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第4章 私はただ真面目に稼ぎたいだけなのに!
16 商談⑥ バーム
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私の言葉を聞いたジュリアーナは、その美しい顔に少し憂いを帯びた表情を浮かべて細かい説明を始めてくれた。
「当商会の料理人やわたくしが私的に雇っている料理人にバームの改良やバームに合う料理、バームを使った料理などを開発させていたのですが、上手くいきませんでした。バームはこれまでにこの国、いえ、この大陸には存在していなかった食材であり飲み物ですので、料理人たちにとっては未知の食材です。見た目から拒絶反応を示してしまったり、生理的に受け入れることができなかったりと中々話が進みませんでした。それだけでなく、一流の料理人である彼らは得体の知れない不気味なものに対して好奇心よりも警戒心の方が強く出てしまったようです」
一流の料理人は頭が固くて、固定観念に凝り固まっており、新しい未知の食材を受け入れることができずに反発した、ということか。
固定観念に凝り固まっていなくて、新しいものに拒否反応を示さない柔軟性のある若手の料理人の方にバームの改良と料理の開発を任せるようにしたが知識も経験も足りていない彼らだけではなかなか成果が出ないのです、と溢された。
「あの、そもそもバームとはどういった飲み物なのでしょうか?私は本日初めてバームを飲みましたので、バームがどのようなものか知らないのですが?」
唐突に話の腰を折ってしまったが、バームが何かを知らないままでは話について行けずに置いてけぼり状態になってしまうので仕方がない。
ジュリアーナは私が話の腰を折ったことに不快感を一切示さず、むしろ説明不足で申し訳ないと謝ってくれた。
「簡単にご説明いたしますと、バームとはバーム豆を煎って挽いた粉に砂糖等を入れて水で沸かした飲み物でございます」
詳しく聞いていくと、バームとはやはり珈琲と同じものだった。
前世の彼女の世界ではトルココーヒーと呼ばれる珈琲と同じような淹れ方だ。
大きめのグラスくらいの大きさの小さな小鍋に焙煎して細かく挽いた豆と砂糖を同量入れて、グラス半分くらいの水を入れてかき混ぜながら火にかけて沸騰させてカップへ移す。そして、粉がカップの底へ沈むのを待ち、上澄みだけを静かに飲む。これが一般的なバームの飲み方だ。
富裕層は砂糖だけでなく、様々な香辛料も入れて、香辛料の種類や量など独自のブレンドで個人のオリジナルの味わいのバームを飲むことが一種のステータスとなっているのは珈琲と異なっている。
若手料理人はそちら方面の独自ブレンドの開発によりバームを飲みやすくしようとしたり、バームの原料であるバーム豆の焙煎や挽き方に注目してそこを変えて味を変えようと試行錯誤してきたらしい。
しかし、成果は芳しくないようだ。
料理人である彼らは料理をする職人であって、飲み物についてはそれほど詳しいわけではない。
バームに合う料理に関してはそれなりに開発が進んでいるが、バーム自体の改良に関してはお手上げ状態のようだ。
紅茶の新しい飲み方を開発しろとか、今までの飲み方を改良してもっと飲みやすい飲み方を考えろと一介の料理人が言われても、いきなり閃いて考え出せる人間なんて都合よくいるわけがない。
なんとかバームを研究しようとしても、全く馴染みの無い食材であり、一朝一夕に新たな発見などはできない。
珈琲の飲み方も長い年月大勢の人々に飲まれていた中で徐々に飲み方の種類が増えていったのであり、誰かが発明して劇的な変化を突然起こしたわけではない。
最初は現地と同じそのままの飲み方で広めるしかないと思うが、紅茶に慣れ親しんでいるこの国の人々には、黒く濁った飲み物は飲み物とはすぐに認識されない。
ジュリアーナは別大陸に滞在して、その現地で実際に過ごし、その現地の人々が飲んでいる姿を見たから自分もバームを飲み物として受け入れることができたそうだ。
ここは現地ではない。バームが飲み物として当たり前に飲まれている場所はこの国だけでなくこの大陸には存在しない。そんな場所でいきなり黒く濁った液体を売り出しても誰も手を出さない。
