囚われし創造主の遊び

白黒yu-ki

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第1章 始まりの創造主

#12 創造主と人間と魔族

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魔族のヴァイス・シュヴァイニー。
目の前の男はそう名乗った。見た目は普通の人間に見えるが、変身能力でもあるのだろうか。

ヴァイスはゆっくりと体を動かす。

「魔族と聞いても、キミは驚かないのだな」

正面にいたはずのヴァイスの声が背後から届く。ヴァイスの姿が一瞬にして消え、いつの間にか背後に移動していたのだ。ボクは思わず振り向いて距離をとる。

「…魔族という人種に驚きはない。これでも人生経験は長いのでな。人間以外を見ていた時間の方が長いくらいだ」

「ほう、それは興味深い。その話も気になるが、それよりも先程の答えを聞きたい。ミズキ・アマミ。我らと共に来る気はないかな?」

ヴァイスはそっと手を差し伸べる。
この男は先程なんと言った? 確か…魔族の王たる資質をもつ者、だったろうか。

「有難い誘いだが、ボクにはアンタの言う資質は無いよ。人違いじゃないのか?」

「強き者の謙遜は時に愚かにも映る。キミは強い。ボクの攻撃的な魔力をこうも正面から受けて、それだけ平然としているのがその証さ」

ヴァイスのその言葉を聞き、部屋の隅で隙を窺っていたダイアだけでなく、ヴァイスの隣に立つメイドですら体を震わせていたのだ。ボクにとってはその攻撃的な魔力というのは無風に等しかったが…。

「…まずはこちらからの質問に答えて欲しい。本物のバウムはどうしたんだ?」

「あのゴミは我の魔法で消滅させてやった。気に食わなかったのでな」

貴族が魔族に殺された。
これは国的にも大問題なのではないだろうか。

状況は悪い。
事は一個の人間が抱えるには重過ぎる。直ぐにもこの場を脱し、クリスにでも報告するのが最良だと考える。だがそう易々と逃がしてくれる程、ヴァイス側も甘くないだろう。

「アンタら相手なら…騒ぎにはならないかな」

ボクは魔力は放出し、それを身体能力に変換した。

「ん?」

気がつくと、メイドが壁に叩きつけられていた。何が起こったのか分からずダイアに視線を向けると、ダイアは呆れた表情で「ミズキの魔力放出で吹き飛んだんや…」と説明してくれた。

「こ、こんな…魔力の放出でこれ程の圧力があるなんて…」

メイドは今までの冷静さが嘘のように苦悶の表情だ。だが主人であるヴァイスは微動だにしていない事から、これだけでメイドと彼の力の差が窺える。

「…素晴らしい」

当のヴァイスは瞳を輝かせていた。

「これ程の巨大な魔力を感じたのは初めてだよ! 巨大過ぎてその量を推し量ることもできない。是が非でも、キミを魔王にしてみせる!」

彼らから見て巨大な魔力を放っても、戦意を喪失させるどころか、彼には更に戦意を高めてしまう結果になったようだ。

ボクの眼は魔力の強化効果を得て、動体視力すら向上した。メイドが天井を足場にし、こちらに剣を振り下ろしていた。先ほどの自分であれば、この動きも把握出来なかったであろう。だがメイドの動きは全てコマ送りのように自分の眼には映っていた。

躱すことは容易い。
しかしそれではメイドの攻撃は止まないだろう。ボクは捕縛のイメージを込めた魔力を展開させる。メイドの体を光の鎖が一瞬にして捕らえた。そして何故かメイドの服が弾け飛んだ。

「な…何だこれは!?」

メイドの叫びにボクも同じ気持ちだ。何で服が弾け飛ぶんだ。こんなイメージは込めていない。ダイア、そんな目で見るのはやめてくれ。

ボクは上着をメイドに掛けて露出を隠す。

「済まない、裸にさせるつもりはなかった」

「な、情けをかけるのか!」

「女性に恥をかかせる気はなかった。手荒な真似はしない。大人しくしていてもらえるかな?」

「うっ…に、人間の…くせに…」

メイドは顔を伏せて戦意を消失させた。どうやら彼女も魔族らしいが、話せば分かってもらえるという事がこれで判明した。

「無駄な争いは好まない。このままこの場を立ち去れば、ボクからは何もしない。引いてくれる気はないか?」

「魔族の未来の為にも、それは出来ない提案だよ。ボクの命を犠牲にしてでも、キミをこちらに引き込みたい。だがレミーへの紳士的な対応を見るに、キミは人間や魔族に隔たりを感じていないようだ。キミが人間側に立つのはキミが人間だからか? その魔力では迫害されこそすれ、迎え入れる者は少ない。キミの為にも、こちら側の方が有益だと進言する」

命を捨ててでもボクを引き込みたいらしい。こうした特攻隊のように死を覚悟した者は力の差はどうあれ恐い。

ボクがその案に乗るつもりはないと理解したのか、ヴァイスは強硬策に出た。掌に巨大な炎の槍を瞬時に形成させる。炎の槍が投擲され、館に熱風が走る。館の屋根は魔力の衝撃で崩壊し、大量の雨が部屋に降り注ぐ。

炎の槍はボクの魔力の壁を貫く事が出来ず、空中で消滅していた。その間、ヴァイスは空中に飛翔し、更なる魔法を展開していく。

「飛翔用の風属性魔法に、雷属性の巨大な刃が2つ…。3つの魔法同時展開に先程の炎を合わせると3つの属性もちか」

ヴァイスの才能はサラサ以上のようだ。というよりも、人間側でヴァイス以上を探す方が難しいかもしれない。ボクは彼の才能を素直に感心した。

しかしあの魔法をそのまま受けるのは宜しくない。こちらにはダイアもいる。あの魔法の規模からして広範囲に威力が走るだろう。レミーと呼ばれた魔族も傍にいるし、場所を移動させた方が良いだろう。

