獣人騎士団長の愛は、重くて甘い

こむぎダック

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千年王国

目覚めと嫉妬

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 side・アレク



 良かった。
 やっと目を覚ましてくれた。
 話したいことが沢山あるんだ。
 それに、謝らなければならないことも。

 レン、レン。
 俺の可愛い人。
 愛しい番。

 君の目覚めを、どれほど願っただろうか。

 君が意識を失っている間、ローガンとセルジュに散々責められた。

 2人の言う事は、どれも正論で。
 俺は何も言い返せなかった。

 言葉にできないほど焦がれているのに、君を前にすると、ケツの青いガキみたいに浮足立ってしまう、唯のぼんくらだ。

 砂糖漬けの菫のように甘やかせる積りが、実際に甘やかされていたのは俺の方だ。

 だから、君の目覚めを待つ間、ローガン達のクドクドと繰り返される説教も黙って聞いた。

 目覚めた君に触れるより先に、診察の邪魔だと言われ、パフォスに部屋から追い出されたことも我慢した。

 それなのに・・・。

「カルが今、どうしているか知ってる?」

 寝覚めの第一声が、他の雄の安否確認とはどういうことだ?

「あ゙?」

 メキッ!

 しまった!
 レンに飲ませる薬湯が入ったカップに罅が。

「ん? どうかした?」

 咄嗟に手で顔を隠したが、今の俺は、獣歯をむき出した、凶悪な顔をしているに違いない。

「・・・いや、なんでもない。それよりカルがどうしたって?」

 何食わぬ顔で取り換えた新しいカップを、レンに差し出した。

 よし。
 レンには気付かれていないな?

「う~ん。それがね」

 かくかくしかじか・・・。

 レンは夢の中で、泣いている子供のカルに出会ったのだそうだ。

 むかっ腹は立つが、心優しいレンが夢の中とはいえ、泣いている子供と出会ったのであれば、目覚めた後も気に掛かるのも、仕方がないだろう。

 そこの処は理解できるし、俺の番は本当に心優しい人だ、と感動はする。が、相手があのカルとなれば、心配してやる気にはなれない。

 共に戦った仲間に対し、冷酷だと言われても構わない。

 そもそも、カルは悠久を生きる希少種の龍で、俺たち獣人の遥か高みを行く生き物なのだ。

 俺がこの先どれだけ修練を積み、死力を尽くしたとしても、カルの鱗一枚はがすことが出来るかどうか。

 そんな相手を心配することの方が、侮辱に当たる気がする。

「カル達に何かあった、という報告は受けていない。クレイオスもこの前会ったときに、カルとアーロンは、あの魔素湖で療養方々、クオン達の教育に勤しんでいる、と言っていただろ?」

「うん。そうなんだけど・・・」

「もう気にするな。夢は夢でしかない」

「でも、あれは夢じゃなかった気がするの」

「んん? 夢でなければ何なのだ?」

「よく分からないけど、アウラ様が関係している気がする。あれは夢じゃなくて、アウラ様に此処じゃない何処かに、連れて行かれたのじゃないか? って感じるの」

「此処じゃない何処か? アウラ神は何と言っているのだ?」

「それが・・・」とレンは眉根を寄せて顔を曇らせた。

「どうしたのだ?」

「最近話しかけても応えてるれなくて。相談したい事もあるんだけどね」

「クレイオスは? 何と言っている?」

「ちょっと大神様に呼ばれてる、みたいなことは言ってたのだけど。ちょっと心配で」

「ふむ?」

 人が神を心配?

 レンは神に一番近い人だが。
 アウラよ。
 それで良いのか?

「そんな顔しないで。アウラ様はヴァラク掛けられた呪いが、全て解けた訳ではないの。それにアウラ様は創世神だけれど、神様って、人々に崇められてこその存在でもあると思うのよ?」

「どういう意味だ?」

「え~と。ゴトフリーに御子を抱いた神像が有ったでしょ?」

「有ったな。神殿だけじゃなく裕福な家は、小さめの神像を一つは持っていたようだし」

「もし、この世界の大多数の人が、あれがアウラ様のお姿だと信じてしまったら? そこにヴァラクの呪いが掛けられていたら、どうなると思う?」

「呪いを解くことはできない?」

「多分ね。ゴトフリー王家を象徴するものとして、回収を急いでもらった理由がそれなの」

「うむ。そんな話をしていたな」

 神を人が呪う・・・か。

 あり得ない、とレンがいなかったら、笑い飛ばしていただろうな。

「呪いでアウラ様の力が弱まれば、世界の均衡が崩れてしまうかもしれないでしょ?」

「世界の均衡? それが崩れると、どうなるのだ?」

「私もよくは分からないけど、天変地異とかが起こるのかも」

「それは、恐ろしいな」

「アウラ様のお話だと、神様は人々の祈りが力の源になるし、祈りから得た力で、世界を安定させたり、より発展させることが出来るのですって」

「逆もまた然りか。なるほどな」

 頷く俺に向けられたレンの瞳は、星が瞬く夜空のように澄んでいたが、どこか意味深だ。

「だから、アウラ様が子供の姿のカルを見せたのなら、何か理由があると思う。あれは唯の夢じゃないと思うの」

「しかし、夢じゃない、と断言も出来んのだろう?」

「それは、そうなんだけど・・・」

「もし。ただの夢じゃなかったとしても、カルに何かあったという報告もないし、クレイオスも何も言ってきていない。レンが心配する要素はないのではないか?」

 意地の悪い言い方だが ”約束の人” などという不穏な単語が発せられているのだ。警戒するに如くはない。

「でも」

「レン。カルは俺たち人間とは違う。龍にとって必要な事であれば、アーロンが対処するだろう。それに夢の中のカルは子供だったかもしれないが、今のカルは大人だ。問題があっても、自分で解決できると思うぞ?」

 あ・・・。
 何故そんな悲しい顔をする?
 俺は間違ったことは言ってないよな?

「アレクは・・・アレクは私が親しい人を心配する必要はないと、考えているの?」

「いや、そんな意味で言ったわけじゃ」

「でも。そう聞こえるわ。たしかにアウラ様は神様だし、カルは龍だけど。あの二人もマークさんと同じ、私の親しい人には違いないのよ?」

「それはそうだが、神代の国には神の決まりがある、と散々言われてきただろ? カルは人の理の外側を生きる生き物だし。大人なんだから、レンが苦労を背負い込む必要はない」

 俺の言葉を受けたレンは、痛みを堪える様に瞼を閉じた。

 俺は、また間違えたのか?

「それを、貴方が言うの?」

「え?」

「アレクも最近は、ジャスティンに掛かりきりだったでしょ?」

「ジャスティン? だがあいつの中身は子供のままで」

「大人になり切れていないというなら、カルだって同じじゃない。アレクがジャスティンを構うのと、私がカルを心配するのと。どう違うの?」

「それは・・・」

 罪悪感を持って居るかどうか、の違いだけだ。

「はあ・・・薬の所為で眠くなってきちゃった。少し眠るから一人にしてくれる?」

 これは拒絶だ。

 俺は今、番に拒絶されたのだ。

「・・・分かった」


 追い出されるように寝室を出た俺は、執務室へと向かい、山積みになった書類をなぎ倒して、机の上に突っ伏すことしか出来なかった。
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