せめてもう少しバームをこの国の人が飲みやすいように改良する必要があるとジュリアーナは考えていた。
売る相手に合わせて商品を改良するのは商人としては当然の思考だ。
バームの話だけでなく海向こうの大陸についての話も聞いた。
海向こうの大陸との交流はこの国では正式な国交が樹立されて20年程しかまだ経っていない。
正式に国同士が国交を樹立したから、あちらの大陸の人がこの国に入国することができるようになった。それまでは港近辺で最低限の必要な下船しかできなかったそうで、海向こうの文化はまだこちらにはほとんど入ってきていない。
数百年前には船に乗った海向こうの別大陸の人間たちが攻めてきたこともあり、長い間海向こうの大陸は仮想敵国であり友好的な関係ではなかった。
造船技術が進み、50年前くらいから民間では海向こうの大陸と細々とした交易は続いていたらしい。
それでもこの国の南部の港から海向こうの別大陸までは船で最も近い港まで30日はかかる。
この国から最も近い海向こうの大陸の国がカルバーン帝国というこの国よりも巨大で強大な国らしいが、海向こうの別大陸であるこちらの国を侵略する意思は今のところ無く、己の大陸の統一を目論んでいるらしい。
別大陸ではバームは庶民にも広く飲まれていて、別大陸ではごく当たり前の日常的な庶民的な飲み物でもあるそうだ。
富裕層だけが飲むことができる高級な嗜好品というわけではない。
しかし、この国ではそうはいかない。
この国だけでなくこの大陸でバーム豆は生産されていない。
100%輸入に頼ることになるので、輸送料などが上乗せされて値段は上がるし、輸入量もまだ多くはないから希少価値も高く気軽に誰もが飲めるものにはならない。
今は海向こうの大陸と同じように庶民に安値で気軽に広めるのではなく、付加価値を付けて富裕層に受け入れてもらうことから始めなければならない。
だから、ジュリアーナは海向こうの大陸で庶民に飲まれているバームをそのまま提供するのではなく、改良してこの国の富裕層向けにしようとしている。
あちらのバームも初めは富裕層が今の飲み方で飲んでいて、それが庶民にまで広がっていったはずだ。
すでに庶民の飲み物になっているバームをこの国では富裕層の飲み物に変身させるためにはそのまま提供するのではダメだ。
紅茶に砂糖を大量に入れて飲む習慣のないこの国の人間には大量の砂糖を入れて溶かしている甘い飲み物であるあちらの飲み方はすぐには馴染まない。
いろいろと問題ばかりでこの国にバームを広めるのは前途多難だが、それでもやる価値はある。
紅茶と並ぶ飲料としてバームも飲まれるようになれば、バームを独占的に扱う商会にとってはその利益は計り知れない。
ジュリアーナが多大なる労力をかけてバームをこの国に持ち込んで定着させようとする考えは理解できる。
バームについて詳しく説明された私は珈琲と同じものだと確信を抱いた。
珈琲と同じものならば、飲みやすいように改良することは難しくない。
バームに合わせたお菓子を作ることもできるし、バームを使ったお菓子を作ることもできる。
バームと氷菓を組み合わせたお菓子を作ることだってできてしまう。
でも、今この場でそんなことが出来たら異常だ。
ルリエラである私にとっては初めて見て飲んで知ったバームに詳しいはずがない。
「認定理術師である私でもこの場ですぐにはどうすることもできません。学園に帰り、研究室で実際に淹れてみて、試行錯誤を繰り返さなければ改良も開発もできません。出来るかどうか今の段階では何も申し上げられませんので、一先ず私にお時間を頂けないでしょうか?」
私は時間稼ぎをすることにした。
ジュリアーナも私がすぐにバームを改良することができるとは考えておらず、特に何の問題もなく私は20日の時間を得ることができた。
それだけでなく、知恵と時間を借りる対価と言ってバームの改良のための資金も得ることができた。
これは成果が出なくても返却しなくても良いという破格の条件と破格の金額だ。
改良するために必要な大量のバームとバームを飲むために必要な道具類も無償で提供された。
こうしてアジュール商会との最初の商談はひとまず幕を閉じた。
