私はただ自由に空を飛びたいだけなのに!

hennmiasako

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第5章 私はただ青い色が好きなだけなのに!

11 答えの出ない問い⑤ 私の答え

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 誰も歩いていない廊下を足音を立てないように慎重に歩き、やっと屋上へと続く階段にまで辿り着いた。
 誰かに見られても何もやましいことは無いのだが、誰かに見られたり出会ったりしたい気分ではないので、誰にもすれ違わずにここまで来れたことにほっとした。
 ここまで来たらもう足音を立てないように配慮する必要は無い。
 気を緩めてのんびりとトントンと少し足音を立てながら階段を登っていく。

 階段を登りきり、屋上へと繋がる扉を開けると、朝日が真正面から飛び込んできた。

 眩しくて目が開けられない。
 手でひさしを作り、目を半分閉じながら、ゆっくりと屋上の真ん中へと私は足を進める。
 暴力的なまでの朝日を全身に浴びて、身体中の細胞が叩き起こされていく。
 ほとんど眠れていなかったので、眠気でぼんやりとしていた頭も朝日を浴びて徐々に覚醒していく。

 眩しさに目が慣れた頃、頭もすっきりと目覚め、身体からも寝不足による倦怠感が抜けた。

 清々しく澄んだ朝の空気を思いっきり吸い込み何度も深呼吸すると、身体の内側もすっきりと目覚めたかのように感じる。

 太陽を直視することを避けて、頭上を見上げると、白い雲一つ無い青く澄みきった青空が広がっていた。

 いっそのこと屋上に大の字で寝っころがって青空を見上げたい欲望に駆られてしまうが、固い石の床では寝心地が悪そうだし、誰も来ないという保証は無いので止めておいた。

 朝日を浴びたおかげで頭がすっきりした。

 昨日の夜からずっと私が私に問い続けている「自分は何者か?」「私は誰か?」という問いの答え。
 その答えが自然と浮かんできた。

 「私は私。私は私でしかない。私は私にしかなれない」

 それが答え。ただそれだけのことだった。
 そうとしか答えられない。

 考える必要など無かった。
 ただ自分がそう認めるだけで良かった。

 でも、私はそう答えたくなかった。
 私は私を認めたくなかった。
 私は私以外になりたかった。
 私は私ではないものになりたかった。

 だから、ずっと答えが出なかった。


 本人は自分の姿を全て見ることはできない。
 鏡などに映さなければ自分の顔すら自分では見れない。
 背中も頭のてっぺんも自分では簡単には見えない。

 私は私を本当の意味で見ることはできない。自分の全てを知ることはできない。

 私は何を持って自分を自分だと考えていたのだろうか。

 私は客観的に自分を見ていなかった。
 主観的にしか自分を見ていなかった。

 私は自分のことを「親が誰か分からない哀れで寂しい可哀想な子ども」だと見ていた。
 そのように自分を自分で見做して、恥ずかしく思って、悲しくなって、耐えられなくて目を瞑っていた。

 その認識をそのまま胸の奥に押し込めて意識しないようにして隠していた。

 ずっと触れないように、考えないように、見ないようにしていた。

 だから、その認識を変えることがずっとできずに心の奥底で囚われたままだった。

 私はずっと自分が作った暗闇の中で目を瞑って自分の中に閉じ籠もっていた。

 そこは自分の感覚だけが全ての世界で、それだけしか存在していなかった。
 
 暗闇の中でも意識を外に向ければ周りに人がいることに気付けたのに。
 勇気を出して目を開ければそこが暗闇ではないとすぐに気付けたのに。

 子どもには当然のように両親がいるものだと思っていた。
 親と死別したとしても、離れ離れになったとしても、自分と親は目には見えない糸で繋がっているのだと信じていた。
 
 親がいないと子どもはこの世に生まれてこないのだから、誰にもどんな生き物にも当然のように親はいる。
 どんな暗闇の中でも親の存在は確かで絶対で揺るぎないもの。
 自分が見えなくても、自分が分からなくても、自分が揺らいでも、自分が不確かなものでも、親の存在は絶対だ。
 母親と父親という存在は生物的に必ず存在している。

 その絶対的な存在が私にはいない。

 私は私を「親のいる普通の子ども」として見たかった。
 自分を親が分からない、そんな不確かな存在だと認めたくなかった。

 私が私を、現実の私を、親が分からない私を受け入れたくなかった。
 
 そんな自分を恥ずかしくて惨めで可哀想だと思っていた。

 そう自分で自分を見ていた。

 自分の姿を見てそう思ったのではない。
 自分が思い込んだ自分の姿を自分だと信じ込み、その姿を他人も見ていると勘違いして、恥ずかしくて、見られたくなくて、でも自分では親が分からないことはどうすることもできなくて、逃げた。

