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第一話 ゴーストレイトショー①
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ドゴンッ!!
オカルト研究部の後輩であり、シュシュで茶髪をポニーテールにまとめた女子生徒、四辻あやかが学校指定の制服のままマンションのドアを蹴り飛ばした。
「西川さーん、作家の西川匠さーん? いるのは分かってるんで出てきてくれませんか~!!」
フロア中に響く音量で彼女が声を張り上げるのを聞きながら、後輩の隣に立つ三上悟は廃図書館の幽霊から託されたマフラーを硬く握りしめた。指先から血が滲む。
扉の向こう側からは何の物音も聞こえなかった。
このまま終わるのでもいいのかもしれない。三上は思った。
彼の想定通りに物事が運べば、三上と四辻は決して許されない過ちを犯すことになる。
だがそれこそが、彼がかつて愛した女の望みだった。
そしてそれは、三上自身の望みでもある。
八月十日。青い空に青い海。堤防に腰掛け、釣りをする不景気な顔をした一組の男女がいた。
私立雨ヶ丘高校のオカルト部員である。
「暑い。そして釣れないっす」
シュシュで茶髪をポニーテールにまとめた女子生徒、四辻あやかがぐったりした様子でつぶやいた。キャミソールに学校指定のスカートと涼し気な格好だが、時刻は午前十一時。夏の日差しは容赦なく辺りを照らしつけていた。
「ん、まあそうな。暑いし、帰るか」
男子生徒、三上悟は釣り竿を海から上げながら言った。ラフな格好の四辻とは対照的に、白いシャツにネクタイを襟元までかっちりと締めている。
堤防のそばの駄菓子屋に釣り竿を返したあとも、暑さで辺りが歪んで見えるようなアスファルトの上に戻る気になれず、二人は店のひさしの下にいた。四辻は棒アイス、三上は缶のコーラで涼をとっている。
「いなかったっすね、人面魚」
「ネタ元が小学生だったしな。それに魚は早朝とかでないといないらしいぞ」
「低血圧なんで、あんまり朝早いのは無理っす」
四辻は食べ終わったアイスの棒をくずかごに入れた。その白い二の腕を三上は無表情に眺める。
「秋雨祭どうしようかね」
秋雨祭とは、九月末に催される雨ヶ丘高等学校の文化祭である。現代書道部、死語復興同好会、古典をSF風に解釈する演劇サークル等、有象無象たる文化系部・同好会を列挙すれば枚挙にいとまがないが、彼らにとって活動発表の機会が与えられる秋雨祭は一年に一度の晴れ舞台だ。無論、オカルト研究部の二年生と一年生である二人にとっても避けて通れない重要なイベントである。
「エジプト部が半日でピラミッドをゼロから作るんで、ボランティア集めてたな」
「あの人たち何で部活承認受けてるんですか?絶対に統合委員会通らないでしょ」
「そりゃ奴隷が回すクランクで発電してるからな。結構電力助かってるみたいよ」
「まじっすか。てか誰がクランク回してるんすか」
「色々だよ。美人の部長に踏まれたいやつとか、エジプト部が債権回収してまじで奴隷のやつとか、数学が赤点のやつとか」
「数学?」
「顧問が諸岡だからな」
「あー」
「まあ、よその部活よりも俺らの問題だ」
三上は道路に目を転じた。恐ろしいことに蜃気楼が揺れて見えた。
年に四度発行されるオカルト研究部の会誌の中でも秋雨祭特別号はその名の通り特別だ。四色刷二十四ページ。発行部数千二百部。怪しげなブレスレットやサプリのメーカーからも(先方のご厚意で)広告を請けている。生半可な出来では許されない本気仕様だ。
三上・四辻班に与えられた紙面は四ページ。写真は二枚まで。
記事を書くにあたって部長から言い渡された条件が二つある。一つ、完全な伝聞ではなく、オカルト部員の実体験であること。一つ、真実であること。
「どっちも結構きついっすよねえ」
その通り。
「人面魚は釣れなかった。アツシ君のお母さんドッペルゲンガー説は、普通に双子だった」
「先輩何気に小学生の友達多いっスよね」
アイスに歯をたてながら三上はちらりと四辻の顔を見たが、それについて言及せず話を続けた。
