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氷の華を溶かしたら
148話
しおりを挟む「こちらの不手際で迷惑を掛けた。近衛と警備兵が向かったはずなのだが、途中で出会わなかったか?」
オセニア一行が大門をくぐってからも近衛の団長が向かわせたと言っていた近衛と警備兵の姿は見えない。
今も沿道の整理をしているのかと、二人に聞いてみたウォルターだったが、この質問が更に恥を晒す事になるとは思ってもみなかった。
「さあ、皇都の入口に来ていた5人以外は見ていませんが」
とシェルビーに目を向けられたキャニスも頷き返している。
「そんな筈は・・・」
近衛の団長が嘘の報告をしたのか?
そもそも最初の5人は何処にいる?
「シェルビー殿下。横道からこちらを見ていた騎士が居りました。もしかして、あれがそうだったのでは?」
「ああ~確かに居たな。しかし何もしないで此方を眺めていただけだから、招待された他国の護衛騎士だったのかも知れないぞ?」
「成る程、そうかも知れませんね」
頷きあう二人だったが、ウォルターの方は羞恥で生きた心地がしない。
「・・・何処かで行き違いになったのかも知れないな。それと出迎えの5人の姿が見えないようだが、逸れてしまったのか?」
「最初の5人は役に立たず、邪魔だったので置いてきました」
「役に立たなかった?」
「沿道の人々を怒鳴りつけるばかりでしたので」
キャニスに淡々と答えられたウォルターは、この場で穴を掘って飛び込みたい気分だ。
「ウォルター殿下、わざわざ出迎えて頂いたことには感謝いたします。ですがキャニスと護衛達はこの騒ぎで魔力を消耗しており、直ぐに休ませてやりたいのですが」
知らぬ間に自分の背を追い越したシェルビーに見下ろされたウォルターは、見上げた頸の痛みと、さらなる不手際に目眩を感じた。
私は此処まで気の利かない男だったのか。
陛下が直々に招待された貴賓に対し ”丁重に” と言われ、接待役を仰せつかりったのに不調法が過ぎる。
「これは申し訳ない。お二方には陛下が離宮を用意されている。直ぐに案内しよう」
「離宮ですか。少なくとも陛下は歓迎してくださっているようで安心しました」
小国の王太子が帝国の皇太子となるウォルターへ向けるには不遜で嫌味な態度だったが、自分達の不手際を思えば致し方なし、とウォルターは奥歯を噛み締めるしかなかった。
兎にも角にも、まずは離宮へ移動しようと言う話になった。
本来の予定では、シェルビーとキャニスは一旦皇城内へ案内し、歓待のための茶会を開く予定だった。
しかし、相手に休みたいと言われれば、無駄に疲れさせた側のウォルターが無理強いする事はできなかった。
皇城の入口から離宮までは、馬で半刻ほど掛かる。
ウォルターの立てた接待計画では皇城で茶菓を楽しんだ後、皇帝自慢の庭園を案内しながら、ゆるゆると離宮へ向かうはずだった。
その間にシェルビーとキャニスの人となりを観察し、交流を深めるつもりが近衛団長の反発で、計画は台無し。
イングリットの影響力がこれほど根強く残っているとは・・・。
第一皇女は残酷な性格をしていたが、自分に阿る者には惜しみなく財貨を与えるという、良くも悪くも男じみた性格の女だった。
そして他人を虐げることに喜びを感じる、異常者ではあったが、付き合い方さえ違えなければ、見返りの大きい相手でもあったのだ。
もっとも彼女に気に入られた人間が、有能であったかは疑問ではある。その証拠にシェルビー達を辱めようとした近衛の団長は、有能とは言い難く、イングリットから利益を得ていたことは想像に固くない。
後ろ盾もなくあんな馬鹿なことをして、後先考えないところは皇女とそっくりだ。何処が良いのか知らないけど、そんなに皇女の事が好きなら、仲良く地獄めぐりをすればいいさ。
私が立太子するための一番の功労者が誰であるか、それを知る者は少ない。
だからこそ、この二人には最上級の持て成しをしたいと考えていた。それなのに初っ端から躓いてしまった。
