私はただ自由に空を飛びたいだけなのに!

hennmiasako

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第7章 私はただ自由に空が飛びたいだけなのに

43 誘拐⑤ ネックレス

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 ブリジットの胸元で揺れているネックレスは黒みがかった青い色の球体のガラス玉だ。
 夜空を閉じ込めたかのような深く複雑な黒と青が混ざり合っている。
 その球体の中には星が瞬いているかのようにキラキラと輝く小さな欠片が入っている。
 まるで星空を封じ込めているようなガラス玉が銀の細いチェーンの先にペンダントトップとして付けられている。
 上品で繊細で美しいアクセサリーだ。

 その特徴的なネックレスは先日ジュリアーナが学園で行われた発表会の成功を祝って私に贈ってくれたものだ。
 見間違えるはずがない。

 ブリジットが偶々私と同じネックレスを持っていたということもあり得ない。

 このガラス玉はアジュール商会で数か月後に売り出す新商品であり、まだ世の中には一つも出回ってはいない。

 他のガラス工房で同じような物を作っていて、それをブリジットが持っていたということもあり得ない。

 この装飾品となるガラス玉の開発には私も協力をしている。
 ガラス玉の中に銀箔を入れることを提案したのは私だ。
 私がジュリアーナにアクセサリーになるガラス製品の情報の一つとして、銀箔入りのガラス玉の簡単な製作方法などの前世の記憶のことを「現在では途絶えた技法だと学園の書物に載っていた」と偽って伝えた。

 私としては不純物を含むガラスは理術の媒体としては質が落ちるので、あまり興味は無かった。でも、少しでもジュリアーナの役に立てばいいなと話のネタとして提供しただけだった。
 
 それを製品化までこぎ着けたのは職人の試行錯誤の結果とそれを支援したジュリアーナの成果だ。
 私は並みの宝石よりも美しい品を作り上げた職人とジュリアーナに感動した。

 だから、この世界ではまだ誰もこのガラス玉の存在を知らない。存在を知らない物は誰も作ることはできない。作ることができるのは私がこのガラス玉の存在と製法を教えた人間だけだ。

 流石に同時期に偶然に閃いて銀箔入りのガラス玉を職人が製作し、それを先に商品化したということは考えられない。
 
 このガラス玉は「星空ガラス」と名付けられた。

 私がジュリアーナにネックレスをお祝いとして贈られたとき、そのネックレスを一目見た瞬間に「まるで星空がこの中に封じ込められているようだ」と感嘆の言葉をつぶやいたことから、その名が商品名となった。

 そんな思い出の品だ。絶対に見間違うはずがない。

 このガラス玉は天然の希少性の高いダイヤモンドなどの宝石よりは安いが、よく産出される水晶などよりは高価な品物だ。
 一流の職人の手による完全手作りの一点もの。
 人工的に作られるガラス製品と言えども、決して安くはない。

 しかし、私にとっては値段の問題ではない。
 自分が買ったものであるならば諦めもつく。
 しかし、職人の努力の結晶であり、ジュリアーナから感謝と祝福と共に贈られた心が籠った大切な思い出の品物だ。
 易々と手放せはしない。他人に自分から譲渡するなど論外だ。

 これは感情的な問題だけではない。
 現実的な問題として、このガラス玉は取り返したい。絶対に取り返さなければならない。

 理術の媒体としては内部に不純物が入っている不良品ではあるが、媒体としては問題なく使える。
 媒体があれば理術の持続力、威力などを数倍にしてくれる。
 内部に不純物が混ざっている場合、媒体としての耐久性が著しく下がってしまい、媒体として数回利用してしまえばこのガラス玉は粉々に砕け散ってしまうだろう。