「あと調べていないのは、夜に車でトンネルを走ると並走するとかいう八十キロババアと、アルファベットを言えないと襲いかかってくるABCババア、猿のお面をかぶって金属バットを振り回す爺さん…こっちはすごい怪力らしい」
「おばあさん、おばあさん、おじいさんか。この町の高齢者ヤバイな……。二人目のおばあさんは、ただの変わった人何じゃないっすかね」
「実際簡単に調査できそうなのもABCババアくらいだな」
「そうなんっすか?」
「猿のお面の爺さんの話は、あちこちで似た話を聞くから、この町で見つけるのは難しいだろうし、八十キロババアは、まず車がないと話にならない」
「つまり土着のABCおばあさんを調べるのが確実、と」
「そうなると被害者の子供のインタビューをしたあと、実際にABCババアを直撃してみて……」
「ただの寂しい変わり者のおばあさんがいただけ、っていう締めくくりになるんじゃないスか」
「……現代社会の空白地帯に行政はどのような手を差し伸べることができるのか、みたいな。ボランティア系の部活に知り合いがいるから、そこと協力して地域の包括的なネットワークを……いや、だめか」
「社会派な記事になるかもしれないっスけど、部長が許しますかね」
「絶対死ぬほど怒る」
かつて映画研究部がホームズの映画をつくるというので、オカルト部からウィジャボード(降霊術に使う板)や他の小道具を借りたことがあった。撮影に熱が入りすぎたのか、扱いがいい加減だったのかわからないが、結果的にウィジャボードは傷だらけで返却された。
ボードを受け取った部長の表情は特に変化がなかった。表向きは。その日から毎朝映画研の部長や出演者たちの机に五寸釘が刺さった藁人形が入れられる事件が起き、製作中の映画はあちこちに女の叫び声のようなものが入っていたためお蔵入りとなった。
他にも登下校時に誰かの視線を感じたり、家の窓ガラスに指紋のない赤い手形がいくつもつけられていたりしたという。そして恐ろしいことに、その間我らがオカルト部部長は、常にアリバイがあった。
この件については映画研究部の部長が土下座をして謝罪し、部員たちが短期バイトで稼いだ金で買ったユダの福音書の日本語訳とかいう胡散臭いアイテムが納品されたことで手打ちになった。
……まあ、窓ガラスの手形に指紋がなかったのは、手が汚れないようにゴム手袋を使ったからだが、結果オーライだったかもしれない。
オカルト研究部の後輩であり、シュシュで茶髪をポニーテールにまとめた女子生徒、四辻あやかが学校指定の制服のままマンションのドアを蹴り飛ばした。
「西川さーん、作家の西川匠さーん? いるのは分かってるんで出てきてくれませんか~!!」
フロア中に響く音量で彼女が声を張り上げるのを聞きながら、後輩の隣に立つ三上悟は廃図書館の幽霊から託されたマフラーを硬く握りしめた。指先から血が滲む。
扉の向こう側からは何の物音も聞こえなかった。
このまま終わるのでもいいのかもしれない。三上は思った。
彼の想定通りに物事が運べば、三上と四辻は決して許されない過ちを犯すことになる。
だがそれこそが、彼がかつて愛した女の望みだった。
そしてそれは、三上自身の望みでもある。
八月十日。青い空に青い海。堤防に腰掛け、釣りをする不景気な顔をした一組の男女がいた。
私立雨ヶ丘高校のオカルト部員である。
「暑い。そして釣れないっす」
シュシュで茶髪をポニーテールにまとめた女子生徒、四辻あやかがぐったりした様子でつぶやいた。キャミソールに学校指定のスカートと涼し気な格好だが、時刻は午前十一時。夏の日差しは容赦なく辺りを照らしつけていた。
「ん、まあそうな。暑いし、帰るか」
男子生徒、三上悟は釣り竿を海から上げながら言った。ラフな格好の四辻とは対照的に、白いシャツにネクタイを襟元までかっちりと締めている。
堤防のそばの駄菓子屋に釣り竿を返したあとも、暑さで辺りが歪んで見えるようなアスファルトの上に戻る気になれず、二人は店のひさしの下にいた。四辻は棒アイス、三上は缶のコーラで涼をとっている。
「いなかったっすね、人面魚」
「ネタ元が小学生だったしな。それに魚は早朝とかでないといないらしいぞ」
「低血圧なんで、あんまり朝早いのは無理っす」
四辻は食べ終わったアイスの棒をくずかごに入れた。その白い二の腕を三上は無表情に眺める。
「秋雨祭どうしようかね」
