私はただ自由に空を飛びたいだけなのに!

hennmiasako

文字の大きさ
251 / 261
第7章 私はただ自由に空が飛びたいだけなのに

90 茶飲み話

しおりを挟む
 ジュリアーナからの説明で私が誘拐されていた時に何があったのか粗方把握はできた。

 話が一通り済んだところで私とジュリアーナはすっかり冷めてしまったバームで喉を潤して一息つく。

 良い豆で丁寧に淹れられたバームは冷めていても飲められる味だ。しかし、やはり淹れたての熱いバームの味には劣る。

 そんなことを考えていたら、タイミングを見計らったかのように部屋の外から淹れたてのバームと氷菓をメイドが持ってきてくれた。

 超能力でもあるのかと疑うくらいに素晴らしいタイミングだ。

 私とジュリアーナは熱いバームと冷たいミルクアイスを味わいながら先程までの重い話とは異なり、他愛ない会話をのんびりと交わす。

 そうした会話の中で、突然ジュリアーナがどうでもよいことのようにリース男爵家のことを話題に上げた。

 「そう言えば、リース男爵家のことだけど、内々で取り潰されることが決定したわ。まだ正式には決まってはいないのだけれど、あの二人は爵位と貴族の地位を剥奪されて、身分を平民に堕とされてから処罰されることになるから、死刑とまではいかなくても最低でも30年くらいは平民用の犯罪者施設に収監されることになるでしょうね」

 ジュリアーナはそう言った後にアイスを掬って一口食べたが、私はアイスを口に運ぼうとしていた手が止まってしまった。

 この国では犯罪を犯した時の身分で裁かれるのではなく、裁かれるときの身分で適用される法と刑罰が決まるようだ。

 平民用の犯罪者収容施設は強制労働を課される。人里離れた炭鉱などで手枷と足枷を着けたままで奴隷のように働かされる。そんな環境と状況で30年も生き永らえることはほぼ不可能だ。実質終身刑に近い刑罰だ。

 私は行儀が悪いと思いながらも、アイスを載せたスプーンを口には運ばずに皿に戻した。 

 「‥‥もし、貴族として今回の件の処罰を受けたらどのような刑罰を受けることになるのですか?」

 何と言えばいいのか分からなかった私はどうでもいいことをジュリアーナに尋ねてしまう。

 ジュリアーナは再びアイスを一口食べた後、口の中のアイスが溶けると私の質問に真面目に答えてくれた。

 「そうね‥‥、貴族であるなら自分よりも爵位が低い相手の一族を誘拐、監禁、暴行、脅迫などしたら、爵位差にもよるけれど、相手への賠償金の支払い程度で済むでしょうね。自分よりも爵位が高い相手の場合は普通に爵位の剥奪になるかしら?あまり、貴族間でのこういう事件は表沙汰にはしないことが多いから詳しくは分からないわ。貴族同士の問題で国に訴えでて公式に処罰してもらうとなると国を巻き込むことになり、国力の低下にも繋がってしまうこともあるから‥‥」

 ジュリアーナは私の質問に正確に答えられないことを謝るように申し訳なさそうに私を見た。

 私は慌てて首を振ってジュリアーナへ感謝を述べる。

 「い、いいえ!教えてくださってありがとうございました。私がこの国の刑法について何も知らなかったので安易に聞いてしまいました。今度、学園の刑法の講義を受けるか、本を読むかして自分でしっかり勉強しておきます」

 自分が知らないことを相手に聞いて簡単に答えを得ようと楽するなんて相手の知識の搾取でしかない。
 まずは自分で調べるなり、勉強するなりして努力するべきだ。

 私は自分の無知ではなく、楽をしようとした怠惰を恥じた。

 知らないことはお互い様なのに、尋ねた側へ尋ねられて答えられなかった側が謝る必要なんてどこにもない。
 ジュリアーナは法律の専門家でも私の先生でも無いのだから、何でも教えてくれるとジュリアーナに甘えすぎていた私が悪い。