 それでも、媒体を持っていないよりも、持っている方がずっと脱出の成功率や身の安全性が高くなる。

 感情的な面からだけでなく、この現状を打開するための手段としても、何とかして取り返したい。

 当然、贈り物を媒体として利用することには抵抗があるが、そんなことを言っていられる状況ではない。
 
 贈ってくれた人の気持ちを大事にしたい、壊したくない、壊して傷つけたくない、という自分の気持ちよりも、現状の打破を優先するべきだ。
 綺麗事や自己満足よりもこの危機的状況を脱するために最善の手段を尽くさなければならない。

 職人やジュリアーナに遠慮して、贈り物を媒体として使用せずに大事に持ったまま行方不明になるよりも、贈り物を使ってでも無事に帰ってくる方が絶対に喜んでくれる。

 贈り物を壊しても許してくれると信じている。
 贈り物が私の助けになったら喜んでくれると信じている。
 贈り物を私がわざと壊したと疑わないことを信じている。

 これは私の甘えだ。
 だからこそ、私はブリジットからネックレスを取り返し、それを使ってここから逃げ出して学園に帰り、必ずジュリアーナと再会する。
 そのためには手段は選ばない。

 どうにかして理術の媒体として逃げるために利用することに気付かれないようにして、ブリジットから上手いこと言って取り戻さなければならない。

 しかし、他人の所有物を盗み、その本人の前で堂々と身に付けることができるというブリジットの神経が理解できない。
 この女は一体何を考えてこんなことをしているのだろうか。

 百歩譲って、誘拐犯が誘拐した相手の身ぐるみを剥がして高価なものを奪い取ることは理解できる。
 素敵な宝石が目の前に無防備に置かれていて欲しくなって盗んでしまう気持ちも分からないこともない。

 きっと私の身ぐるみを剥がして、その荷物をまとめていた部屋にブリジットが入り、そのネックレスを見つけてそこでくすねてきたのだろう。

 でも、ブリジットはなぜそれを懐に隠すのではなく、堂々と持ち主の前で身に付けているのかが本当に分からない。

 私はどれだけ考えてもブリジットの意図が分からないので、直接尋ねてみた。

 「……あの、リース男爵夫人、その胸元の石は?」

 「ああ、これね!素敵でしょう!こんな不思議な石これまで見たことないでしょう?あたしにとっても似合っていると思わない?」

 いいえ、全然似合っていません、と言いたいが曖昧に微笑み沈黙を貫いた。

 本当に濃いピンク色と白色のフリフリの派手なドレスを着ているブリジットには、シンプルな黒い球体のネックレスは似合っていない。
 ドレスに負けて、ネックレスが埋もれて消えている。

 ブリジットは悪びれもせずに私に見せびらかすようにして自慢している。

 まさかブリジットはそのネックレスが私の物だと気付いていないのだろうか?
 私はそのネックレスを常に服の下に隠して着けていたので、私がそのネックレスを着けていたことは私とライラとアヤタとジュリアーナしか知らない。

 私は困惑しながら自慢気なブリジットへ問いかけた。

 「……とても素敵なネックレスですね。そのネックレスはどこで手に入れられたのですか?」

 「そ、そんなのどうだっていいでしょう!?これはあたしの物なんだから!!」

 ブリジットは突然声を荒げてネックレスを隠すように胸元を押さえる。

 その反応でブリジットはネックレスが私の物だということを知っていると確信できた。
 ブリジットは私に取り返されるかもしれないという不安や恐怖を怒りに変えて誤魔化している。

 しかし、益々ブリジットが持ち主である私に見せつけるようにしてネックレスを着けていることが理解できなくなった。

 取り返されたくないなら、黙ってこっそりネコババして隠し持っていればいいのに、なぜそうしなかったのか?

 しかし、そんなことは今は問題ではない。
 問題はどうやってブリジットから私のネックレスを取り返すか、その一点だけだ。

 幸いにも書類のサインから話題を逸らすことには成功した。

 このままネックレスに注目を集めて、全員からサインのことを意識の端へ追いやって何とかやり過ごそう。

 私はそう決心してブリジットが隠している胸元のネックレスに視線を注ぎ続けた。


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