 思い込みが激しくて自意識過剰だった。

 他人が見る私は私が頭の中に浮かべて作り上げた姿のはずがない。
 私が見ている私でも、自分が見ることができる自分でもない。
 私が見ることができないところも他人は見ている。

 客観的に自分を冷静に見つめることができていなかった。
 

 ずっと私は自分を前世の彼女と比較して、ひどく自分が惨めで哀れな存在だと思っていた。

 前世の彼女と比べて自分の存在がひどく曖昧で不確かで心許なく感じた。
 
 前世の彼女にははっきりと両親が彼女の背後に存在していた。
 彼女の隣にしっかりと彼女と手を繋いで彼女の存在に寄り添っていた。
 
 私には誰もいない。
 何も分からない。
 私の後ろには誰もいない。
 私を繋ぎ止めてくれる人はだれもいない。

 「自分は何者なのか?」

 私は自信を持って答えることができなかった。

 前世の彼女と比べて私は自分に自信が持てなかった。

 私は親がほしいのではない。ただ知りたかった。誰が親か、どうして私は孤児院にいるのか知りたかった。

 でも、万が一、私の親だという人間が名乗り出てきたとして、私はそれを簡単に鵜呑みにできたかは分からない。
 科学的に親子関係を証明する手段はこの世界には存在しない。
 科学的に根拠のある証拠を提示することもこの世界ではできない。
 
 その人との親子関係があることの根拠はその人間の証言だけしか存在しない。
 
 私は私の親だと自称する赤の他人の根拠の無い言葉を信じることができるだろうか。

 信じられる自信が全く無い。

 それでもその根拠の無い証言に縋って親を求めたかもしれない。

 きっと相手がシスターマリナならば「コウノトリが運んできた」とか「突然何も無い空間に現れた」とか「木の根元から這い出てきた」とか到底信じられないことを言っても信じたかもしれない。

 私は真実が知りたいのではない。
 ただ私の出生について誰かに責任を持ってほしいだけだった。
 嘘でも空想でも何でも構わない。
 はっきりと私が何者であるかを誰かに保証してほしかった。

 自分に自信が無かったから、自分以外の誰かに私という存在を確約してもらいたかっただけだった。




 朝日を浴びて全身の細胞が目覚めていく感覚で、私は今ここにいると実感する。
 この身体が私だと、私はここにいるのだと、ここにいる私が私であると教えてくれる。

 私はずっとここに存在していたのだから前世の彼女や他人と自分を比べる必要は無い。比べる意味が無い。

 自分を形作るのはこれまでに積み重ねてきたものだけだ。

 親が誰か分からないということは事実であり、私の一部ではあるがそれが私の全てではない。
 ただ親を知らないだけということでしかない。ただそれだけのこと、それは私のほんの一部分でしかない。そんなことはとても些細なことだ。

 「私は孤児院出身の学園都市の認定理術師でアジュール商会の外部委託顧問でカフェの共同経営者のルリエラ」

 それでいい。
 それがいい。
 私はそう答えたい。
 


 親のことは考えても答えが出ないから、考えるだけ無駄だからきっぱり諦めよう。

 自分のことを知りたいとは思うけど、親が欲しいとは思わないから親を自分から探すことはしない。
 寧ろ、今の私にとっては親など面倒ごとでしかない。
 私は今の生活を気に入っている。今の私で満足している。

 私は変化を望まない。
 
 私は私のままでいい。

 親を知らない私でいい。
 
 自分がそう認めて受け入れたら心が軽くなった。
 このままあの青い空へ飛んでいけそうな程に軽い。

 私は知らないうちにずっと親を知らない自分を自分で責めていたようだ。
 親を知らないままでは駄目だと、親が分からないなんて普通ではないと自分を非難していた。
 親を知らないままでいることを自分に許すことができなかった。
 今やっと私は自分が親を知らないということを許すことができた。


 私は空を飛ぶ代わりにその場で青い空を見上げたまま片足を軸にして身体をくるくると軽やかに回転させて、スキップしながら屋上を後にした。

 そのまま完全に浮足立ったままで自分の部屋へと帰ってしまい、ライラに一人でこっそりと外出したことがバレてしまったが、私の心はずっと軽いままだった。


 


 
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