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千年王国
お味は如何?
しおりを挟むそれはそれとして。
「・・・え~っと、なんか柵の中が光って見えるのは、私の気のせい?」
すると、アレクさんと係の人は計ったように顔を見合わせ、二人揃って悪戯っぽい笑みを浮かべました。
私は、何か変な事を言ったのでしょうか?
「皇宮のラシルの木は、特別だからな」
「教えてくれないの?」
「愛し子様、ご覧になればすぐにわかります」
「レン、こっちにおいで」
差し出されたアレクさんの手に手を重ね、ひょいと抱き上げられた私は、マントの中に閉じ込められて、視界を塞がれてしまいました。
「アレク、何も見えないですよ?」
「俺が良いと言うまで、外を見るなよ」
「見ちゃいけない物があるの?」
「いや、そうではなくてだな」
「愛し子様、楽しみは後に取っておいた方が良い、と言うじゃないですか」
「あ・・・そういう事」
サプライズね?
「うん。分かった」
突然のサプライズ。
皇宮のラシルの木は、それほど特別なのかな?
マントに包まれ、外の様子も見えないまま果樹園の中を進み、アレクさんの体温でぽかぽかと温められて、眠くなって来た頃、ようやくアレクさんの歩みが止まりました。
「もう見てもいいぞ」
「・・・・・・うわぁ! すご~い!!」
声を掛けられ、マントから顔を出した目の前に広がっていたのは、この世のものとは思えぬ別世界。
「驚いたか?」
「うん! すっごく綺麗!! キラキラだぁ!」
本の挿絵で見たラシルの木は、林檎の木に似ていて、私の中の果樹園は、子供の頃に葡萄狩りに連れて行ってもらった、葡萄農園のそれだったのです。
でも、皇家の特別な果樹園は、全く違っていました。
始めてみるラシルの木は、家の庭に生えていた杏子の木によく似ています。
けれどそれ以外は、本物の植物なの? と言いたい。
だって、幹の下の方から根にかけた色は白銀。
幹から枝にかけては黄金色。
そして、たわわに実ったラシルの実は、真珠色で桃の形をしています。
柵の外から光って見えたのは、ラシルの木が陽の光を反射していたから。
「本物の蓬莱の玉の枝だぁ!」
「ほうらい?」
首をかしげるアレクさんに、竹取物語の内容を軽く説明すると、「なかなか面白そうな話だな」と興味を持ったようでした。
でも、今はラシルの実の収穫が先決なので、かぐや姫は竹の中で待機です。
「閣下、愛し子様。このあたりの木が頃合いです」
教えてもらった木の傍に立つと、熟した果物の良い香りがしました。
「どれがいい?」
とアレクさんは渡された収穫用の鋏を手に、白玉の実を見上げています。
「ん~~~。あっ! あれなんか良さそう」
一際ふっくらと丸く、つやつやとした実を指さすと、アレクさんは器用に実を摘んで、私が渡された籠に、そっと置いてくれました。
「あと6個だ」
ラシルの実は1週間、毎日1個食べなくちゃいけないのよね?
次はどれにしよう。
2人で「あれは?」 「いや、こっちの方が」とキョロキョロしながら実を選ぶのは、葡萄狩りや梨狩りみたいで、とても楽しかった。
籠に収められた7個目の実は、どれも艶があって香りも最高です。
「手間をかけたな」
「いいえ。閣下と愛し子様のお手伝いが出来たことは、私の人生最大の誉れです。元気な若子が授かりますよう、お祈り申し上げます」
「ありがとう。果樹園の手入れは大変だと思うけれど、これからもお仕事頑張ってくださいね」
「私のような者を労ってくださるとは、私の方こそ感謝申し上げます」
目的を果たした私達は係の人に誘われるまま、別の区画で咲き乱れるラシルの花を観賞してから、果樹園を後にしたのです。
◇◇◇
「これが皇家のラシルの実ですか? 真珠みたいで綺麗です」
「たしかに 綺麗ですが、これ本当に食べられるのでしょうか?」
「ね~。こんなにキラキラしてるものね」
セルジュとローガンさんの3人で、真珠色に輝く果実を観賞する私達に、アレクさんは呆れ顔です。
「それは食べないとだろ? 観賞するために採って来たのではないぞ?」
「まあ、そうなんですけどね?」
そうは言われても、本当に綺麗で、食べるのが勿体ないわ。
だって手のひらサイズの真珠よ?
