿は見えませんね」
姿が見えずとも、番の香しい香りを俺が間違えるはずも無い。
「お前たち!レン様がお見えだ! だらしない姿をお見せしたいのか?!」
ミュラーの激が飛び、慌てて立ち上がった部下たちが、バタバタと体の埃を払っているところに、ローガンとセルジュを伴ったレンが姿を現した。寸の間立ち止まり、練武場の中をぐるりと見渡すと、レンの深紅の唇が月の形に弧を描く。
俺の番は今日も美しい。
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