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千年王国
閣下はポンコツだった
しおりを挟む「・・・で? レン様に部屋から追い出されたそうですね」
「やっぱり、そうだよな。俺は追い出されたんだよな」
「やっぱり、とは? 閣下、貴方自覚はないのですか?」
「いや、そういう訳ではないのだぞ? 唯レンが、これ程過敏になるとは思わなくてだな?」
柘榴宮執務室。
執務机を間に挟み対峙したマークは、うんざりした様子のため息を吐き、腕に抱いていた繭を一撫でしてロロシュに手渡した。
慣れた様子で、我が子の入った繭を受け取ったロロシュは、体をゆらゆらと揺らし、腕の中の繭をあやし始めた。
「よしよし、父様はご機嫌斜めだからなぁ。母様と一緒にいようなぁ」
これ見よがしにデレデレしやがって。
何が母様だ。
見た目は唯の草臥れたオッサンだろうが。
「なんですかその恨みがましい目は」
「別に・・・恨みがましくなどない」
「まったく。繭を抱くのが羨ましいなら、もっと早く子を作ればよかったのです」
氷点下の眼差しを向けてくるマークは、レンが目覚めたことを知ると、愛騎のキースを駆り、繭を抱えて宮に駆けつけてきた。
そして、レンが薬湯の効果で眠ったことを知ると、靴音も荒く。ついでに鼻息も荒く、俺のいる執務室へやって来るなり、極寒の冷気を纏いながらの、説教が始まったのだ。
「レン様がお倒れになったと聞いて、私達がどれほど心を痛めたかお分かりですか? しかもその原因が閣下にあると聞いて、どれだけ驚いたことか!」
「面目ない」
「閣下の面目など、どうでもいいのです。それよりも練武場で大勢が見ている前で、レン様は閣下に子供が欲しいと懇願なされたそうですね?」
「あ・・・う、うむ」
「うむ・・・じゃないでしょう?! あの日、侯爵邸で話したことをお忘れか?!」
マークの体からブワッと冷気が溢れ出し、薄青い氷の結晶がマークの周りでさらさらと渦を巻いている。
ここまで怒ったマークの姿を見るのは、久しぶりだ。
「番に子が欲しいと、懇願させる雄が何処にいます?! 貴方はレン様に、どれだけ恥をかかせれば気が済むのですかっ?!」
「す・・・すまん」
「で・す・か・ら! 謝る相手が違うでしょう!」
「すまん」
机の前でザワザワと髪を揺らし、仁王立ちのマークにギロリと睨まれた俺は、その眼圧に耐え切れず、天板の木目を数えることにした。
「マ~ク~。ちび助が凍えちまう。少し魔力を押さえてくれや」
「あ? あぁ、そうでした」
間延びしたロロシュの頼みで、若干冷気が弱まった気もするが、マークの怒りはまだまだ収まらないようだ。
そんなマークを横目に、ロロシュはレンが贈ったシーパスのおくるみで、白銀の繭を丁寧にくるみ直している。
その優しい手つきが、余りにも意外だった。
「それで? なぜ寝室から追い出されたのです?」
「それが・・・」
俺はレンが見た夢と、その後の会話の要点をマークに話した。
すると、一旦元に戻りかけた室温が急激に下がり、机の上がピキピキと音を立て、白い霜で覆いつくされてしまった。
「閣下は、選んでもらう側だ、と言う事をお忘れのようですね」
「はぁ? いやでも、もう婚姻も済ませたし」
「だから? 人族であるレン様は、離婚を申し立てる権利をお持ちです」
「り? 離婚っ?! いくら何でもそんな大袈裟な」
「大袈裟? 神の愛し子のレン様が見た夢ならば、大事な意味が含まれている、と考えるのが普通でしょう。レン様ご自身が意味の有るものだとお考えになられ、アウラ神の関与があったと感じているなら、それは神託と変わりがないのでは?」
「しかしだな」
「しかしも案山子もありませんよ。閣下の神殿嫌いは筋金入りですし、アウラ神がレン様を酷使している様子を見ると、私も思う処が無い訳ではありません。しかし、私たちとレン様とでは、神に対する在り様が全く違う。それは閣下もお分かりでしょう?」
「だが、相手はあのカルだぞ?」
「カルだから何だと・・・まさか。閣下、貴方カルに嫉妬して、レン様のお考えや感じている事を、頭から否定したのですか?」
否定した。
俺の番が、他の雄を気に掛けるのが嫌で、腹が立って、否定してしまった。
「・・・信じられない。閣下。私は閣下の事を騎士として、上官として、また先の皇弟としても、現在の皇兄としても尊敬しております。以前はレン様に対する閣下のご様子を見て、番の理想であるとも考えておりました」
