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千年王国
愛し子の願い
しおりを挟む「おはようアレク」
「おはよう。よく眠れたか?」
優雅な細腰を引き寄せ額に唇を寄せると、番は擽ったそうに首を竦め、新入り達の間にザワザワと慄きが広がった。
本物の愛し子を初めて間近で目にすれば、俺との対比で動揺する気持ちは理解できる。
しかし、番とのスキンシップは、獣人として当たり前。
どうだ?
羨ましかろう?
どれだけ羨もうと、この麗しい人は俺の番。お前達は一生掛かっても、手に入れる事など出来ないのだ。
小僧共、存分に悔しがるが良い。
「うん。朝ご飯の時間なのにアレクが帰って来ないから、様子を見に来たの」
「待たせてしまって、すまなかったな」
「いいの。みんなにお稽古を付けていたの?」
「う、うむ」
半分以上が、レンを傷つけてしまった気まずさからの、鬱憤晴らしだ。とは口が裂けても言えない。
「朝早くから熱心に指導したみたいね。やっぱりアレクは優しいのね」
「別に優しくはないと思うが・・・。」
そんな純粋な笑顔を向けられると、罪悪感が半端ないな。
埃まみれでボロボロの部下を見て、優しいなんて言うのはレンくらいのものだ。
「折角だから、私の相手もお願いできる?」
「今からか?」
「うん。だめ?」
クゥーーーーッ!!
あざと可愛く小首をかしげられたら、ダメなんて言えない!
そうだよな。
レンも憂さ晴らしは必要だよな?
「しかし、その格好でいいのか? 動き難いだろう?」
今日のレンの装いは、銀紗の衣にさし色は俺の髪色の赤。
腰に抜丸を下げ、おろし髪の両耳の上から後頭部へ、ぐるりといちごが花を咲かせている、大層可憐な姿だ。
「大丈夫。でもハンデを少しつけてくれる?」
「構わんが?」
「じゃあ。アレクが使えるのは右手だけ。ロイド様に叱られちゃうから、魔法も無しでいい?」
「いいだろう。勝敗はどうする?」
「ん~~。相手を拘束した方が勝ち」
「自信満々だな?」
「やるからには、勝ちにいかないと」
「まあな」
「あと私が勝ったら、一つお願いを聞いてくれる?」
「勝たなくても、レンの願いなら何でも聞くが?」
「じゃあ、ご褒美って事で」
ニコニコと可愛らしい。
こんな愛らしい人を、俺が傷つけたのかと思うと。
むっ胸が・・・。
罪悪感と後悔で痛む胸を押さえ、練武場の中央に、何食わぬ顔で番と向き合う俺なのだった。
「先輩。いいんですか?」
「良いんだ」
「でも愛し子様は、あんなに小さいのに」
「自分達だって、手も足も出なくてズタボロですよ?」
「いいから。お前たち新人は、一刻も早く観覧席に避難しろ」
「避難って何ですか?」
「愛し子様を、そんな危険な目に合わせるんですか?」
「馬鹿! 危険なのはお前達だ! 見てれば分かる。さっさと行け!」
「あれって、新人さん?」
「あぁ。人手が足りなくてな」
「騎士団の半分が、エストに行っちゃってるんだもん。手が足りなくなりますよね」
「しかしレンのお陰で、魔物は減っているからな。即戦力より、有望そうな若い者を採用したのだ」
「若いから伸びしろしかないものね。将来が楽しみね」
近い将来、俺は第2の団長の座から離れることになる。
その時、第2の連中をどれだけ引っ張って行けるのか、何人が着いて来てくれるのか、そこが問題だな。
「閣下ぁ~~!! 避難完了! 初めても大丈夫で~す!!」
なんなんだ、あの間延びした報告は?
「うふ。可愛いわね」
か?可愛い?!
若いから?
レンは、若い雄がいいのか?
年下が好みなのか?
