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第1章 始まりの創造主
#11 創造主とバウムの館
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家の購入を検討する事になり、リア達も引き連れ、ボクは住宅屋に出向いていた。この世界にも住宅ローンというシステムは存在するらしく、ある程度の頭金があれば夢の一戸建てを購入する事も可能だ。
「…リア、どう思う?」
「えっと…」
ボクの質問にリアは答えを濁した。リュアラは比較的大きな街だが、空いている土地は墓場前や夜に開店するその手の通りしか残っていなかったのだ。リュアラの街の囲いの外に作るという手もあるが、その場合は囲いを取り壊して新たに広げる為、料金も割増になるそうだ。
ボク達は住宅屋を後にして街を散策する。辺りを見渡すとそこかしこにリバーシで遊ぶ人達の姿が見られた。
「ミズキ様の考えたリバーシ、凄いですね。こんな直ぐに浸透するなんて…」
リアはそう言ってくれるが、本来は地球でのゲームをそのまま再現したに過ぎない。リバーシの歴史は浅く、1970年代に誕生したと記憶している。にも関わらず誰でも知るゲームとなったのは、やはり簡単なルールと無数の打ち筋による奥深い戦略ゲームであったからだろう。
「あ、フェリスお姉ちゃんだ!」
途中でシアがフェリスの姿を見つけ、指差して叫んだ。ボクもそちらに視線を移すと、何やら慌てた様子で辺りをキョロキョロと見渡していた。向こうもこちらに気付いたらしく、胸を撫で下ろしたように表情を明るくする。
「良かった、皆さんがこちらに向かったとお聞きしたもので…」
フェリスは駆け寄ってきてそう言った。
「なんだ、ボクらを探しに来たのか?」
「ええ、ブリット様がミズキ様に至急伝えて欲しい事があると…。ご存知だとは思いますがこの街を治める貴族、バウム・クーヘン様が…どうやらミズキ様を探しておられるようなのです」
なんだ、その美味しそうな名前は。
だが貴族が自分に何の用だろうか。そんなボクの疑問を察したのか、フェリスは話を続けた。
「実は…バウム様がリバーシを大層お気に召したそうで、その件ではないかとブリット様は仰っていました。でもブリット様…『バウム子爵には気をつけろ』なんて…どういう意味かしら」
「さぁな。だがわざわざ知らせてくれて感謝する」
ボクはフェリスに礼を言う。
フェリスにはそう伝えたが、ブリットの忠言の真意は分からなくもない。大方、魔力値の事だろう。クリス達には自分の失態で知られてしまったが、これ以上余計なトラブルを引き起こさぬ為にもそれを知る人数は増やさぬ方が賢明だ。
「ミズキ、囲まれてるで」
ボクの胸ポケットに潜んでいたダイアが小声でそう告げる。言われて周囲を見渡すが、それらしい影はない。
「…狙いはボクか?」
「ちょっと待ってな。探ってくる」
ダイアは胸ポケットからピョンと飛び降り、大地に潜る。それは飛び込みの選手がプールに着水するのに似ていた。成る程、以前ダイアが言っていた『大地はウチにとって水中みたいなもん』とはこういう事だったか。
その間、ボクはこちらの異変を気付かせないように何も知らないフェリスやリア達を連れて冒険者ギルドへの通りに向かう。そこであれば安全のはずだ。
「フェリス、リア達に文字の勉強を教えてやってもらえないか? 確か銀貨5枚で1時間…だったか?」
「そうですね。でももうじき私は休憩時間になるので、その時間でしたら代金はいりません。『お客様』ではなく『友人』として教えてあげますよ!」
「フェリスさん、ありがとうございます!」
フェリスの気配りに、リアはとても喜んだ。リア達の交友関係が広がるのは自分としても嬉しい。ここはフェリスに甘える事にしよう。
「さて、ボクは街の外で魔法の練習でもしてくるとしよう」
リア達が冒険者ギルドに向かう為、ボクから離れていく。そこで大地からダイアが飛び出し、ボクの掌の上に乗った。
「どうだった?」
「やっぱりミズキ狙いやな。見たところ、皆結構強そうやったで。冒険者ギルドに出入りしてる冒険者と比較すると、こちらの方が明らかに上やった」
魔力で感覚を強化する事も可能だが、未だコントロールが稚拙な自分ではこんな街中での使用は出来ない。素の自分ではその存在に気付けない程、気配を消すのに長けた者たちということか。笑えないな。
「ミズキ、来たで。気を付けてな」
ダイアはそう伝え、胸ポケットに入り込んだ。それと同じくして、ボクの後ろから杖をついた老人がこちらに向かって歩いていた。
まさかあの老人が?
