囚われし創造主の遊び

白黒yu-ki

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第1章 始まりの創造主

#8 創造主と第三王子

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窓から入り込む朝日を浴びて、ボクは目を開ける。周囲が記憶にある宿の一室であることを確認し、安堵した。

スキルポイントを使い切っての強制休眠を経験し過ぎて、目覚めに軽いトラウマを抱えてしまっているようだ。

この星で出逢ったリア達との関係も、創造主人生において閃光のように僅かな時間に過ぎない。ゲームクリアは目指しているが、条件が分からない現状としてはこの世界で終えれるとは思えず、恐らくこの先もゲームは続いていくのだろう。

ほんの僅かな憩いの時間でも良い。
せめて…この世界で出逢った人達が良き人生を送れるよう助ける事が出来れば幸いだ。

ボクは起き上がり、身支度を整える。
部屋を出て階段を降りる途中、良い匂いが鼻腔を刺激した。朝食の支度をしているのだろう。

厨房を覗くと宿屋の女将さんとリアがサラダを盛り付けていた。良い匂いの正体は出来立てのパンのようだ。

「おはよう」

「あ、ミズキ様、おはようございます」

ボクが声をかけるとリアは驚いて顔を上げる。

「何でリアが朝食の支度をしてるんだ?」

自分たちは客であるし、それを手伝う義務はない。しかしリアは「私からお願いしたんです」と答えた。それに女将が続く。

「あんたがミズキさんかい? リアちゃんから話は聞いてるよ。リアちゃんが『ミズキ様に美味しい食事を作ってあげたい』って言ってたからね。私特製のレシピを伝授してるとこなのさ」

女将がリアのモノマネよろしく説明してくれた。リアは顔を両手で覆っているが、恥ずかしがって顔を紅潮させているのが見てとれた。

「ありがとう、リア。朝食楽しみにしてるよ」

ボクがそう伝えると、リアは頬を染めたまま「はいっ」と満面の笑みで答えた。


◆◇◆◇

朝食を済ませ、ボクは適当な依頼を探しに冒険者ギルドに来ていた。掲示板にはたくさんの依頼書が貼られているが、未だに文字が読めないので掲示板前で立ち尽くしている。

「早く文字を覚えないとな…」

冒険者ギルドから教材を購入したが、流石に数日ではマスターできない。教材の文字と依頼書の文字を照らし合わせながら何となく意味を理解する。

「えっと…家の中でできる…子ども向けの…遊び…教えて…下さい…難易度…G…報酬…銀貨2枚……か?」

文字は所謂英語の筆記体のように記されており、文字初心者の自分にはとても難解だった。しかし意味は合っているはずだ。それにしても子どもの遊びか…。

ボクは千里眼で街の様子を探る。街の子ども達は外で走り回ったり、家の中で本を読んだりして過ごしていた。つまりは娯楽が少ないのだ。

「家の中でできる遊びか…。テレビゲームは流石に無理だが、ボードゲームやカードゲームならいけるか?」

そんな事を考えていると、冒険者ギルドの入り口がざわつき始めた。そちらに視線を移すと、高価そうな鎧を着込んだ金髪の青年とローブを羽織った蒼髪の女性、そして筋骨隆々な細目の男が周りの冒険者達の注目を浴びながら入ってきていた。

周りの冒険者たちの反応からするに、有名人だろうか。確かに佇まいは自分のような新人冒険者とは雲泥の差だ。

まぁそんな事より、この依頼を受けるとしよう。ボクは掲示板に貼られていたその依頼書を剥がし、受付のフェリスの元へ持って行った。しかしフェリスも先程の冒険者に目を奪われているようだ。

「フェリス? 依頼受注の手続き頼めるか?」

「え、あ、ミズキさん、ごめんなさい。私、ボーッとしてましたね」

「あの冒険者見てたけど、あの3人ってそんなに有名人なのか? 高ランクの冒険者とか?」

「ミズキさん、知らないんですか!? いや、そんなはずないですよね。私をからかおうったって、そうはいきませんよ」

フェリスは苦笑してそう言うが、知らないものは知らないのだ。改めてその冒険者を見定める。そこで金髪青年の腰に、自分が打った鋼の剣が携えられているのに気付いた。あの青年に売った覚えはないので、客の中の誰かから渡ったのだろう。

金髪青年達はカツカツと真っ直ぐ受付にやって来た。

「失礼、この鋼の剣とやらを打った刀匠に会いたい。どこに居られるか情報を募りたいのだが、依頼を頼めるだろうか?」

「あ、あの…それには及ばないかと…」

「ん? もしや刀匠の居場所をご存知か?」

「はい、あの…ここに…」

フェリスはそう言ってボクの顔を窺う。金髪青年はボクと視線を合わせ、腰にぶら下げていた鋼の剣を抜く。

「…本当にキミがこの剣を打ったのか?」

この問いに、どう答えるのが正解なのだろうか。「この剣いいね!」と感想を述べる為だけに、わざわざここまでやって来るという事はないだろう。目の前の青年の思惑を探りながら言葉を選ぶ。

