私はただ自由に空を飛びたいだけなのに!

hennmiasako

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第6章 私はただ知らないことを知りたいだけなのに!

1 紆余曲折

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 私が認定理術師になってから約1年が過ぎた。
 その間色々なことがあった。
 色々なことがありすぎて1年ではなく3年くらい経っているのではないかと思うくらいだ。
 実際にたったの1年しか現実の時間が経っていないことが不思議に思えて違和感を感じてしまう。

 本当にこの一年で多くのものが変わった。




 「ルリエラ様、本日はこちらまでお越しくださりありがとうございます。わたくしたちの共同経営のカフェの売り上げはこちらになります」  

 現在、私は学園都市にあるジュリアーナの屋敷の応接室でジュリアーナと向かい合って座りながら仕事の話をしている。

 目の前のジュリアーナの姿には親しげで優しげな様子は一切見当たらない。大商会の商会長としての威厳に満ちて気品と優雅さを併せ持つ大人の女性として上品で美しい笑顔を浮かべながら堂々とした姿でカフェの売り上げについて説明している。

 私もジュリアーナに気圧されないように負けじと必死に上品でありながら堂々した態度で余裕があるように微笑みを浮かべながらジュリアーナと仕事の話をする。

 そこには親しげな雰囲気は一切無い。完全に仕事上の関係だけの相手を笑顔の下で見定めたり品定めしたり値踏みするような、油断せずに相手の出方を警戒して細心の注意を払っているような緊張感が満ちている。

 表面上の空気は和やかだが、その中にピリピリとした油断なら無い気配も漂っている。そんな空気を意に介さずに私とジュリアーナは仕事の話をする。

 私を見るジュリアーナの瞳には一切の温かさは無い。表情だけは見惚れるほどに美しく上品で穏やかな笑顔を浮かべているが、それは表面上だけだ。その笑顔の下には油断なら無い甘えを許さない厳しい商売人としての顔が隠れている。

 私も共同経営者ではあるが、自分よりも上位の存在として失礼の無いように気を遣いながら、それでも対等な仕事相手として相手に舐められないように隙を見せないように気を張りながら接している。

 私たちは一月前にオープンしたバームと氷菓を扱う高級カフェの経営状況について一通りの報告と問題点や改善点などについて話し合い、2時間ほどかけてようやく話がまとまった。

 「それでは場所を変えてゆっくり食事でもいかがでしょうか?」

 私は少し温かみのある笑顔を浮かべたジュリアーナからのお誘いを快く了承し、応接室から庭へと移動した。

 庭には既に完璧なアフタヌーンティーの用意がされていて、私たちは上品な仕草で姿勢正しくそっと椅子へと腰を下ろした。

 そうするとやっと私とジュリアーナの間にあった緊張した空気が霧散し、私が張り付けていた警戒感と緊張感もジュリアーナが纏っていた近寄りがたい威厳と気品が消える。

 先程とは打って変わって好意をはっきりと宿した優しげな目付きと親しげな態度でジュリアーナが声を掛けてきた。

 「ルリエラの好きなものを沢山用意したから、遠慮なくいっぱい召し上がって。最近は忙しいみたいね。体調は大丈夫?少し痩せたんじゃないかしら」

 「ご配慮いただき感謝申し上げます…、ではなくて、あの、心配してくださってありがとうございます。理術の研究が捗ってつい集中してしまっているだけです。食事はちゃんと食べていますよ」

 完全に無警戒で信頼している様子で苦笑いをしながら心から私を心配してくれているジュリアーナとリラックスして会話をしている。

 先程の仕事上での取り繕った態度や笑顔とは違い、二人とも素の態度と表情で親しげなやり取りをしている。



 ジュリアーナとの関係も色々と変わった。

 この一年の間に私とジュリアーナは完全に公私を分けて接することになった。



 私がジュリアーナに自分の生みの親かもしれないという疑念を抱いて、これまでの甘えた態度を見直して礼儀正しく接しながら仲良くしようとした結果、ジュリアーナに誤解された。

 「ルリエラ、わたくし貴女に何かしてしまったのかしら?貴女の態度が余所余所しくなってわたくしと無理に距離をとるようになったように感じるのだけど。わたくしが貴女の気に障るようなことをしてしまったのかしら?それとも誰かに何か言われたの?」
 