老人はボクの隣まで歩を進めると、ニヤリと笑った。
「お主がミズキ・アマミじゃな? 我らが主人がお主との面会を所望じゃ。このまま街の外までついて来てもらうぞ」
どうやらビンゴのようだ。誰の目にもひ弱そうな老人に映る。だが真実はそこらの冒険者よりも実力は上という話だ。人は見た目で判断するなという良い見本のようだ。
「…断ると言ったら?」
「それは賢明とは言えんな。初めからその選択肢は無いんじゃよ。バウム・クーヘンの館への案内人と言えば納得するかの?」
ふむ、目的不明の集団と思っていたが、お菓子様の手の者だったか。貴族の配下であればそのレベルもある程度納得できる。
「…茶菓子は出るのだろか」
「貴族の名を聞いてそんな妄言紛いの戯言を…ヒヒッ、お主大したタマじゃの」
先導する老人に追従する。ちらりと横目で確認すると、他にも何名かこちらに向かって歩いている。皆一様にボクの一挙手一投足に気を配っている事から、彼らもバウムの手の者なのだろう。
街の外に出ると幾つかの馬車が停められていた。老人に言われるまま馬車に乗り、馬車は走り出す。ボクが途中で逃げれないようにする為なのか、後続の馬車は扇状に広がっていた。
バウム・クーヘン…。
未だお菓子のイメージしか抱けない貴族を想像し、ボクは馬車の向かう先を見つめた。
リュアラの街から馬車で1時間程走ると、大きな館が見えてきた。そこがどうやらバウム某の館のようだ。馬車のまま門を通り、正面に見える館の巨大な玄関口まで走り、そこでようやく馬車は止まる。
「お降りなされ」
老人に促され、ボクは馬車を降りる。それ程歓迎はされていないのか、それとも平民相手にそこまでしてやる義理はないのか、館に入って大仰な出迎えはなかった。
案内係が老人から目つきの鋭いメイドに変わる。メイドは「どうぞ、こちらへ」とだけ告げ、前を歩く。
長い廊下を進む途中、高価そうな調度品の数々が並んでいた。この世界にも『絵』はあるらしく、風景画や美しい女性の裸婦画が描かれた美術品といってもよい絵も飾られている。
絵が文化として発展しているのなら、漫画もそのうち誕生するのだろうか。そしてその先はアニメに進化を…と考え事をしている間にメイドは足を止めていた。どうやら目の前の部屋に主人がいるようだ。
「ご主人様、例の者をお連れしました」
メイドは戸をノックし、そう伝える。そして小さく「入れ」という声が届いた。メイドは身を翻し、「どうぞ」と小さく頭を下げて離れる。ボクは警戒心を抱きながらもゆっくりと戸を開け入った。
広い部屋に高級そうな絨毯。
部屋の奥に位置する場所にその男は立っていた。
「やぁ、キミがミズキという冒険者か」
この世界では珍しい黒髪に凛とした佇まい。そして自分には少量過ぎて分からないが、魔力を放っているのか彼の周囲の空間が歪んで見える。緑に輝く瞳がじっとこちらを見つめていた…。
◆◇◆◇
「バウムがミズキを?」
ギルド長の執務室でクリスが怪訝そうに訊ねる。それにブリットは肯いた。
「ああ。バウム子爵…この街を統治する貴族ではあるが、その実、ただの徴税対象としか考えていない。街の発展に興味もなければ、リュアラ周囲に大量の魔物が現れた時も助けに動く事もなかった」
ブリットは「まぁ、当時の腕利き冒険者達で解決したが…」と余談を加えるが、そんなバウムが今動く理由が分からなかった。
バウム・クーヘン。
第一王子、ガリアン派の貴族であり、自身の生まれを己の実力と勘違いしたプライドだけは高い貴族でもある。クリスの最も嫌いなタイプだ。
「王宮で行われた兄ガリアンの誕生パーティーで見かけた事はある。兄に気に入られようと躍起になっていた肥満体型の男だったな。まさかミズキを兄に…いや、貴族でもないミズキを兄が気にいるとも思えない」
そう悩むクリスに、隣に座っていたサラサが「もしや魔力がバレたのでは?」と確認する。だがブリット曰くその可能性は低いらしい。バウムは生まれだけの貴族であり、能力は低い。リュアラの街で何度かミズキが魔力を使用しているが、その魔力元がミズキであると断定するだけの眼を持ち合わせていないのだ。
「…空が暗い。荒れそうだな」