 ジュリアーナは私の態度に気を悪くした様子もなく、「勉強して知ることができたら、今度わたくしに教えてね」と優しく笑ってくれた。

 私はジュリアーナの微笑みにひと安心して、先程食べかけたアイスを再び口へと運んだ。

 ジュリアーナはバームの入ったカップを手に持って話しかけてきた。

 「それでね、あの二人は今はまだ裁判を待っている状態で首都の牢屋に入れられているの。今ならまだ面会は可能なのだけれど、ルリエラはあの二人に会いたい?今のこの機会を逃せば2度とあの二人と会うことはできなくなるわ」

 そう私に告げた後、ジュリアーナは優雅にバームを飲んだ。

 私は口にスプーンを入れた状態で固まってしまった。

 ジュリアーナからの思いもしなかった提案に私は思考だけでなく肉体まで停止してしまう。

 ジュリアーナがカップを音を立てずにテーブルに戻した頃にやっと口からスプーンを引き抜いて皿に置いた。

 肉体が動いたのと同時に思考も動き出したが、答えは考えるまでもなく既に決まっている。

 「‥‥ジュリアーナ、私はリース男爵夫妻には会いたくありません。いえ、会う気がありません。あの二人に会う意味も必要もありません。何の用事も無いのにわざわざ会おうとは思いません」

 私はジュリアーナの目を見てはっきりとそう告げた。

 「そう、分かったわ」

 ジュリアーナはそれ以上は何も言わずに再びバームを飲んだ。

 私もそれ以上は何も言わずに黙ってアイスを食べた。

 それからは再び他愛もない内容の会話で盛り上がった。

 私は内心で安堵していた。

 ジュリアーナがリース男爵夫妻のことを茶飲み話として軽く扱ってくれたことに救われた。
 
 もし、真剣な真面目な話として取り上げられていたら、あんなに簡単に流せなかったかもしれない。
 腐っても産みの親なのだから、最後にもう一度会うべきか、もっと話すべきか、何か伝えるべきか、そんなことをいろいろと考えて悩んだと思う。
 
 ジュリアーナのおかげで深く重く慎重に考えることをせずに浅く軽く雑に扱うことができた。
 そうすることが許された。自分へ許すことができた。

 私の中には産みの親へ何の情も無く、期待も無く、望みも無い。
 社会的にも親子関係は認められていない。
 だから、赤の他人として、今回の事件の単なる加害者として扱っていいはずだ。
 それなのに彼らをそのように扱うことに心のどこかで罪悪感を覚えてしまう自分がいる。

 やはり、産みの親のことをまだ完全には割り切れていないようだ。
 頭や感情では割り切れているのに、無意識の部分ではまだ親への捨てられない義務感や責任感のようなものが残っている。
 それらから解放されるにはまだ時間がかかりそうだ。

 ジュリアーナはそんな私に配慮して、全く何の配慮もしていないように装って私の重荷にならないようにリース男爵夫妻の話をしてくれた。

 私はそんなジュリアーナの気遣いに感謝しながらも、ジュリアーナの望み通りにその気遣いに気付いていないように振る舞った。

 それが今の私にできる精一杯の恩返しだ。
 
 



 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

ウォーキング・オブ・ザ・ヒーロー!ウォークゲーマーの僕は今日もゲーム(スキル)の為に異世界を歩く

まったりー
ファンタジー
主人公はウォークゲームを楽しむ高校生、ある時学校の教室で異世界召喚され、クラス全員が異世界に行ってしまいます。 国王様が魔王を倒してくれと頼んできてステータスを確認しますが、主人公はウォーク人という良く分からない職業で、スキルもウォークスキルと記され国王は分からず、いらないと判定します、何が出来るのかと聞かれた主人公は、ポイントで交換できるアイテムを出そうとしますが、交換しようとしたのがパンだった為、またまた要らないと言われてしまい、今度は城からも追い出されます。 主人公は気にせず、ウォークスキルをゲームと同列だと考え異世界で旅をします。

俺に王太子の側近なんて無理です!

クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。 そう、ここは剣と魔法の世界! 友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。 ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

処理中です...