ボクも風魔法を展開させ、空中に飛翔する。空を飛ぶという未体験の感覚に体は慣れず、バランスを崩しそうになるも何とか立て直す。

「キミにとってレミーはまだ敵対する者であるはずだ。それでもキミはレミーの身も案じるのだな」

ボクが空中に場所を移した理由を察したらしい。だからこちらとしては争うつもりはないのだ。貴族を殺したという罪は今更拭い去ることは出来ない。だからといって目の前の魔族を痛めつけて解決する問題でもないはずだ。

なんだか話の通じない子どもを相手にしている気分になる。母親であるなら優しく諭す方法もあるかもしれないが、自分にそんな手腕はない。

「…これは躾、という事にしておこう。まずはアンタの戦意を挫く事にする」

相手の戦意を喪失させる為には、互いの戦力差を明確にする必要がある。ボクの巨大だという魔力を形にするのだ。

光属性の魔法を周囲に幾つも展開させる。空中にボクと同じ姿をした者が100人以上出現する。

「…ば…バカ…な…こんな事が…」

ヴァイスにしてみれば、悪い夢だろう。1人でも巨大な魔力を放っていた者が、いきなり100倍の戦力差になったのだ。だがこれは光の魔法で光の屈折率を曲げ、自分を複数見せているに過ぎない。勿論只の虚像であるとバレない為に、全ての姿に同等の魔力を込めてはいるが…。

このように複雑な魔法を展開できるのも、創造主人生で培われた技術の賜物だ。長生きはするものだな。

戦意が揺らいでいたヴァイスの懐に、100人以上のボクが飛び込む。ヴァイスの反応は遅れ、ボクの魔力が込められたデコピンをヴァイスは無防備に額に受けた。

バチンと大きな音が響き、ヴァイスは大地に叩きつけられ、大きなクレーターが出来る。その威力にボクは思わず絶句した。ボクのイメージとしては「こ~ら、ダメだぞ」的な威力を期待していたのだが、やり過ぎたかもしれない。

ボクは虚像を消し、大地に降りる。

「…生きてるだろうな?」

岩盤を引っぺがし、下に埋もれていたヴァイスを引き上げる。辛うじて息はあるようだ。治療は必要だが、問題は解決したのだろうか。半壊している館や庭を見ると、後始末が残されていそうだ。

そう悩んでいると、ボクの頭部目掛けて石が飛んできた。今のボクは魔力で感覚を強化しているため、難なく躱す。

「…魔族の…子ども?」

そこに立っていたのは奴隷の首輪をはめられた7~8歳位の魔族の女の子。女の子は震える体でボクに体当たりをして来た。だが当然その程度では微動だにしない。

「ヴァイス様は…私を人間から助けてくれたの! だから…今度は私が助けるの…!」

「…話が見えない。どういう事だ?」

ボクのその疑問に、捕縛から解かれていたレミーが庭に降り「私が説明する」と告げた。

レミーの話によると、事を起こりはこうだ。最近は奴隷のルートも複雑化し、心無い大人がまだ幼くひ弱な魔族や亜人の子どもを攫い、無理やり奴隷にする事件が起き始めていた。この女の子もそんな被害者であったという。

魔族でも高位なヴァイスがその調査にあたり、リュアラ近辺まで痕跡を絞り込んだところでボクの巨大な魔力を検知したそうだ。

「彼が魔族の王になってくれたならば、このような悲劇も起こるまい」

と当時のヴァイスは声を零したという。

その後、貴族のバウムの館で痛ぶられていたこの子を発見し、激昂したヴァイスがバウムを消し屑にしたそうだ。女の子を見ると、体の所々に痛々しい傷が残されていた。

◆◇◆◇

あの戦闘から2時間程が経過していた。
館は半壊しており、嵐のような雨から逃れる事が出来なかったボクらはダイアが作った地下の小部屋で休んでいた。

「それにしても、こうしてゆっくり休めるのはダイアのお陰だ」

「へへっ、ちゃんと通路やこの部屋は魔力で硬質化しとるから、雨漏りもせぇへんよ!」

ドヤ顔のダイアをボクは苦笑しながら頭を撫でてやった。地中にこんな空間を作る姿はモグラやアリを想像させた。

魔族の女の子はボクの力で奴隷の首輪をリア達と同様に『消去』し、魔法で体の傷も消滅させた。だが傷跡は消えても記憶やその時に受けた痛みは消えない。女の子は未だ人間であるボクを恐れ、レミーの後ろに隠れている。

ヴァイスも怪我は治したはずなのだが、何か恐ろしい夢を見ているのかうなされていた。ボクのせいでトラウマを植え付けていない事を祈る。

「今、なんと言った?」

レミーはボクが一度告げた言葉を再び催促した。ボクはため息をついてもう一度繰り返す。

「だから…魔族の王とやらにはならないが、人間と魔族、差別なく手を取り合って生きていく関係を築く手伝いならすると言ったんだ」

「そんな事は不可能だ! 魔族や人間が生まれ出でて数万年。ずっと敵対していた種族なのだぞ!?」

「だからといってそれイコール不可能ではない。これから始めていけばいいだけじゃないのか?」

同じ星に生まれた生き物同士が憎しみあって殺しあう…。そんな関係だけでは創造主として哀しい。人間世界の中にも亜人がうまく溶け込めているように、魔族にもその可能性はあるはずだ。

この世界でボクがやりたい事が、決まった。
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