ブリットは日を遮る分厚い暗雲を眺めていると、バウムの館がある方角に光が落ちたのを見た気がした。
◆◇◆◇
部屋の中に異様な空気が流れていた。
バウムの緑の眼から放たれる怪しい光。それを見ていると体が吸い込まれるかのような錯覚さえ覚える。
「あかん、あの眼を見たらいかんよ!」
胸ポケットからのダイアの声が届き、ボクは我に返って目を逸らす。
「…おや、キミ1人ではないのだな」
予想外の来客の存在に、バウムの驚きはごく僅かだった。ダイアは体を震わせながら「アレは魔眼やと思うんよ」と話す。
「…さっきから漏れ出てる魔力量からして人間やない。ウチの魔力値よりもずっと上や。何者なんや!?」
胸ポケットから飛び出したダイアは瞬時に魔力を纏い、身長150センチ程の大きさまで体を形成させた。
「これはまた…見たことのない亜人だな。それとも魔獣の一種かね?」
「ウチを獣と一緒にするんやない!」
飛びかかろうとしたダイアだが、真横から伸びた剣線がそれを阻んだ。ダイアは吹き飛び、部屋の壁に叩きつけられる。
「ダイア!?」
ボクは視線をそちらに向ける。たった一瞬の出来事だったはずだ。それにも関わらず、ダイアの体には無数の切り傷が刻まれていた。ダイアはゆっくりと体を起こし、「だ、大丈夫や」と下手人を睨む。
そこに立っていたのは先程のメイド。手には身長の倍以上はあるであろう剣が握られていた。
「ヴァイス様に手は出させません」
メイドはそう呟く。
ヴァイス? このメイドは誰の事を言っているのだ。だが状況からその名を示すのはあの男であると物語る。
「どういう事だ。あんたの名前はバウムじゃないのか?」
ボクの質問に男は微笑む。
「バウムとはあのゴミのような人間のことかい? それならとっくに灰になっているよ」
そしてヴァイスは続ける。
「ボクは魔族のヴァイス・シュヴァイニー。魔族の王たる資質をもつキミを迎えに来たのだよ。ミズキ・アマミ」
雷雲の閃光が辺りを白く染める。
ぽつりぽつりと、雨音が窓を叩き始めた。
「…リア、どう思う?」
「えっと…」
ボクの質問にリアは答えを濁した。リュアラは比較的大きな街だが、空いている土地は墓場前や夜に開店するその手の通りしか残っていなかったのだ。リュアラの街の囲いの外に作るという手もあるが、その場合は囲いを取り壊して新たに広げる為、料金も割増になるそうだ。
ボク達は住宅屋を後にして街を散策する。辺りを見渡すとそこかしこにリバーシで遊ぶ人達の姿が見られた。
「ミズキ様の考えたリバーシ、凄いですね。こんな直ぐに浸透するなんて…」
リアはそう言ってくれるが、本来は地球でのゲームをそのまま再現したに過ぎない。リバーシの歴史は浅く、1970年代に誕生したと記憶している。にも関わらず誰でも知るゲームとなったのは、やはり簡単なルールと無数の打ち筋による奥深い戦略ゲームであったからだろう。
「あ、フェリスお姉ちゃんだ!」
途中でシアがフェリスの姿を見つけ、指差して叫んだ。ボクもそちらに視線を移すと、何やら慌てた様子で辺りをキョロキョロと見渡していた。向こうもこちらに気付いたらしく、胸を撫で下ろしたように表情を明るくする。
「良かった、皆さんがこちらに向かったとお聞きしたもので…」
フェリスは駆け寄ってきてそう言った。
「なんだ、ボクらを探しに来たのか?」
「ええ、ブリット様がミズキ様に至急伝えて欲しい事があると…。ご存知だとは思いますがこの街を治める貴族、バウム・クーヘン様が…どうやらミズキ様を探しておられるようなのです」
なんだ、その美味しそうな名前は。
だが貴族が自分に何の用だろうか。そんなボクの疑問を察したのか、フェリスは話を続けた。
「実は…バウム様がリバーシを大層お気に召したそうで、その件ではないかとブリット様は仰っていました。でもブリット様…『バウム子爵には気をつけろ』なんて…どういう意味かしら」
「さぁな。だがわざわざ知らせてくれて感謝する」
ボクはフェリスに礼を言う。
フェリスにはそう伝えたが、ブリットの忠言の真意は分からなくもない。大方、魔力値の事だろう。クリス達には自分の失態で知られてしまったが、これ以上余計なトラブルを引き起こさぬ為にもそれを知る人数は増やさぬ方が賢明だ。
