虚飾と懸想と真情と

至北 巧

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10 親近

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 大我と航一朗は、ほぼ会話をせずに課題に取り組んだ。
 その間南方は家事をこなしながら、かたわらでノートパソコンを開き文書の作成をしていた。
 大我は数学に飽きると、現代国語の課題を広げる。

 会話がなくても、心が浮かれる。
 学校ではない空間で南方と時間を共有している。
 手を伸ばせば届く距離で、真剣な表情の南方をいつでも視界に入れることができる。

 正午を過ぎると南方の運転でコンビニへ行き、昼食を買ってもらった。
 戻って昼食を摂り休憩すると、課題に取り掛かるのが億劫になる。

「もう今日のぶん、勉強終わったんじゃないかな」

 やる気を見せない大我を、南方がたしなめる。

「受験生の前でそんなこと言わないでよ」

「受験はさぁ泉と同じとこ行きたくて頑張ったけど、夏休みの宿題とか、なんかやる気出ないんだよね」

「大学は、どうするの?」

「泉と同じとこに行く」

「じゃあ多分、赤点なんか取っていられないね」

 確かに、泉はアナウンサーになりたいと言っている、それなりの大学に進むのだろう。
 大学まで追いかけるのは無理かと思うと、更に勉強する意欲が湧かなくなった。
 南方はため息混じりに言う。

「そんなに部長が好きなら、あまり困らせないでやってよ」

 困らせたくないから、嫌がったらちゃんとすぐに手を引いていた。
 南方が知り得るほど、泉は困っていただろうか。
 思い返していると、航一朗が会話に混ざってきた。

「泉って人は、白石さんの彼女なの?」

 幼馴染の異性のように聞こえたのかも知れない。
 恋人になれていたのなら、嬉しいのだが。

「違う。付き合ってって言っても付き合ってくれないし。そもそも女じゃないし」

「お、おぉ。白石さんかっこいいね」

「みなちゃんもだよ、付き合ってくんないの」

「え」

 航一朗は二つ年下だが、どこか好感が持てる。
 惚れるような包容力はないが、抵抗なく接してくるのでこちらも打ち解けやすい。
 いつも以上に好き勝手に話したくなる。

「甥っ子の前でそう言う話しないで欲しいなぁ」

 南方は渋面を見せた。
 その表情が、なぜか心をくすぐる。
 航一朗は驚いたのは一瞬で、南方に対して少し意地悪そうに笑いかけた。

「けいちゃんは、先生になったせいで恋人とかできないんだもんね」

「なにそれ」

 南方が渋面のまま航一朗に問う。

「大勢に平等に愛情注いでるせいで一人に絞れなくなったって、ばあちゃんに言ってたの聞いたことある」

「なんで聞いてるのかな……。あれは、母さんが結婚どうこうしつこいから、適当に言い逃れしただけなんだけど」

「違うの?」

「生徒の前でそう言う話しないでよ」

 教師ではない私的な南方の姿に、大我は和むような惹かれるような感覚を覚えた。
 今まで少し遠く感じていたかも知れない。
 この自然体の南方が良い。
 そしてもし彼が、まだ誰も愛していないのなら、自分が一番に愛されたい。
 まだ誰にも愛されていないのなら、自分が一番に愛したい。

 南方に強制的に話を切り上げられて、大我は航一朗と共に再び勉強に取り掛かった。
 昨日も大して課題が進まなかった、この機会に進めておくのも悪くない。

 休憩を挟みながら課題を消化し夕方五時を過ぎると、自転車で来た航一朗はまた来ると言って早々に帰っていった。
 外で一緒に見送っていた南方が、大我を見る。

「白石は車で送るよ」

「なんでだよ、帰りたくないに決まってるだろ」

 泊まるつもりはないが、とにかく帰る気にはなれない。
 南方は目を細めて困惑の表情を見せた。

「いや、もう少ししたら送るから」

 南方が玄関に踵を返す。
 大我は無言でその背中を追った。

「僕七時から団地の集会に行かないといけないから、今日は長居できないよ」

「えー、大変だね、みなちゃん」

 和室に戻ると南方の作っていた資料を眺める。
 先ほどは学校の資料を作っていたが、回覧板のようなものもある。

「今日じゃなければ、長居していいの?」

 大我はノートパソコンの前に座った南方の背中しなだれかかると、彼の身体に腕を回した。

「いや、遅くても七時には家に着くように帰ってもらうよ」

 顔が見えないが、多分全く動じていない。
 拒否するでも緊張するでもなく、だからと言って大らかに受け入れてくれているわけでもなく。
 恐らく教師として、生徒を否定しない姿勢を貫いているだけ。
 それでは、駄目だ。

 大我は南方の肩に手を置くと正面に回り込み、南方の唇に唇を重ねた。
 南方はすぐに身を引いて唇を離す。
 大我はバランスを崩して南方の膝に転がり落ちた。
 膝の上から、南方を気だるく見上げる。
 南方はまだ、平静な表情をしていた。

「こういうのは、お互いが好きな者同士ですることでしょう」

「俺のこと、好きにはなれない?」

 南方が、ため息をつく。

「あー、好きだけど、恋人になりたいっていう好きとは違う」

 好きだと、言ってくれた。
 恋人とは違うと言われても、可能性はゼロではない気がする。
 身を焦がされる思いがする。
 南方を見つめる。
 表情がない。
 なんとも思っていないのか、感情を悟られないようにしているのか。

 大我はゆるゆると身を起こす。
 南方の顔を見据えると、更に間合いを詰めて彼の太腿に手を添えた。

「俺、みなちゃんのこと大好きだから、みなちゃんのためならなんでもするよ」
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