私はただ自由に空を飛びたいだけなのに!

hennmiasako

文字の大きさ
88 / 261
第4章 私はただ真面目に稼ぎたいだけなのに!

15 商談⑤ 条件

しおりを挟む
 ジュリアーナの見るだけでこちらまで満たされるような美しい微笑みを真正面から観賞していても、今の私はジュリアーナの返答が気になってそれどころではない。
 緊張を必死に隠しながら、できるだけ余裕があるように見えるように装うことに全神経を集中させている。

 現実にはほんの少しでしかない時間だったが、私にとっては一時間くらいの精神的疲労を味わうような沈黙がジュリアーナの表情が動いたことで破られた。

 ジュリアーナは私の目を見てはっきりと微笑みかけて、その薔薇の蕾のような美しい唇を開いた。

 「当商会がルリエラ理術師へ出資するにあたり条件がございます。その条件を満たして頂けるのならば出資いたしましょう」

 「…条件、ですか?」
 
 勿論、私も無条件で出資してもらえるなんて甘いことは考えてはいない。
 でも、こうもはっきりと条件をのめば出資すると言ってくれるとは思っていなかった。
 だからこそ、その条件がどれだけのものなのか想像できない。
 私の手に余るほどに非常に難しいことなのか、それとも、無理難題を挙げて端からこの話を無かったことにしようとしているのか。

 私は完全にジュリアーナに呑まれてしまっている。
 感情を表に出さないように努力はしているが、私がどのような条件を提示されるのか不安に感じていることが漏れているのを止めることができない。

 ジュリアーナは私を安心させるようにその美しい顔にはっきりと笑顔を浮かべて、相手を落ち着かせるような優しげな態度で話し掛けてきた。

 「そうですわね。実物を見ていただく方がよろしいでしょう」

 ジュリアーナがそう言うと、扉が開く音が何回か静かに聞こえた後に、メイドがお盆を持って登場した。

 訳も分からずに呆然と流されて眺めていることしかできない私の前にカップが置かれる。ジュリアーナの前にも同じものが置かれている。

 そのカップはティーカップに似ているが、少し形が違う。ティーカップよりも全体的に一回り小さいがカップの縁は分厚くて底が深い。そのカップの中に入っている液体はいつもの琥珀色の半透明なお茶ではない。

 私は初めてみるが、それが何か知っていた。

 「こちらは『バーム』という飲み物でございます。海の向こうの大陸では日常的に飲まれていて、私も愛飲しております。どうぞお召し上がりください」

 真っ黒に濁った泥水のようにしか見えない湯気を立ち上らせている熱い液体。
 しかし、その湯気からとても芳ばしい香りが放たれている。

 ルリエラである私は初めてこのような飲み物を見たが、前世の彼女の記憶にこれとよく似た飲み物があった。

 私は躊躇することなく、カップを手に取りその黒く濁った液体に口をつけた。

 甘い!そして、苦い!その上、ドロリとしていて飲みにくい。

 このバームという飲み物にはすでに砂糖が大量に入れられていたようだ。そして、粉が濾過されておらず、細かい粒が溶けることなく液体の中に存在している。そのために苦さがより一層強調されてしまっている。

 初めて飲む予想外の味に私は顔を歪ませないように必死に耐えた。
 
 「お口に合いませんでしたか?飲み慣れていないと少し飲み難い味ですが、慣れてくると段々と美味しく感じられるようになってきますよ」

 ジュリアーナは笑顔でそう言い、自身は美味しそうにバームをとても優雅に飲んでいる。紅茶よりもこのバームという珈琲に似た飲み物の方が彼女の好みのようだ。

 最初の衝撃が去った後に、もう一口ゆっくりと味わうように飲んでみた。

 基本的な味はほぼ前世の彼女の世界にあった珈琲と同じだ。ただ、前世の彼女が飲んでいた珈琲とは飲み方が違うようだ。
 前世の彼女の世界でも、珈琲は最初の頃は濾過などしないで直接鍋で煮ていたから、このバームという飲み物もそのようにして淹れたものかもしれない。