「ミズキ、囲まれてるで」
ボクの胸ポケットに潜んでいたダイアが小声でそう告げる。言われて周囲を見渡すが、それらしい影はない。
「…狙いはボクか?」
「ちょっと待ってな。探ってくる」
ダイアは胸ポケットからピョンと飛び降り、大地に潜る。それは飛び込みの選手がプールに着水するのに似ていた。成る程、以前ダイアが言っていた『大地はウチにとって水中みたいなもん』とはこういう事だったか。
その間、ボクはこちらの異変を気付かせないように何も知らないフェリスやリア達を連れて冒険者ギルドへの通りに向かう。そこであれば安全のはずだ。
「フェリス、リア達に文字の勉強を教えてやってもらえないか? 確か銀貨5枚で1時間…だったか?」
「そうですね。でももうじき私は休憩時間になるので、その時間でしたら代金はいりません。『お客様』ではなく『友人』として教えてあげますよ!」
「フェリスさん、ありがとうございます!」
フェリスの気配りに、リアはとても喜んだ。リア達の交友関係が広がるのは自分としても嬉しい。ここはフェリスに甘える事にしよう。
「さて、ボクは街の外で魔法の練習でもしてくるとしよう」
リア達が冒険者ギルドに向かう為、ボクから離れていく。そこで大地からダイアが飛び出し、ボクの掌の上に乗った。
「どうだった?」
「やっぱりミズキ狙いやな。見たところ、皆結構強そうやったで。冒険者ギルドに出入りしてる冒険者と比較すると、こちらの方が明らかに上やった」
魔力で感覚を強化する事も可能だが、未だコントロールが稚拙な自分ではこんな街中での使用は出来ない。素の自分ではその存在に気付けない程、気配を消すのに長けた者たちということか。笑えないな。
「ミズキ、来たで。気を付けてな」
ダイアはそう伝え、胸ポケットに入り込んだ。それと同じくして、ボクの後ろから杖をついた老人がこちらに向かって歩いていた。
まさかあの老人が?
老人はボクの隣まで歩を進めると、ニヤリと笑った。
「お主がミズキ・アマミじゃな? 我らが主人がお主との面会を所望じゃ。このまま街の外までついて来てもらうぞ」
どうやらビンゴのようだ。誰の目にもひ弱そうな老人に映る。だが真実はそこらの冒険者よりも実力は上という話だ。人は見た目で判断するなという良い見本のようだ。
「…断ると言ったら?」
「それは賢明とは言えんな。初めからその選択肢は無いんじゃよ。バウム・クーヘンの館への案内人と言えば納得するかの?」
ふむ、目的不明の集団と思っていたが、お菓子様の手の者だったか。貴族の配下であればそのレベルもある程度納得できる。
「…茶菓子は出るのだろか」
「貴族の名を聞いてそんな妄言紛いの戯言を…ヒヒッ、お主大したタマじゃの」
先導する老人に追従する。ちらりと横目で確認すると、他にも何名かこちらに向かって歩いている。皆一様にボクの一挙手一投足に気を配っている事から、彼らもバウムの手の者なのだろう。
街の外に出ると幾つかの馬車が停められていた。老人に言われるまま馬車に乗り、馬車は走り出す。ボクが途中で逃げれないようにする為なのか、後続の馬車は扇状に広がっていた。
バウム・クーヘン…。
未だお菓子のイメージしか抱けない貴族を想像し、ボクは馬車の向かう先を見つめた。
リュアラの街から馬車で1時間程走ると、大きな館が見えてきた。そこがどうやらバウム某の館のようだ。馬車のまま門を通り、正面に見える館の巨大な玄関口まで走り、そこでようやく馬車は止まる。
「お降りなされ」
老人に促され、ボクは馬車を降りる。それ程歓迎はされていないのか、それとも平民相手にそこまでしてやる義理はないのか、館に入って大仰な出迎えはなかった。
案内係が老人から目つきの鋭いメイドに変わる。メイドは「どうぞ、こちらへ」とだけ告げ、前を歩く。
長い廊下を進む途中、高価そうな調度品の数々が並んでいた。この世界にも『絵』はあるらしく、風景画や美しい女性の裸婦画が描かれた美術品といってもよい絵も飾られている。