 そのように心配そうに問いかけるジュリアーナではあったが、言葉や態度の端々から誰かが何かしたせいで私のジュリアーナへの態度がおかしくなったに違いないという犯人に対する怒りが滲み出ていた。

 私の思惑通りにはいかず、盛大にジュリアーナに誤解されてしまう結果になってしまい私は慌てた。
 正直にジュリアーナに態度を変えた理由を説明するわけにはいかず、かといって誰かのせいにすることもできない。
 私の言葉が勘違いされて誰かが犯人だと思われた場合、その人の身がとても危険な気がするので下手なことは言えない。
 私は苦し紛れに「公私の区別をきちんとつけたい」というような当たり障りの無い言い訳に逃げてしてしまった。

 その言い訳を聞いた瞬間にジュリアーナの顔から表情が消えた。私は初めて人の表情の無い顔というものを見た。この顔が無表情というものなのだと初めて知ることになった。

 一切の喜怒哀楽の無い、何の感情も浮かべておらず、取り繕って作った表情も張り付けていない完全なる「無」表情。
 全てが欠落して抜け落ちたかのようなあのジュリアーナの顔は怒っている顔よりもずっと怖かった。

 その無表情のジュリアーナが私のほうを向いて絞り出すかのようなか細い声で囁いた。

 「……それは、わたくしとは仕事だけの付き合いであって、プライベートでの付き合いはしたくないということかしら……」
 
 私は無表情の恐怖を放り投げて、大慌てで必死にジュリアーナに弁解した。
 
 自分が今までジュリアーナの厚意に甘えすぎていたこと。
 自分がジュリアーナに色々な便宜を図ってもらっているがそれに対しての感謝が足りていなかったこと。
 自分がジュリアーナに対して礼儀を欠いていたこと。
 それらを自覚して改善しようとしていたこと。
 ジュリアーナに愛想を尽かされたくなくて礼儀正しくしようとしていたこと。

 自分の未熟さを自分で説明するのは恥ずかしかったが、疑念については一切口にする気は無いので、そちらの説明だけしかできなかった。
 私は自分の甘えと愚かさと傲慢さについての反省と改善だけを説明して乗り切ろうとした。

 私の必死な弁解を聞いていくうちにジュリアーナの顔に徐々に表情が戻ってきたが、今度は不安そうな今にも泣きだしそうな顔になっていく。

 「…ルリエラはわたくしのことが嫌いになったわけではないのね?」
 
 「嫌いになんてなっていません!私はジュリアーナのことが大好きです!!でも、あのままだといつかジュリアーナに見放されるかもしれないと思ったから、変わろうとしたんです」

 必死過ぎて勢い余って告白してしまった。
 
 幸いにも私の気持ちは誤解されることなく正確に伝わり、恋愛としての好意ではなく、敬愛などの好意として無事に受け取ってもらえた。

 私は「ジュリアーナと公私共に仲良くしていきたいが、だからこそ仕事とプライベートを一緒にしてはいけない。公私を曖昧にしては仕事で甘えが出て仕事に差し障りが生ずるようになり、将来的に互いの不利益になる。だから、公私の区別はしっかりとつけないといけない」と自分の気持ちと考えをジュリアーナに伝えた。

 それからも色々とひと悶着あったが、紆余曲折あって「公私を完全に使い分ける」という方法に落ち着くことになった。

 仕事中は完全にお互いに仕事相手として接して、私情を挟まない。代わりにプライベートでは仕事を持ち込まずに完全に対等に壁や距離を作らずに接する。

 基本的には場所によって互いの公私を分けている。
 応接室や執務室は仕事場であるから仕事相手としての態度をとる。
 庭や食堂は他の客がいなくて二人きりならばプライベートの時間として対等な友として接する。

 対等な友と言うにはまだまだ私が足りていないところが多すぎて、仲の良い先生と生徒のような関係だ。

 まるで二重人格のようなジュリアーナの公私別々の顔にはなかなか慣れない。しごとの場面で厳しくする反面、プライベートの場面では堂々と私を心配し甘やかすようになってしまった。

 私はその無条件の優しさがこそばゆく感じられてしまいなかなか素直になれないでいる。

 私のその部分は時が経っても変わっていなかった。
 
 


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