この商談の続きは20日後に私の研究室でバームの改良開発の結果をジュリアーナの前で披露して、その後ということになった。
「当商会の料理人やわたくしが私的に雇っている料理人にバームの改良やバームに合う料理、バームを使った料理などを開発させていたのですが、上手くいきませんでした。バームはこれまでにこの国、いえ、この大陸には存在していなかった食材であり飲み物ですので、料理人たちにとっては未知の食材です。見た目から拒絶反応を示してしまったり、生理的に受け入れることができなかったりと中々話が進みませんでした。それだけでなく、一流の料理人である彼らは得体の知れない不気味なものに対して好奇心よりも警戒心の方が強く出てしまったようです」
一流の料理人は頭が固くて、固定観念に凝り固まっており、新しい未知の食材を受け入れることができずに反発した、ということか。
固定観念に凝り固まっていなくて、新しいものに拒否反応を示さない柔軟性のある若手の料理人の方にバームの改良と料理の開発を任せるようにしたが知識も経験も足りていない彼らだけではなかなか成果が出ないのです、と溢された。
「あの、そもそもバームとはどういった飲み物なのでしょうか?私は本日初めてバームを飲みましたので、バームがどのようなものか知らないのですが?」
唐突に話の腰を折ってしまったが、バームが何かを知らないままでは話について行けずに置いてけぼり状態になってしまうので仕方がない。
ジュリアーナは私が話の腰を折ったことに不快感を一切示さず、むしろ説明不足で申し訳ないと謝ってくれた。
「簡単にご説明いたしますと、バームとはバーム豆を煎って挽いた粉に砂糖等を入れて水で沸かした飲み物でございます」
詳しく聞いていくと、バームとはやはり珈琲と同じものだった。
前世の彼女の世界ではトルココーヒーと呼ばれる珈琲と同じような淹れ方だ。
大きめのグラスくらいの大きさの小さな小鍋に焙煎して細かく挽いた豆と砂糖を同量入れて、グラス半分くらいの水を入れてかき混ぜながら火にかけて沸騰させてカップへ移す。そして、粉がカップの底へ沈むのを待ち、上澄みだけを静かに飲む。これが一般的なバームの飲み方だ。
富裕層は砂糖だけでなく、様々な香辛料も入れて、香辛料の種類や量など独自のブレンドで個人のオリジナルの味わいのバームを飲むことが一種のステータスとなっているのは珈琲と異なっている。
若手料理人はそちら方面の独自ブレンドの開発によりバームを飲みやすくしようとしたり、バームの原料であるバーム豆の焙煎や挽き方に注目してそこを変えて味を変えようと試行錯誤してきたらしい。
しかし、成果は芳しくないようだ。
料理人である彼らは料理をする職人であって、飲み物についてはそれほど詳しいわけではない。
バームに合う料理に関してはそれなりに開発が進んでいるが、バーム自体の改良に関してはお手上げ状態のようだ。
紅茶の新しい飲み方を開発しろとか、今までの飲み方を改良してもっと飲みやすい飲み方を考えろと一介の料理人が言われても、いきなり閃いて考え出せる人間なんて都合よくいるわけがない。
なんとかバームを研究しようとしても、全く馴染みの無い食材であり、一朝一夕に新たな発見などはできない。
珈琲の飲み方も長い年月大勢の人々に飲まれていた中で徐々に飲み方の種類が増えていったのであり、誰かが発明して劇的な変化を突然起こしたわけではない。
最初は現地と同じそのままの飲み方で広めるしかないと思うが、紅茶に慣れ親しんでいるこの国の人々には、黒く濁った飲み物は飲み物とはすぐに認識されない。
ジュリアーナは別大陸に滞在して、その現地で実際に過ごし、その現地の人々が飲んでいる姿を見たから自分もバームを飲み物として受け入れることができたそうだ。
ここは現地ではない。バームが飲み物として当たり前に飲まれている場所はこの国だけでなくこの大陸には存在しない。そんな場所でいきなり黒く濁った液体を売り出しても誰も手を出さない。
せめてもう少しバームをこの国の人が飲みやすいように改良する必要があるとジュリアーナは考えていた。
売る相手に合わせて商品を改良するのは商人としては当然の思考だ。
バームの話だけでなく海向こうの大陸についての話も聞いた。