絵が文化として発展しているのなら、漫画もそのうち誕生するのだろうか。そしてその先はアニメに進化を…と考え事をしている間にメイドは足を止めていた。どうやら目の前の部屋に主人がいるようだ。
「ご主人様、例の者をお連れしました」
メイドは戸をノックし、そう伝える。そして小さく「入れ」という声が届いた。メイドは身を翻し、「どうぞ」と小さく頭を下げて離れる。ボクは警戒心を抱きながらもゆっくりと戸を開け入った。
広い部屋に高級そうな絨毯。
部屋の奥に位置する場所にその男は立っていた。
「やぁ、キミがミズキという冒険者か」
この世界では珍しい黒髪に凛とした佇まい。そして自分には少量過ぎて分からないが、魔力を放っているのか彼の周囲の空間が歪んで見える。緑に輝く瞳がじっとこちらを見つめていた…。
◆◇◆◇
「バウムがミズキを?」
ギルド長の執務室でクリスが怪訝そうに訊ねる。それにブリットは肯いた。
「ああ。バウム子爵…この街を統治する貴族ではあるが、その実、ただの徴税対象としか考えていない。街の発展に興味もなければ、リュアラ周囲に大量の魔物が現れた時も助けに動く事もなかった」
ブリットは「まぁ、当時の腕利き冒険者達で解決したが…」と余談を加えるが、そんなバウムが今動く理由が分からなかった。
バウム・クーヘン。
第一王子、ガリアン派の貴族であり、自身の生まれを己の実力と勘違いしたプライドだけは高い貴族でもある。クリスの最も嫌いなタイプだ。
「王宮で行われた兄ガリアンの誕生パーティーで見かけた事はある。兄に気に入られようと躍起になっていた肥満体型の男だったな。まさかミズキを兄に…いや、貴族でもないミズキを兄が気にいるとも思えない」
そう悩むクリスに、隣に座っていたサラサが「もしや魔力がバレたのでは?」と確認する。だがブリット曰くその可能性は低いらしい。バウムは生まれだけの貴族であり、能力は低い。リュアラの街で何度かミズキが魔力を使用しているが、その魔力元がミズキであると断定するだけの眼を持ち合わせていないのだ。
「…空が暗い。荒れそうだな」
ブリットは日を遮る分厚い暗雲を眺めていると、バウムの館がある方角に光が落ちたのを見た気がした。
◆◇◆◇
部屋の中に異様な空気が流れていた。
バウムの緑の眼から放たれる怪しい光。それを見ていると体が吸い込まれるかのような錯覚さえ覚える。
「あかん、あの眼を見たらいかんよ!」
胸ポケットからのダイアの声が届き、ボクは我に返って目を逸らす。
「…おや、キミ1人ではないのだな」
予想外の来客の存在に、バウムの驚きはごく僅かだった。ダイアは体を震わせながら「アレは魔眼やと思うんよ」と話す。
「…さっきから漏れ出てる魔力量からして人間やない。ウチの魔力値よりもずっと上や。何者なんや!?」
胸ポケットから飛び出したダイアは瞬時に魔力を纏い、身長150センチ程の大きさまで体を形成させた。
「これはまた…見たことのない亜人だな。それとも魔獣の一種かね?」
「ウチを獣と一緒にするんやない!」
飛びかかろうとしたダイアだが、真横から伸びた剣線がそれを阻んだ。ダイアは吹き飛び、部屋の壁に叩きつけられる。
「ダイア!?」
ボクは視線をそちらに向ける。たった一瞬の出来事だったはずだ。それにも関わらず、ダイアの体には無数の切り傷が刻まれていた。ダイアはゆっくりと体を起こし、「だ、大丈夫や」と下手人を睨む。
そこに立っていたのは先程のメイド。手には身長の倍以上はあるであろう剣が握られていた。
「ヴァイス様に手は出させません」
メイドはそう呟く。
ヴァイス? このメイドは誰の事を言っているのだ。だが状況からその名を示すのはあの男であると物語る。
「どういう事だ。あんたの名前はバウムじゃないのか?」
ボクの質問に男は微笑む。
「バウムとはあのゴミのような人間のことかい? それならとっくに灰になっているよ」
そしてヴァイスは続ける。
「ボクは魔族のヴァイス・シュヴァイニー。魔族の王たる資質をもつキミを迎えに来たのだよ。ミズキ・アマミ」
雷雲の閃光が辺りを白く染める。
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