私はただ自由に空を飛びたいだけなのに!

hennmiasako

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第5章 私はただ青い色が好きなだけなのに!

12 お金

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 私は今手紙を書いている。
 孤児院を出てから初めて孤児院へ送る手紙だ。
 
 領主相手にはお礼状や報告書のような形式的な書類は何度か送っていたが、私的な手紙はこれが初めてだ。

 私が知る限りで孤児院から独り立ちした後に孤児院へ手紙を送ってくる子はいなかった。
 手紙の送料はそれなりに高額でそんな金銭的に余裕のある子はいないし、手紙が届くと返信のために孤児院へ金銭的な負担をかけることになる。
 
 でも、今の私はそんな心配をする必要が無い。

 アジュール商会のおかげで自分でお金を稼ぐことができるようになった私は故郷の孤児院へ気持ちばかりの金額ではあるが仕送りができるようになった。

 私はシスター見習いとして孤児院で働いていたので、孤児院の経済的な内情を十分に理解している。孤児院ではけっこう経済的にギリギリの生活を送っていたので、きっと喜んでくれるだろう。

 村ではお店が無いのでお金を使えないが、町で必要なものを買うことはできる。
 お金を貯めておいていざという時に薬や医者への支払いにすることもできる。領主の慈悲に縋らずに緊急事態に自分たちで対処できるようになる。
 孤児院から旅立つ子どもへ孤児院長が自腹を切って餞別としてお金を持たせて送り出していたので、それに使ってくれてもいい。
 お金はいくらあっても困ることはない。シスターマリナなら孤児院のために使ってくれると理解している。

 本当ならもっと早く孤児院へ仕送りをしたかったが、それはできなかった。
 これまで私が得ることができるお金は学園から支給される研究費だけであり、そのお金を遠い故郷の村の孤児院へ送ることなどできなかった。

 研究費の私的流用はどんな理由があってもするべきではない。それが善意や人助けだとしても。

 研究費は私が認定理術師として理術の研究をするために学園から支給されるものだ。
 自分が稼いだお金ではなく、学園からの支援のお金を全く何の関係のないものに使うのは用途が間違っている。
 学園から支給される研究費は私的に遣ってはいけない。どんな理由であれ研究以外に遣えばそれはただの無駄遣いでしかない。

 研究費は使い道を規制されてはいないし、何にいくら使ったのかという報告も一切必要とされていない。
 研究費の使い道や使い方は本人に完全に任されている。
 私が何にどれほどのお金を使っても誰も文句は言えない。
 だから、私が孤児院へ研究費を仕送りしたとしても誰も何も文句を言うことはない。研究費の私的流用だとか不正使用だとか責められることはない。
 支給された研究費をどのように使っても誰も私を責めはしないし、責めることはできない。

 でも、ただ一人だけ私を責める人がいる。怒る人がいる。叱る人がいる。許さない人がいる。
 シスターマリナはそういう人だ。

 叱責の言葉と共に仕送りのお金をそのまま送り返してくるだろうことが完全に予想できる。
 シスターマリナはそういう潔癖なところがあり、自分にも他人にも厳しい。
 
 だから私は仕送りのお金には「自分の力で稼いだお金です」という簡単な説明とこれまでの感謝の気持ちを書き連ねた手紙を添えて送る。
 これなら送り返される心配はしなくて大丈夫だろう。

 学園から一年分の研究費を支給されるが、現金で一度に手渡しではなく、保管もしてくれる。
 私は毎月一定の金額だけを学園から現金で引き出している。
 多額の現金を自分の研究室に保管しておくのは怖いので、学園に銀行のような機能があって助かっている。
 でも、お金の管理は完全に自己責任だ。

 私はお金の管理は自分できっちり出納帳をつけている。
 日付と金額と使用内容を記録して、何にいくら使って、残りがいくらかということを常に把握している。

 これは孤児院で習ったことだ。
 前世の彼女も親からもらうお小遣い程度の金銭管理と金銭感覚しか持っていなかったので、そこまで詳しい経済や会計の知識は無かった。簿記などの専門知識を持っていないので、子どものお小遣い帳くらいのものしか書けないが、それでもマシな方だ。
 
 基本的に平民はどんぶり勘定でタンス貯金が一般的だから家計簿も付けていない。文字は書けないし、計算もできないのだから当然だ。


 孤児院ではお金ではなく現物の管理だったが、小麦や塩や砂糖、布や糸などを毎日どれくらい使って残りがどのくらいかを常に記録して把握していた。
 孤児院の物資は配給制で、領主から1年に数回決まった時期に実物で支給された。
 だから、孤児院のものは勝手に増えることはなく、ただ減っていくだけだ。在庫が無くなったらお仕舞い。お金は無いから買って補充することはできなかった。
 基本的に、1年に一人必要な量を計算された総量で配給されるが、本当にそれはギリギリの量しかない。残量と日数を見誤ると非常にひもじい思いをするだけでなく、下手したら栄養失調、餓死の危険性まである。
 村では森や畑の収穫や恵みがあるので、飢え死にする可能性は低めだが、塩や砂糖など村で自給自足で手に入らない物が無くなると大変なことになる。

 お金でも食料でも、使うと消えるものは、しっかりと管理してその手綱を握っていないと、知らないうちに消えてしまう。
 後から何に使ったのか、何故使ったのか考えても消えてしまった後ではどれだけ後悔しても後の祭りだ。

 自分で自分を厳しく律して詳細に正確に厳格に管理しなければならない。
 それが食料やお金を預かる人間の義務だ。

 どれだけしっかりした人間でも、記録を一切とらずに消え物の管理を完璧にすることは不可能だ。
 自分でも嫌になるくらいに徹底して記録をとって管理しなければ、消え物は煙のように消えてしまう。己の欲が溶かしてしまう。

 自覚の無い間に消えてしまった後で後悔したり、焦ったり、慌てたりすることのないように、消え物関係はしっかりと記録をとって管理しなさい。手間や時間や必要か不必要かという問題ではなく己自身の為に。

 私はシスターマリナにそう教わり、それを実践している。

 研究費は最初はものすごい大金だと思ったが、自分の生活費、助手への給料、メイドへの給料、研究に必要な材料や道具などの必要経費を支払ったら、それほど支給される研究費には余裕はない。
 
 万が一、研究費が足りなくなり追加の研究費の支給を申請する場合は学園へ研究費が不足する理由や追加の研究費の使い道などについての説明をして、受理されなければならない。

 これは簡単には受理されるものではないらしい。

 ただの無駄遣いで研究費を使い果たし、生活費が足りなくなったからと追加の申請をしたら、下手したら認定師の資格を剥奪されることもある。
 自分の研究費を管理できない人間は能力的に不足しているとされて認定師の資格は無いと認定師失格の烙印を押されてしまう。
 
 支給された研究費の使い道は何も問われないが、追加申請をする場合は過去の研究費の使い道についても報告しなければならず、それに虚偽申告をすることは許されない。
 虚偽だとバレた時点で認定師の資格は剥奪される。
 正直に無駄遣いをしたと報告しても認定師の資格が剥奪される恐れがある。

 だから、余程のことがない限り研究費の追加申請をすることはできない。

 アジュール商会との関係が無いままであったら、私は空を飛ぶために必要な材料を揃えることはできなかっただろう。

 媒体の研究のガラスの購入でかなりの研究費を消費していた。

 でも、今は定期的に収入を得て金銭的な余裕ができたのでこれで私が望む媒体を手に入れることができる。

 とても現金で無粋で拝金主義者のようだが、本当にお金の力は偉大だと実感する今日このごろだ。





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