海向こうの大陸との交流はこの国では正式な国交が樹立されて20年程しかまだ経っていない。
正式に国同士が国交を樹立したから、あちらの大陸の人がこの国に入国することができるようになった。それまでは港近辺で最低限の必要な下船しかできなかったそうで、海向こうの文化はまだこちらにはほとんど入ってきていない。
数百年前には船に乗った海向こうの別大陸の人間たちが攻めてきたこともあり、長い間海向こうの大陸は仮想敵国であり友好的な関係ではなかった。
造船技術が進み、50年前くらいから民間では海向こうの大陸と細々とした交易は続いていたらしい。
それでもこの国の南部の港から海向こうの別大陸までは船で最も近い港まで30日はかかる。
この国から最も近い海向こうの大陸の国がカルバーン帝国というこの国よりも巨大で強大な国らしいが、海向こうの別大陸であるこちらの国を侵略する意思は今のところ無く、己の大陸の統一を目論んでいるらしい。
別大陸ではバームは庶民にも広く飲まれていて、別大陸ではごく当たり前の日常的な庶民的な飲み物でもあるそうだ。
富裕層だけが飲むことができる高級な嗜好品というわけではない。
しかし、この国ではそうはいかない。
この国だけでなくこの大陸でバーム豆は生産されていない。
100%輸入に頼ることになるので、輸送料などが上乗せされて値段は上がるし、輸入量もまだ多くはないから希少価値も高く気軽に誰もが飲めるものにはならない。
今は海向こうの大陸と同じように庶民に安値で気軽に広めるのではなく、付加価値を付けて富裕層に受け入れてもらうことから始めなければならない。
だから、ジュリアーナは海向こうの大陸で庶民に飲まれているバームをそのまま提供するのではなく、改良してこの国の富裕層向けにしようとしている。
あちらのバームも初めは富裕層が今の飲み方で飲んでいて、それが庶民にまで広がっていったはずだ。
すでに庶民の飲み物になっているバームをこの国では富裕層の飲み物に変身させるためにはそのまま提供するのではダメだ。
紅茶に砂糖を大量に入れて飲む習慣のないこの国の人間には大量の砂糖を入れて溶かしている甘い飲み物であるあちらの飲み方はすぐには馴染まない。
いろいろと問題ばかりでこの国にバームを広めるのは前途多難だが、それでもやる価値はある。
紅茶と並ぶ飲料としてバームも飲まれるようになれば、バームを独占的に扱う商会にとってはその利益は計り知れない。
ジュリアーナが多大なる労力をかけてバームをこの国に持ち込んで定着させようとする考えは理解できる。
バームについて詳しく説明された私は珈琲と同じものだと確信を抱いた。
珈琲と同じものならば、飲みやすいように改良することは難しくない。
バームに合わせたお菓子を作ることもできるし、バームを使ったお菓子を作ることもできる。
バームと氷菓を組み合わせたお菓子を作ることだってできてしまう。
でも、今この場でそんなことが出来たら異常だ。
ルリエラである私にとっては初めて見て飲んで知ったバームに詳しいはずがない。
「認定理術師である私でもこの場ですぐにはどうすることもできません。学園に帰り、研究室で実際に淹れてみて、試行錯誤を繰り返さなければ改良も開発もできません。出来るかどうか今の段階では何も申し上げられませんので、一先ず私にお時間を頂けないでしょうか?」
私は時間稼ぎをすることにした。
ジュリアーナも私がすぐにバームを改良することができるとは考えておらず、特に何の問題もなく私は20日の時間を得ることができた。
それだけでなく、知恵と時間を借りる対価と言ってバームの改良のための資金も得ることができた。
これは成果が出なくても返却しなくても良いという破格の条件と破格の金額だ。
改良するために必要な大量のバームとバームを飲むために必要な道具類も無償で提供された。
こうしてアジュール商会との最初の商談はひとまず幕を閉じた。
この商談の続きは20日後に私の研究室でバームの改良開発の結果をジュリアーナの前で披露して、その後ということになった。
応援ありがとうございます!
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