獣人騎士団長の愛は、重くて甘い

こむぎダック

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千年王国

天使の反抗

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 身勝手でせっかち。

 マークの言う通りだ。

 クレイオスにも、せっかちな雄だと何度も言われた。

 俺は最速で答えを知り、結果を得たい。

 そうしなければ、魔物との戦いで、俺も部下たちも生き残れなかったから。ギデオンとジルベールを排した後、混乱した国と皇宮を立て直すことが出来なかったから。

 より早く効果的に望んだ結果を得るために、必要なら脅しを含め、根回しもやってきた。

 厚顔無恥でプライドの高い貴族相手には、それが必要だったから。

 それが分かって居ながら、ジャスティンの一件では何の根回しをしなかった。

 皇都から追放され、遠く離れたマイオールで細々と暮らしているジャスティンの事など、日々刺激を求める貴族達は忘れ去り、気にも留めていないと思っていたのだ。

 それに20年近く胸の中に押し込めてきた、後ろめたさから、一刻も早く逃れたかった。
 
 残忍な仕打ちを、必要な事だった。そう自分に言い聞かせ目を背けて来た。

 それでも、多くの人間の命を刈り取り、子供たちの未来を奪った事実は消えない。

 レンという番を得、世界一幸運な雄だと自負しながらも、その幸運に値する人間であるのか。

 レンを深く愛する度、心の隅で感じる清らかな愛し子を、血塗れの手で汚している罪悪。

 それに対し、仄暗い背徳感と喜びを感じる俺は、正常とは言えないのかもしれない。

 その疚しさと、番に拒絶される恐れが、独断的で身勝手な俺の行動に繋がっているのかもしれない。

 表面的には番を甘やかすと言っていながら、結果的に甘やかされているのは俺の方だ。

 困った顔をしながら、最後には俺を受け入れてくれるレンの優しさに、俺は甘え、番の人生に対する考えや望みを、なおざりにしてしまった。

 他人に命令する事に慣れ、効率を優先させる事に慣れた俺は、人生の伴侶である大切な番の心を、慮る事を忘れていた。

 毎日楽しそうに過ごしていたから。

 俺の事を受け入れてくれていたから。

 すべて言い訳だ。

 共に人生を歩む伴侶として、必要な話を何もして来なかった。

 これなら、種族の特性を理由に、番のマークを突き放したロロシュの方が、番に対して真摯だったと言えるだろう。

 不愉快な噂が流れたのは、俺の弱さが原因なのだ。

 人族のレンには、番であることの感覚は分からない。

 人族は獣人の求愛を拒絶する権利を持っているし、婚姻後も離婚を申し立てる権利も持っている。

 俺はレンを手放すつもりなど更々なかったから、離婚の権利について教えなかったような気がするが、パフォス辺りから、そのことを教わっている可能性もある。

 俺は選ばれる側であるにも関わらず、番に対し、真摯であったとは言えないだろう。 


「全てマークが正しい」

 レンに剣を捧げたマークは、剣の主を守るためなら、俺を敵に回し排除することも辞さないだろう。

 立場的には俺が上だが、社交や世渡りの巧みさは、マークの方が数段上だ。そこにロロシュとメリオネス家が手を貸せば、どうなるかは自明の理だな。

 古来より、そうして目下の者に排除された権力者は、後を絶たない。

 そんな間抜けの名簿に、名を連ねたくはない。

「噂の火消しについては、全てマークの好きにしていい」

「宜しいのですか?」

「構わん。その手の事はマークとロロシュの方が得意だろ? 俺もマークの指示に従う」

「そういう事でしたら、お引き受けいたします」

「育児で忙しい時にすまんな」

「いえ。レン様の為ですから」

 世辞でもいいから、俺の為とも付け加えてはくれまいか?

 まあ、無理だよな。

「それと、当時連座になった成人前の子供達に対し、アーノルドは恩赦を与えてもいいと言っている。俺とアーノルドの連名で、恩赦の後の生活を支援する話も付けてある。火消の役に立つなら、それも使ってくれ」

「陛下がその様な許可を?」

「表向きは、新たな皇帝の誕生に伴う、民への施しの一環だな。当時あいつも子供だったが、ギデオンに対し両親が何も出来ず、いたずらに民を苦しめた事への、罪滅ぼしだそうだ」

「陛下も大人になられましたね」

「座学が嫌で、俺の執務室に逃げて来ていたのにな」

「ふふ。そんな事もありましたね。・・・あの時私は領地で匿われていて、余り閣下のお役には立てませんでした」

「アーチャー伯からの支援で、助かった記憶しかないが?」

「多少の財貨を差し出したところで、ウィリアム陛下と閣下のご苦労に比べたら、何ほどの事もありません」


 殊勝な態度の俺と、昔話で矛を収めたマークは、暫くは宮に滞在すると言って部屋を後にした。

 去り際にマークは「レン様に謝罪をなさい。そして今後の事をしっかりと話し合わねばなりません。それと噂の話もするように」と言い残していった。

 事実無根の嫌な噂話しだが、他人から聞かされる前に俺から話した方が、傷も浅いだろうという事だった。

 それには俺も同意だが、どうやって切り出したものか。

 そもそも俺は、寝室から追い出されているのだ。

 部屋に入れてくれるかも怪しいのに、謝罪などできるだろうか?

 いや、うだうだ言っている場合ではないな。

 まずは謝罪だ。

 兎に角謝って、謝り倒して、機嫌を直してもらわねば、話しをすることも出来ん。

 それから、レンの好きなものを用意して。

 何がいい? 

 花? 菓子か? それとも珍しい果物か?

 ・・・姑息だ。

 物で機嫌を取ろうなど、姑息すぎる。

 だが、何も無いというのも味気ないというか・・・。

 うむむ・・・。

 マークなら、あの顔で懇願すれば大概の事は何とかなりそうだが、生憎俺のご面相はこんなだからな。

 貢物の一つや二つでは足りん気がする。

 悩みに悩んで、結局俺はセルジュを頼ることにした。

 マークに言われた通り、俺は朴念仁だ。

 この歳になって、レン以外との恋愛は皆無だったし、こんな時にどうすれば良いのか、よく分からん。

 そもそも恋愛慣れしていたら、今のような醜態を晒すことも無かったように思う。

 そういう訳で、俺はセルジュを頼ったのだが・・・。


「閣下、僕・・・私だって恋愛経験などないのです。アーチャー卿の助言を頂くべきだと思います」

「そうは言うが、プロポーズの時も助けてくれただろ?」

「私は耳年増なので、その手の情報を持っていただけです。それにも申し訳ないのですが、今回は閣下の手助けをしたくありません」

 と、俺に向ける視線の冷たいことよ。

 強く握りしめた拳が、震えているのが分かる。

 主に反抗する事への恐怖と、俺に対する憤りが拳の震えに繋がっているのだろう。

 俺はうちの天使2号をも、本気で怒らせてしまったのだと、改めて思い知らされた。

「お前も、例の噂を聞いたのか?」

「こんな情けない思いをしたのは、人生で初めてです」

「だが事実無根だと、お前も分かって居るだろう?」


 セルジュの瞳がギラリと光り、胸に秘めた怒りの大きさが伝わってきた。

 あの可愛らしかった子供が、いつの間にか、大人の雄の顔をするようになったものだと、場違いにも感心してしまう俺なのだった。

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