 お互いにバームを飲み終えてカップを戻したところで、ジュリアーナが条件をやっと話し出した。

 「わたしくもちょうどこのバームを取り扱うカフェを開こうと考えておりましたの。もし、ルリエラ理術師さえよろしければアジュール商会と共同でお店を経営いたしませんか?この条件をのんでいただけるのでしたらアジュール商会はルリエラ理術師へ出資することができます」

 それはアジュール商会を出資者だけではなく共同経営者として一緒にアイスクリーム屋兼コーヒーハウスを経営しようという提案だ。

 私にとっては良い話でしかない。
 細かな経営は専門家に任せることができる。
 いっそのこと、経営者ではなく、急速冷却器の使用に対してロイヤリティとしてお店の売り上げの数%を受けとることができれば、経営に関しては丸投げにしてしまってもいいかもしれない。

 しかし、これは余りにも条件が私に良すぎる気がする。
 私は警戒を深めた。

 「それはアジュール商会が新しく開くバームを提供するカフェに氷菓を置いていただけるというお話でしょうか?」
 
 お店でバームを主体として、氷菓はおまけの扱いでしかないのならばこの話は受け入れられない。氷菓がメニューに小さく載せられる程度の扱いならばこの条件は私にとっては何の利益にもならない。
 
 ジュリアーナはこちらの警戒心を見透かしているかのように、クスリとほんの少し上品に笑って、警戒心を解くように場を和ませた。

 「いいえ、違います。ルリエラ理術師のお知恵を拝借させていただきたいのです。バームだけのお店ではなかなか人々に受け入れられるまでに時間がかかります。氷菓と併せることで人々に受け入れられるようなお店にしたいのです」

 「私の知恵を拝借したいというのはどういう意味でしょうか?」

 「ルリエラ理術師はとてもお料理がお上手らしいですね。とても創造性に富んだ新しいお料理を作られるとお聞きいたしました。ですから、このバームと氷菓を使って人々に受け入れられるような新しい料理を開発していただけないでしょうか?」

 ジュリアーナの狙いがやっと分かった。
 ジュリアーナは元々それが目的で私との商談を受け入れたにちがいない。私のためだけに時間をわざわざ取ってくれたのではない。
 自分と自分の商会のために私との商談を設けていたのだ。

 私にとっても利はあるが、ジュリアーナにとっても利がある。

 ジュリアーナはバームを使った商売を成功させるために、私を利用しようとしている。
 
 私が独創的な料理を作ることはどこからの情報だろうか?
 アヤタが言ったのだろうか?それとも孤児院から出た子供から漏れたのだろうか?

 ジュリアーナがどれだけ私について情報を集めているのか想像できなくて恐ろしく感じる。
 ジュリアーナはただの美しい女神ではない。外見や綺麗事だけで商売ができるはずがない。
 海千山千の遣り手の商会長であり、得体の知れない、底知れぬ化け物にように見えて圧倒されてしまう。

 それでもこれはチャンスだ。
 私がこの商談の主導権を握ることができる流れが再びこちらにきた。
 ジュリアーナに圧倒されて呑まれている場合ではない。

 「私の料理の腕などたかが知れております。アジュール商会のような大商会には私などよりも余程腕のたつ料理人がいらっしゃるでしょう。私の出る幕などありませんわ」

 私は謙遜しながら、相手を持ち上げて、相手の出方を窺った。
 情報が無さすぎてどう対応するべきか全く見当がつかない。ひとまず情報収集からだ。



 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

ウォーキング・オブ・ザ・ヒーロー!ウォークゲーマーの僕は今日もゲーム(スキル)の為に異世界を歩く

まったりー
ファンタジー
主人公はウォークゲームを楽しむ高校生、ある時学校の教室で異世界召喚され、クラス全員が異世界に行ってしまいます。 国王様が魔王を倒してくれと頼んできてステータスを確認しますが、主人公はウォーク人という良く分からない職業で、スキルもウォークスキルと記され国王は分からず、いらないと判定します、何が出来るのかと聞かれた主人公は、ポイントで交換できるアイテムを出そうとしますが、交換しようとしたのがパンだった為、またまた要らないと言われてしまい、今度は城からも追い出されます。 主人公は気にせず、ウォークスキルをゲームと同列だと考え異世界で旅をします。

俺に王太子の側近なんて無理です!

クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。 そう、ここは剣と魔法の世界! 友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。 ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

処理中です...