「若いっていいわねぇ」
「なっ?!」
「私も、あのくらいに戻りたいなぁ」
なんだそういう事か。
びっくりしたぞ。
「レンは今だって、若くて綺麗だぞ」
「ありがと。でも女の盛りは短いの。これからはケアに力を入れないと、後が大変なことになっちゃう」
「大変なこと?」
「シミとかシワとか」
「それは俺も同じだろう?」
チッチッチッ。
レンは人差し指を左右に振り「分かってないのね」と溜息を吐いた。
「アレク達男の人のシワは、増えたり深くなっても、人間的な深みと色気が増すけど。女のシミ、シワは劣化と言われるのです。シワが素敵な女性なんて稀なの。素敵な歳の取り方をするのって、結構大変なのよ?」
「レンなら大丈夫だと思うがな?」
「・・・そうれはどうかな」
レンは歳を気にしている?
子供が欲しいから?
本当に俺は、レンを無自覚に傷つけていたんだな。
「アレク?」
「ん?」
「始めないの?」
「あぁ、すまん。 始めよう」
俺が木剣を一振りすると、レンは悪戯っぽく唇を引き上げ、綺麗なボウアンドスクレープ をして見せた。
「大公閣下、初手はお譲りしますわ」
「余裕ですな? 大公妃殿下」
「ふふん。なんとなく今日は、負ける気がしないので」
艶然と微笑む番に、俺は木剣を捧げ持ち鍔もとに唇を寄せるサリューを返した。
「では、遠慮なく」
轟ッ!!
と唸りを上げ振り下ろした剣は、涼しい顔をしたレンにスイっと避けられ、観覧席からは新入り達の悲鳴が聞こえてきた。
この程度で悲鳴を上げるとは、鍛え方が足りていない証拠だ。
初手を躱された後も、俺の剣は執拗にレンを追いかけまわした。
しかし、朱唇に余裕の笑みを浮かべたレンは、右へ左へと蝶が舞うように攻撃を避け。細腕には耐えられる筈のない剣戟も、木刀の先で軽くいなされてしまう。
しかし一合二合と打ち合いが続けば、レンより先に木刀が悲鳴を上げ。
ビキッ!
と甲高い音と共に、木刀に罅が入った。
その瞬間、勝ちを確信した俺だったが、レンは俺の予想の遥か上を行っていた。
打ち下ろされた剣の勢いそのままに、木刀から手を放したレンは、俺の木剣を両手でパシッと挟み込んだ。
「あぁ?!」
そして勢いをいなす様に、レンの方へと引き込まれた堅い剣が、どういう訳か、ボキリと刀身の中ほどで折り取られてしまったのだ。
「え? はぁ?」
理解が追い付かず、一瞬棒立ちになった俺に、レンが抱き着いて来た。
「つっかまえたぁ~」
「あ・・・」
これは・・・拘束された事になるのか?
簡単に振り解けるし、抱き上げられるのだが?
それに傍から見れば、レンの方が捕まったように見えると思うぞ。
しかし、無手での体術はレンの方が巧みだ。ここは地面に転がされる前に、負けを認めるのが得策だろう。
「負けました」
「やったぁー!!」
「「う・・・?」」
「「「うぉーーーッ!!」」」
「すっげーー!!」
「俺、感動しちゃったよ!」
騒々しいぞ、若造ども。
そう言えば、レンとの初めての手合わせの時も、こんな感じだったな。
教育係が ”静かにしろ!” ”騎士らしく礼節を弁えろ!” と新人たちを怒鳴りつけている。
そういうお前も、俺達の初めての手合わせの時、大興奮だったよな?
「では、姫。願いを仰ってください」
「あ・・・あのね」
番の手を取り片膝をついた俺に、何故かレンは恥ずかしそうに頬を染め、モジモジとしている。
「どうした?」
「えっと・・・その」
”静かにしろと言ってるだろうっ!!”
「私・・・私ね」
「うん」
「私・・・あっ赤ちゃんが欲しいの!!」
赤ちゃんが欲しいの・・・がほしいの・・・ほしいの・・・しいの・・・
大騒ぎの練武場に、訪れた一瞬の静寂。
振り絞るように叫んだレンの願いが、木霊を繰り返した。
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