「…確かにそれはボクが打った剣だな。鉄剣を試行錯誤して改良したんだ。それがどうかしたか?」

ボクは呆れた態度でそう答える。それと同時にフェリスや周りの冒険者たちがざわつき始めた。

「やめろ!」

青年が叫ぶ。
一瞬の出来事だった。蒼髪の女性がボクの懐に入り、短剣を喉元に当てていたのだ。

「しかしクリス様、この者、クリス様に対し無礼な態度を…!」

「前から言っているだろう、サラサ。私は王子であると同時に冒険者でもあるのだ。彼とは謂わば対等な立場なのだ。分かったら剣を引け」

「………了解しました」

女性は短剣を懐に戻し、こちらをひと睨みしてクリスと呼ばれた青年の後ろに戻って行った。そこでクリスが話を戻す。

「連れが失礼した。実は昨夜、旅の商人からこの剣を売って頂いたのだが、とても素晴らしい。そこでキミにこの剣の量産を頼みたいのだ。勿論、材料もこちらで用意するし、報酬も存分に出すつもりだ」

ボクはクリスの話を聞いて考え込む。確かにこの世界の技術向上の事を考えると美味しい話だ。しかし王子であるクリスの話に乗るという事は、国に自分の存在をアピールする事になる。

だが国家というものは異端な存在に対してどこまでも残酷にもなる。イエス・キリスト然り、過去の創造世界での生命体も、そうして他者を滅ぼしてきた例もあるのだ。

ボクは呪いにも近しい創造主のルールから、死ぬ事はない。だが周りの人間はそうはいかない。国家に近づけばそれだけ危険も増す。そういう訳で、単純な技術提供が無難だろう。

「ボクはまだ剣を打ち始めたばかりの初心者であるし、何かに束縛されるような生き方は好まない。結論として、鋼の剣の作り方は教えるから後はそちらで量産してくれ…っていうのはダメか?」

妥協案の落とし所をクリスに伝える。この態度も宜しくなかったようで、後ろのサラサ嬢の刺すような殺気が増した。だが当のクリスはサラサとは対照的に穏やかだ。

「…それでも構わない。それにしてもキミは変わっているな。私は帝国お抱えの刀匠としてスカウトしているつもりなのだが、地位や名誉も求めないという事か」

「…地位や名誉、ね。確かにそれらは生活を豊かにするファクターであるかもしれない。だが逆に、行動を狭める檻にもなりかねない。今は自由の身でいたいのさ」

「…キミは檻という表現をしたが、私にとってそれは義務と責任だ。だがその生き方も羨ましく思うよ」

クリスは苦笑し、身を翻す。

「ギルド長に挨拶へ伺う。また今度話をしよう。私の名はクリスウォルト・シアンダイトだ。キミの名を教えてもらえないだろうか」

「…ミズキ・アマミだ」

ボクの名を聞き、クリスはニコリと微笑み、ギルド長がいる二階に上がっていった。姿が見えなくなり、フェリスは大きなため息をつく。

「ぷはぁーっ! 寿命が縮まるかと思いましたよ! 王族相手にあの態度…ミズキさんの神経はたいしたものですよ」

「ありがとう」

「褒めてないです、呆れてるんですよ!」

フェリスの呆れ顔だが、ボクは姿の見えなくなった彼らが向かった先を見つめていた。千里眼の視界にはギルド長のブリットと話をしている彼らの姿が見えた。

千里眼だけでは離れた景色を映し出す事は出来ても会話を聞き取る事は出来ない。ボクは別のスキルを使う事にした。

『順風耳』

千里眼が千里先を見通せる力であるなら、こちらは世の全てを聴く能力だ。




「ブリット殿、ミズキという男の素性はご存知ありませんか?」

クリスは目の前のブリットにそう訊ねていた。早速身辺調査か。

「…俺もあいつの詳しい素性は聞いちゃいない。だが悪人ではない。それで良いではないか」

「…それでは、先に本題に入りましょう。ブリット殿、第一王子のガリアンをどう思われますか?」

「…おれが帝国にいた時と変わらなければ、選民思想で平民以下は労働力としか見てない奴だったな。各地の領主とも癒着が酷いという話も聞いた」

「今はもっと酷くなっています。その為、民の評価は低くなっており、次期国王の座も危ぶまれている状況です。第二王子のサイリス兄さんは生まれつき病弱であり、私が一番国王の座に近いと言われています。しかしガリアン兄さんがそれに納得せず、私の暗殺を企てている事が分かったのです」

クリスの告げた内容は国を揺るがす大事件だ。そこまでの話を聞き、ブリットはクリスが言わんとしている事を理解したようだ。

「…で、お前の近衛兵にミズキの打った剣で武装させようって魂胆か」

「彼がガリアンの手の者でなければ、です」




その会話を聞き、ボクは状況を把握した。この話が真実であるなら、そのガリアンという王子が国王になる事は国民の生活に悪影響を与えるということだ。そういった事情なら協力する事にやぶさかではないが、果たしてどう動くべきか…。
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