氷の華を溶かしたら

こむぎダック

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氷の華を溶かしたら

130話

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 オセニア王国は建国から現在に至るまで、紆余曲折を乗り越えてきた国だが、おおらかな国民性も有り、王宮内で王族が暴漢に襲われるなどという不名誉な事態は、有史以来初の大事件だった。

 サイラスがキャニスに話した通り、王宮での揉め事と言えば、若い男女による痴話喧嘩程度。

 刃傷沙汰など起こった試しが無かったのだ。

 リリアナが起こした襲撃事件は、王国中の耳目を集めた。

 そして証人として、常に噂の中心に居るキャニスと、王太子までもが証言台に立つことが発表された。

 すると裁判そっちのけで、世紀のカップルを一目見ようと、裁判当日の裁判所前は、傍聴を希望する貴族だけでなく、平民の野次馬までもが溢れかえり、急遽警邏隊が増員され、野次馬たちを追い散らそうと躍起になった。

 そして裁判が行われる、法廷内はあっという間に傍聴席が埋まり、立ち見が出るほどの盛況ぶりだった。

「他人の不幸は蜜の味」とは古くから言われることだが、傍聴者希望者達の興奮でギラギラと光る目や、他人の不幸に舌なめずりをして見せる姿は、キャニスの辛い過去の記憶を呼び戻させた。

 捏造された証拠を並べられ、誰一人として信じてくれるものもなく、ナリウスが犯した罪の全てを擦り付けられた。

 容赦なく浴びせられる罵倒と嘲笑。
 湿っぽくカビ臭い、石牢の冷たい床。
 投げつけられた石が与える痛みと、汚物の悪臭。

 燃え盛る炎と激痛。

 そして、炎に焼かれ絶叫するキャニスを嘲笑う、冷酷なナリウスの顔。

 スライド写真の様に、次々に浮かんでは消えて行く過去の記憶に、キャニスは堪え切れず、ワナワナと震えながら控室の窓枠に縋りついた。

「大丈夫だ、俺がついている」

「で・・・んか・・」

 過呼吸を起こし掛けたキャニスを、シェルビーは優しく抱き締め「大丈夫」「心配はいらない」と繰り返し、大きな手のひらで愛しい人の肩を撫で、青ざめて震えるキャニスの頬と言わず額や、瞼。そして唇にキャニスが落ち着くまで、柔らかなキスを何度も贈り続けた。

 ・・・・・・

 狩り場の興奮をそのままに、開廷した裁判で罪状を読み上げられ、その正否を問われたリリアナは、俯き黙したままだった。

 キャニスの前世の中には、黙秘権が認められている世界も有ったが、オセニアの法廷では黙秘は認められていない。

 司法官と伯爵から弁護を頼まれた代理人までもが、リリアナを宥めすかし、時には声を荒らげて見せたが、リリアナは一切口を開こうとしなかった。

「まるで駄々をこねた子供ではないか」

 という呆れ声にも反応しないリリアナに、裁判官たちは根負けし、「反論がないのであれば、罪を認めたものと判断する」宣言したのだった。

 その後はリリアナの異変に気付いた近衛兵の証言から始まり。報告を受け、リリアナの捜索に携わった師団長の証言へと続いた。

 次はサイラスを初めとする、現場に居合わせた護衛騎士達の証言へ移り、サイラス達護衛騎士の証言では、キャニスとパトリックが展開した魔法が、リリアナが投擲した薬品を弾き返した事。

 この薬品は大理石を溶かすほど凶悪なものであり、キャニスの靴も一部溶けてしまったが、キャニスの的確な判断で、大事に至らなかったこと。また王太子には雫一滴届くことはなく、キャニスは身を呈して王太子を守り抜いたのだ。と多少大袈裟に感動して見せたサイラスの証言は、傍聴席から感嘆の吐息を引き出していた。

 これらの証言を、被告人席に座らされたリリアナは、可憐なドレスの代わりに、罪人の仕着せを身に纏わされ、始終俯いたまま黙って聞いていた。

 それを神妙な態度と取るか、反省の色がない不貞腐れた態度と取るかは、裁判官達の胸三寸だろう。

 昼近くになり裁判長が休廷を告げると、リリアナは衛士に引きずられるように留置所へ連れて行かれた。

 証人席に座っていた伯爵夫妻は、眼の前を通り過ぎようとする娘に、手を伸ばしたが、リリアナはその手を振り払った。

「なんて親不孝な」

 と非難の声が上がったが、この拒絶こそが伯爵家の親子関係の全てを物語っているのだろうとキャニスは感じたのだった。

 短い休憩の間、控え室にはパトリックとベラが用意した軽食が並べられたが、キャニスは食欲がないらしく、チーズとパンを少しかじっただけ。

 心配したベラはもっと食べて欲しいと懇願したが、「いっぱい食べたら吐きそう」と断られてしまった。

 しょんぼりするベラを見たサイラスが、残っていた軽食を全て平らげてみせたが「少しは遠慮したらどうですか?」とベラに小言を言われる始末だ。

 サイラスなりの気遣いだったが、どうもベラの好みではなかったらしい。

 面白くなさそうに満腹の腹を擦るサイラスは、まるで物慣れない少年のようで、面白いものを見た。とシェルビーは1人ほくそ笑んだのだった。

 午後に再開された法廷はヒューゴ伯夫妻の証言から始まった。

 順番に証言台に立った夫妻は、娘のリリアナは内向的な性格で、優しい娘だ。王族に危害を加えるなど大それた行動が出来るような娘ではないのだと、二人は口を揃え涙ながらに訴えた。

「確かにリリアナ嬢は、大人しい令嬢だったな」

「居るか居ないかも、分からないくらいでしたわよね?」

 と普段のリリアナを知る傍聴者は、ヒソヒソと囁きあった。

 同情的な声に勇気を貰った夫妻は、王太子に対する、恋慕の情を募らせた故の犯行だったのだろう。傷心の娘を気遣ってやれなかった、自分たちの責任だ。とそれぞれが泣き崩れた。

 傍聴者からは、娘を思う親心に同情を寄せる向きも有ったが、伯爵夫妻がどちらも愛人を囲っていることは有名だった。自分たちの欲を優先し、娘を放置したことが原因だろう、と冷ややかな目を向ける者も多かった。

 そして、今日の注目の的。

 キャニスが証言する番が回って来た。

 前世の記憶に苦しめられ、パニックを起こしかけたばかりのキャニスの頬は、色を失い真っ白になっている。

「今からでも止めて良いんだぞ?」

 心配はいらない。と重ねられた無骨な手の甲を軽く叩き、キャニスは凛とした姿勢で証言台へ立ったのだ。


 
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