し・か・も、熟した果実独特の、香しい香り付き。
それにほら。
こうやって陽に翳すと、反射した光が七色にきらきら光って、うっとりしちゃう。
この宝石みたいな果実が、私達に赤ちゃんを運んでくれるかと思うと、愛おしさもひとしおね。
「あっ! 返して?!」
手の平を動かして、じっくり観察していた白玉の実に、アレクさんが手を伸ばし、ひょいと取り上げられてしまいました。そして右手に持ったフルーツナイフで、サクサクと器用に切り分けて。
中の色は桃色なのね。
結構普通で2度びっくり。
「返してあげるから口を開けて」
「あむっ?!」
口を開けろと言われた私は、いつもの癖で、つい反射的にぱくっと、ラシルの実を食べてしまいました。
む? むむむ・・・・。
しゃくしゃくとした梨のような食感と、口の中いっぱいに広がる、ほんのりと酸味を含んだ甘い果汁。香りと味は桃に近いけれど、桃とは少し違う。
これは・・・梨の食感と・・・そう! ネクタリン! ネクタリンの味がする。
「お味は如何ですか?」
「ん~~~! おいひ~~!」
「そうか? よかったな。もっと食べなさい」
ニッコリほほ笑んだアレクさんは、流れる様な仕草で、切り分けたラシルの実を私の口に運び、あっという間に丸々一個を完食です。
「ふぁぁ~。美味しかったぁ。お腹ポンポン」
食った食った。
余は満足じゃ。
「何か変わった感じはあるか?」
「ん~~?」
そういわれても、特に異常はないと思うけど・・・。
あれ?
なんかちょっと・・・。
「少し・・・下腹がポカポカしてる気が・・・」
「問題なく効果が出ているようですね」
「うむ」
「今食べたばっかりよ? しかも一個目。こんなに早く効果が出るものなの?」
「個人差はあるだろうが、皇宮のラシルは一級品だしな」
「そうですね。街木とは比べ物になりません」
「そんなに違うの?」
「見た目から違うと言っただろ? 平民たちが利用する街木は、アッポの木に似ている、ごく普通の木だ」
「ふ~ん。・・・今平民の、って言った?」
「言ったが? あぁ、レンは知らなかったのか?」
「う・・・うん」
興味の無いことは、大体斜め読みなもんで、申し訳ない。
「ラシルの木は、皇宮と各領地の領主が管理をしている、と教えただろ?」
「うん」
「皇都に関しては、全て皇宮で管理していてな。皇家のラシルは皇内庁が、皇都の街木は、貴族運営庁と行政部の3課が管理している。公爵から伯爵までが貴族運営庁が管理している街木を、男爵以下の貴族と平民は、行政部が管理している街木を使う事になっている。これは各領でも同じ様な形がとられていいて、領主用の街木は、領民とは別に管理されている」
「それは揉め事が無いように分けているの?」
「それもあるが、妊娠率の高さも関係してくる」
「ん?」
「良質なラシルの実の方が、妊娠率が高い。皇族、王族、貴族。これらは後継ぎが必須だろ?」
「まあ、そうね」
「それに貴族は概ね魔力値が高い者が多いが、平民は生活魔法を使うのが、やっとの者の方が大多数を占める」
「んん?」
「要は、同じラシルと言っても、厳密には種類と言うか、用途が違うという事だ」
「動物が食べるラムートの実みたいに?」
「ん~~。それとは少し違うな。皇家や貴族が利用するラシルは、親が保持している高い魔力に反応し、それを受け継がせることが出来るが、平民が利用する街木は、少ない魔力でも妊娠できる様になっているのだ」
「じゃあ。平民が貴族用のラシルの実を食べたらどうなるの?」
「逆に魔力を吸われ魔力切れを起こし、酷い場合は魔力欠乏症を起こして、死に至る場合もある」
「怖っ!!」
「怖いよな? 子を授かれるかどうかは、互いの魔力の相性次第なのだが、平民は魔力が少ない分、魔力の相性はさほど問題にならない」
「魔力が強くなるほど、相性が良くないと子供が出来難いのね?」
「その通り。だから高位貴族や皇族は、正室との間に子が出来ぬ場合、側室や愛妾を持つ事も多くなる。だが相手の身分が低くかったり魔力値が低いと、平民用のラシルを使わねばならん」
「魔力欠乏症は怖いものね?」
「それが、庶子が見下される原因にもなるのだ」
「ああ・・・」
本妻の子じゃない上に、魔力値の低さで差別されるんだ。
なんか理不尽。
魔力が弱くたって、他に才能があるかもしれないのに。
貴族の特権意識って、ほんと、くだらなくて、好きになれないわ。
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