秋雨祭とは、九月末に催される雨ヶ丘高等学校の文化祭である。現代書道部、死語復興同好会、古典をSF風に解釈する演劇サークル等、有象無象たる文化系部・同好会を列挙すれば枚挙にいとまがないが、彼らにとって活動発表の機会が与えられる秋雨祭は一年に一度の晴れ舞台だ。無論、オカルト研究部の二年生と一年生である二人にとっても避けて通れない重要なイベントである。
「エジプト部が半日でピラミッドをゼロから作るんで、ボランティア集めてたな」
「あの人たち何で部活承認受けてるんですか?絶対に統合委員会通らないでしょ」
「そりゃ奴隷が回すクランクで発電してるからな。結構電力助かってるみたいよ」
「まじっすか。てか誰がクランク回してるんすか」
「色々だよ。美人の部長に踏まれたいやつとか、エジプト部が債権回収してまじで奴隷のやつとか、数学が赤点のやつとか」
「数学?」
「顧問が諸岡だからな」
「あー」
「まあ、よその部活よりも俺らの問題だ」
三上は道路に目を転じた。恐ろしいことに蜃気楼が揺れて見えた。
年に四度発行されるオカルト研究部の会誌の中でも秋雨祭特別号はその名の通り特別だ。四色刷二十四ページ。発行部数千二百部。怪しげなブレスレットやサプリのメーカーからも(先方のご厚意で)広告を請けている。生半可な出来では許されない本気仕様だ。
三上・四辻班に与えられた紙面は四ページ。写真は二枚まで。
記事を書くにあたって部長から言い渡された条件が二つある。一つ、完全な伝聞ではなく、オカルト部員の実体験であること。一つ、真実であること。
「どっちも結構きついっすよねえ」
その通り。
「人面魚は釣れなかった。アツシ君のお母さんドッペルゲンガー説は、普通に双子だった」
「先輩何気に小学生の友達多いっスよね」
アイスに歯をたてながら三上はちらりと四辻の顔を見たが、それについて言及せず話を続けた。
「あと調べていないのは、夜に車でトンネルを走ると並走するとかいう八十キロババアと、アルファベットを言えないと襲いかかってくるABCババア、猿のお面をかぶって金属バットを振り回す爺さん…こっちはすごい怪力らしい」
「おばあさん、おばあさん、おじいさんか。この町の高齢者ヤバイな……。二人目のおばあさんは、ただの変わった人何じゃないっすかね」
「実際簡単に調査できそうなのもABCババアくらいだな」
「そうなんっすか?」
「猿のお面の爺さんの話は、あちこちで似た話を聞くから、この町で見つけるのは難しいだろうし、八十キロババアは、まず車がないと話にならない」
「つまり土着のABCおばあさんを調べるのが確実、と」
「そうなると被害者の子供のインタビューをしたあと、実際にABCババアを直撃してみて……」
「ただの寂しい変わり者のおばあさんがいただけ、っていう締めくくりになるんじゃないスか」
「……現代社会の空白地帯に行政はどのような手を差し伸べることができるのか、みたいな。ボランティア系の部活に知り合いがいるから、そこと協力して地域の包括的なネットワークを……いや、だめか」
「社会派な記事になるかもしれないっスけど、部長が許しますかね」
「絶対死ぬほど怒る」
かつて映画研究部がホームズの映画をつくるというので、オカルト部からウィジャボード(降霊術に使う板)や他の小道具を借りたことがあった。撮影に熱が入りすぎたのか、扱いがいい加減だったのかわからないが、結果的にウィジャボードは傷だらけで返却された。
ボードを受け取った部長の表情は特に変化がなかった。表向きは。その日から毎朝映画研の部長や出演者たちの机に五寸釘が刺さった藁人形が入れられる事件が起き、製作中の映画はあちこちに女の叫び声のようなものが入っていたためお蔵入りとなった。
他にも登下校時に誰かの視線を感じたり、家の窓ガラスに指紋のない赤い手形がいくつもつけられていたりしたという。そして恐ろしいことに、その間我らがオカルト部部長は、常にアリバイがあった。
この件については映画研究部の部長が土下座をして謝罪し、部員たちが短期バイトで稼いだ金で買ったユダの福音書の日本語訳とかいう胡散臭いアイテムが納品されたことで手打ちになった。
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