しかし彼らは到着したばかり、私の立太子の祝祭は10日間に渡って行われるから、その間に挽回の余地はいくらでもある。
要は二人が帰国する時に、楽しかったと言わせることができれば私の勝ちだ。
拳を握り決意を新たにしたウォルターは、意気揚々とオセニア一行を離宮へと先導した。
晩暑になっても夏空が広がる皇城は、ジリジリと焼け付くような日差しが降り注ぎ、馬車道を行く一行も、うんざりする暑さに言葉数も少なくなっていた。
半刻近く馬に揺られやっとたどり着いた離宮は、皇城の敷地内に立つ離宮の中で、一番の格式を持つエリザベート宮だった。
エリザベート宮は、他の離宮に比べ、敷地や建物は広くはないが、五代前の皇后エリザベートが皇太后となった後、余生を送った離宮であり、エリザベートは病弱な皇帝を支え、内政と外交に大きな功績を残した賢夫人として有名な女性だった。
皇帝が自分達の宿泊先にエリザベート宮を用意したと知ったシェルビーが「本当に良いのか?」と念押しをしたことでも、その格式の高さが分かるというものだ。
華美過ぎず、かと言って地味でもなく。落ち着いた風格の漂う内装が心地良と感じられる離宮に入り、照り付ける太陽から漸く逃れることが出来た一行は、ホッと安堵の息を吐いた。
そこでウォルターは、本日二度目の驚きに目を見張ることになった。
離宮の中に入ったシェルビーが、繊細な花を扱うような手つきで、キャニスのベールを外してやるのを目にしたのだ。
日除けのベール越しでも、キャニスの美貌は天上人のようだと感じていたが、ベールを外したキャニスは、ウォルターが知る誰よりも美しく、後光が差したように光り輝いて見えた。
「でっでは、宮の中を一通り案内しよう」
ゴクリと喉を鳴らし、声を絞り出したウォルターにお供の侯爵と伯爵達は、やはりこうなったか、と諦めに近い溜め息を漏らした。
「気遣いに感謝する。だが今のところは主だったところだけで構わない、早くキャニスを休ませてやりたいので」
「私に気遣いは無用です」
「でもな」とシェルビーはキャニスへ顔を寄せ「ベラがイライラしている。放っておいたら暴れ出すかも知れないぞ?」とヒソヒソと囁いている。
ウォルターに二人の話し声は聞こえてこないが、二人の距離の近さと、キャニスの艷やかな白金の髪に絡められたシェルビーの指に、何故か鼓動が早くなり、背中をなにか嫌なものが、ざわざわと這い上ってくる気がした。
「ベラ? マリーとジューンを連れて先に厨房を確認してきて。確認が終わったら、荷解きは後でいいから、私が呼ぶまで休憩していて」
「でも坊っちゃん」
「疲れた顔でお世話されても嬉しくないよ」
「・・・畏まりました」
頭を下げ静かに下がっていく三人を、ウォルターは訝しげに見送った。
「お待たせして申し訳ありません」
「いや、気にするな。それよりあの三人は女騎士ではないのか?」
「彼女達は私の侍女です」
「侍女? その割に騎士姿が様になっているな?」
「私の侍女と侍従は、護衛も兼ねておりますので」
「護衛? あんな小さくて可愛い子が?」
「第二皇子殿下。人を見かけで判断してはいけません。カラロウカの騎士は一騎当千の強者ばかりですが、私の侍女と侍従たちは、カラロウカの騎士に引けを取りません」
「へぇ、そうなんだ」
カラロウカ公爵は長男よりも次子を溺愛している、と聞いていたが。戦闘メイドをつけるほどとは思わなかったな。
戦闘メイドより、今隣で私を睨んでいる男のほうがよっぽど怖いけどね。
あの無愛想な子供が、美貌の婚約者に骨抜きされたと言う噂は事実らしい。
こうやって宮の中を案内する間も、シェルビーの腕はキャニスの腰に回したままだ。あんなにくっついて暑くないのかな?
まあ、こんな人間離れした美貌と頭脳。それにあれ程の強力な魔力を持った相手なんて、他にいないもんな。
だから誰彼構わず牽制したくなる気持ちは理解出来る。
だけど羨ましいな・・・。
って羨ましい?
この私が?
他人の婚約者相手に何考えてるんだか。
私も暑さで頭が可怪しくなったみたいだ。
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