「何故、過去形なのだ」
「それは閣下の遣り様が、余りにも身勝手で子供じみて居るからです。ロロシュはこんな雄ですけれど、今の閣下と比べたら、まだマシな気がしてきました」
「はあ? 俺がロロシュより下だと言うのか?」
「番補正を抜きにしても、ロロシュの方がマシですよ」
「そんな訳あるか! 俺の方がマシだろうが!」
小馬鹿にした態度のマークと、いきり立つ俺。
その間に、ロロシュの間延びした声が割って入った。
「お~い、お二人さん。本人が目の前にいるんだぞ~。二人から貶されたら、オレ泣いちゃいそうだなあ~。酷いよなぁ~。なあ? ちび助。お前もそう思うよなぁ~」
気不味そうに視線を泳がせたマークは、コホンっと一つ咳ばらいをした。
「お話に出てきたジャスティンというのは、ミラルダ伯の事でお間違いないですか?」
「ああ、そうだが?」
「・・・今皇都で、ある噂が真しやかに語られているのをご存じですか?」
「噂? どうせくだらない噂だろ?」
「ええ。とても下劣でくだらない噂です」
曰く。
”大公閣下は大罪人の息子を見初められ、側室に迎えるおつもりらしい”
”なんでも、ゴトフリーの王城近くに領地を与えるほど、ご執心なのだとか”
”戴冠したわけでもないのに、気の早い”
”しかし、愛し子様が招来されて3年。いまだに子が出来ぬのであれば、後継ぎは必要であろう?”
”いやはや、あれほど美しい方を手に入れられても、まだ満足されないとは”
”美人は3日で飽きるとも言うしな?”
”大公閣下は、あちらの方も獣並みなのだろう? 愛し子様のようにお小さい方では、お相手も大変だろうからな”
「だそうですよ? そこに子が欲しいと、レン様が懇願された話が広まれば、どうなるか想像できますよね?」
「はあ? なんだその根も葉もない噂は?! 誰がそんな噂を広めたのだ!!」
マークの怒りの原因に、この噂も一役買っていたのだろう 。
だが、俺が愛するのはレン一人。
王になろうが何だろうが、側室など置くはずも無い。
大体俺は獣人だぞ?
番以外と体の関係を持つなど、想像しただけでも吐き気がする。
「問題なのは、閣下のお考えでも、誰が噂を広めたのかでもなく。まあ、噂の火消しついでに、噂を流した連中は、二度と立ち直れないよう、懲らしめはしますけれど。とにかく何故、そんな噂が立ったのか、それが一番の問題です」
「・・・だが、ジャスティンの後見人になれ、と勧めたのはレンなのだぞ? それにアーノルドも反対はしなかった。手続きも滞りなく進んで」
「それがどうかしましたか? 噂好きのおしゃべり雀に真実など、何の意味があると? 陛下がお認めになったからと、何の根回しもせず。性急に事を進めるから、在りもしない噂が立つのです」
「俺はさっさと方を付けて、レンとの蜜月に戻りたかっただけだ!」
「だから、それが何だというのです? マイオールから遠く離れた、この皇都で噂になるくらいなのですよ? 閣下の強引さに、レン様が何も感じなかったとお思いですか? まさかとは思いますが、レン様にやきもちを焼かれて、浮かれて喜んだ。などと言う事は在りませんよね?」
「そ・・・それは・・・」
「有ったのですか。本当に呆れた人だ」
髪を掻き上げながら首を振るマークは、本気でうんざりして見えた。
「レン様は、閣下は子供を欲していないのだ、と考えておいでです。この噂を耳にされたら、どれほど傷つかれることか」
「うぅぅ」
「私は閣下を尊敬しておりますし。子供の頃からの付き合いもあります。ですが、私の剣はレン様に捧げたのです。レン様の名誉を守るのは私の役目。レン様を貶める輩を許すことなどありません。それが閣下であってもです」
「・・・・・・」
「閣下は騎士として、騎士たちを采配する上官としては、右に出るものは居りません。ですが私生活に関して、夫としてはポンコツすぎます」
「ぽ・・・ぽんこつ・・・なのか」
ロロシュよりも?
「まずは、その身勝手な思い込みの激しさと、せっかちな所は直した方がいいでしょうね」
「身勝手・・・せっかち・・・」
ローガン達の説教も堪えたが、マークの説教は、的確に心を抉ってくる。
良かれと思ってやったことが、大問題になってしまった。
俺はどうすれば良いのだ。
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