私はただ自由に空を飛びたいだけなのに!

hennmiasako

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第7章 私はただ自由に空が飛びたいだけなのに

42 誘拐④ サイン

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 しかし、私の心配は杞憂に終わる。
 結局、ヨルデンは私の自己紹介の中味をスルーした。

 ヨルデンはほんの少しだけ動揺を示したが、すぐに傲慢な嘘っぽい笑顔を浮かべて動揺はその下に隠して何事も無かったかのように話を続けた。

 「さあ、これで互いに自己紹介は終わったな。それでは本題に入らせてもらおうか、

 私の自己紹介に言及することも、牽制されたことに不快を示すことも、私の拒絶に反応することもしない。
 
 自己紹介は互いにしたけど、私の自己紹介は完全に無視されている。

 私は「ルリエラ」だと名乗ったのに、それとは別の名前で私を呼ぶ。

 これは完全に舐められて、馬鹿にされて、見下されている。全く相手にされていない。対等なやり取りをする相手と認められていない。

 ヨルデンは私という人間を自分のために利用できる道具としてしか認識していないようだ。
 道具の意思や感情など気にしない。関心がない。そんなものは自分にとって何の意味も価値も無い。
 ただ自分が望むとおりに自分の役に立つかどうかそれだけが大事でそれ以外はどうでもいい。

 それは私だけではない。ヨルデンにとってはリース男爵夫妻についても同じこと。
 表面上は友人面をしているが、その下では自分の役に立つ存在かどうかを常に見定め、どのように利用できるかを常に計算している。

 リース男爵夫妻に向けるヨルデンの見下して馬鹿にしているような冷たい視線がそれを物語っている。

 態度は親しげに、口調は優しく、言葉は甘く、耳障りの良いことばかりを友人面して馴れ馴れしく語りかけている。

 リース男爵夫妻はヨルデンに気分良くさせられて、手の平の上でいいように転がされていることに気付いていない。

 初対面の私がこのヨルデンという男の人間性についてすぐに悟ることができたのは、これまでジュリアーナに他人の裏を読めるように鍛えてもらった成果でもあるが、リース男爵夫妻はこの男の本質に全く気づかずに、寧ろ全幅の信頼を寄せている。

 リース男爵夫妻は余程鈍感なのか、それとも、自分たちに都合の良いことばかり言う人間としか付き合うことをしないのか。きっと両方に違いない。

 私はこれまで平民で孤児で未成年の子どもだからと多くの人に見下されたり、軽視されたり、差別されたりしてきた。

 ただし、この男のように人を当然のように道具や駒としてしか見ない人間には初めて会う。
 貴族という人種故にそのように平民を同じ人間扱いせずに下等な生物扱いする人間もいるにはいるが、この男は同じ貴族階級のリース男爵夫妻も道具と見なしている。
 
 だから、友人という名前の道具の子どももこの男にとってはただの道具でしかない、ということのようだ。

 ヨルデンという男は貴族だからではなく、その性根故に自分以外の他人を道具としてしか見ていない。

 だから、これ以上この男相手に意地を張っても何の意味も無さそうだ。私が意地を張っても相手には何も伝わらない。何も感じてもらえない。抵抗しても無視される。それなら、無意味な抵抗はせずに黙って様子を窺おう。
 まともに取り合う気が無い相手にこちらが真剣に本気でぶつかっても徒労に終わる。そういう相手には何を言ってもやっても響かない。人間扱いする気の無い相手をこちらも人間扱いはしない。単なる有害な存在として対処させてもらう。

 私がそのようにヨルデンという男について分析して結論を出している間、ヨルデンはブリジットへ話しかけて先程中断させられた話を続けさせようとしていた。
 ブリジットは機嫌を損ねており、ごねてなかなかすぐには話を再開しなかったが、ヨルデンが上手くご機嫌を取って漸く先程と同じテンションに戻って話を再開した。

 「──それでね、やっとあたしたちのマルグリットを迎える準備ができたのよ!でも、まだ色々と手続きが必要みたいなの。それで困っていたら、ヨルデン君が手伝ってくれるって言ってくれてね。あなたをここに連れてきてくれたの!」

 突っ込みどころしかない説明をありがとう。
 そんなことを内心で吐きながら私は笑顔を貼り付けて表情を変えずにブリジットの一方的な会話に耳を傾ける。

 「だって、学園だとたくさん待たされるでしょう?マルグリットが忙しいから話も途中までしか出来ないじゃない。マルグリットも遠慮してなんだかよそよそしいし……。マルグリットは学園に束縛されて酷使されていたから大変だったのよね?でも、ここなら大丈夫よ!ここならあなたも素直にお話ができるでしょう?ここには学園の監視する人もいないからあなたは自由にしていいのよ。仕事も無いからいくらでもゆっくりと過ごせるわ!」

 学園の監視する人って誰だ?
 私のメイドのライラのことか?それとも私の助手のアヤタのことか?それとも学園の門番や応接室まで案内する事務員のことか?
 彼等は私の監視はしていない。部外者で不審者のリース男爵夫妻を警戒しているだけだ。
 それを何をどう解釈すれば私を監視している人と勘違いできるのだろうか?
 認定理術師の研究や仕事で忙しいのは確かだが、事前連絡無しで突然訪問してくる相手が待たされるのは当然のことだ。それが嫌なら事前に連絡をして面会の約束を取り付ければいい。
 私は自分の意思で認定理術師となり学園で働いている。そこから無理矢理攫ってこんな場所に拉致しておいて「助けてやった」とでも言うかのような態度には呆気にとられてしまった。
 
 流石に呆れた表情を一瞬だけ浮かべてしまったが、すぐに笑顔を貼り付け直した。
 幸いにも一方的に喋っているブリジットは私の様子には一切気を払ってはいないので何も気付かずにそのまま話し続けている。

 「そうそう、マルグリットがあたし達と家族になるためにこの書類にサインをしてほしいの。ここよ、ここ!ほら、早くサインしてちょうだい‼」

 ブリジットは卓の上に最初から用意されていた用紙を指差して私に問答無用でサインするように迫る。
 
 ご丁寧にペンもインクも準備万端に揃えてあり、すぐにサインができる状態だ。

 私はその用紙を凝視して、書かれている最初の文章を読み上げる。

 「……親子関係、確認書?」

 ざっと見ていくと要は「リース男爵夫妻は私の実の両親であることを私自身が認める」という内容のようだ。
 リース男爵夫妻側からも「私がリース男爵夫妻の実の娘であることを認める」とサインがしてあり、本人同士が互いに親子関係があることを保証し合う書類のようだ。

 「これは戸籍手続きで必要な書類なんだ。マルグリットの戸籍を僕たちのところに戻すために国に提出するんだよ。だから、早くサインをしなさい」

 リース男爵はそんなことを一方的に説明して私に早くサインをするように迫ってきた。

 勿論、こんなものにサインをする気は全く無い。しかし、良い断る口実もすぐには思い浮かんではこない。
 学園では強気にはっきりと拒否できるが、ここでは圧倒的に誘拐されてきた私の立場が弱い。だから、なるべく穏便に断るか、全く別の話で逸らすかして逃げなければならない。

 私は困り果てて視線を彷徨わせる。
 
 すると、ブリジットの派手なドレスのせいでさっきまで気付かなかった胸元のシンプルなネックレスに目が留まった。
 そのネックレスは私には見慣れたものだ。
 それは誘拐されるまで私が着けていた私のネックレスだった。


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