虚飾と懸想と真情と

至北 巧

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11 不和

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 大我は南方の心の動きを読み取ろうと、彼を凝視する。
 今まで手応えのない相手にこのようなことをしたことはない。
 だが帰宅してしまえば、明日からは顧問の南方に戻ってしまう。
 教師の体を保っているが普段より私人に近い南方に、早く、強く、抱擁されたい。

「なんでもしてくれるなら、恋人でもないのにキスをするのはやめてくれる?」

 南方も大我の動向を探るように目を細める。
 瀬峰や青葉はキスをしただけで自分を愛してくれたのに。
 やはりまだ、時間が足りていない。

「どうして、こういうことするの?」

 南方の問いに、わずかに苛つく。
 大好きだからと言っているのに、なぜ理解してくれないのか。
 それでも質問に律儀に答えてやる。

「こういうことすると安心するし嬉しいし、気持ちいいの、わかんないかな……」

  彼の太腿に置いた手を撫でるように動かすと、手首を掴まれる。

「やめなさい。恋愛は、相手の気持ちも考えないと成り立たないんだよ。全てが自分の思い通りにはいかないからね」

「考えてるだろ。みなちゃんのこと好きだから、手と口で気持ち良くしてあげるって言ってる」

 目を逸らさず、甘ったるく言い寄る。
 それでも南方は表情を変えない。

「ちょっとそれは、おかしいよ。自分に置き換えて考えて。白石は恋人でもない相手にこんなことされたら、どんな気分になる?」

 近づきたいのに、遠のいている。
 教師みたいなことを言う。
 身体に触れているのに。
 いつでも再びキスできるほど近くにいるのに。

「説教してんの? 俺は俺を愛してくれるなら、相手が誰でも嬉しいけどね!」

 大我が苛立ち混じりに強く言い放つと、南方はゆっくりと大我を抱きしめた。
 多分愛しいからではなく、この家に到着したときのような、憐憫の情で。

「恋愛にまで突き詰めなければ、白石を好きになる人は結構いるんじゃないの? 航一朗だって、白石のこと気に入ったんだと思うよ」

 頭のすぐ横から諭すように南方が言う。
 恋愛まで突き詰めるなと言われても、その穏やかな声が心を震わせる。

「学校の話とか、僕がなにを言っても返事しなかったのに、白石には自分から話したからね。僕も感謝してるんだよ」

 やおら顔を南方に向けると、彼もこちらを窺う。
 表情のないその横顔を見ても、惹かれるという感情しか湧き起こらない。

「俺、みなちゃんに抱かれたい」

 南方が怪訝な表情を見せ、身体を離す。

「話聞いてた?」

「聞いてても、それしか考えられない。俺が抱く方でもいい。俺、どっちもできるから」

 南方が、震えるため息を吐く。
 表情が、一層険しくなる。
 考え込むように目を瞬かせて、しばらくしてから口を開いた。

「その相手とは、もうお付き合いしていないの?」

「どっちも付き合ってるよ」

「相手は本当に愛している大切な人なの? 大切な人なら、他の人とお付き合いしたり他の人に言い寄ったり、できないよね」

 南方の語調に違和感を覚える。
 静かなことに変わりはないが、なにか、違う。
 優しくない、気がする。

「すごい愛してて、大切にしてる」

「してないからね。複数の人とお付き合いするのは、不誠実だし、感染症のリスクもあるんだよ」

「でも、足りないから」

「なにが」

「俺はもっとたくさん愛されたいし、愛したい」

 それは良からぬ想いではないはず、なのに。

「全てが自分の思い通りにはいかないんだよ。僕なら白石のような不誠実な人とは、付き合いたくない」

 南方の言葉とは、思えなかった。
 聞かれるままに答えてきたが、南方の言葉は諭すようでいて、いつの間にか穏やかな響きでははなくなっている。
 大我は無言で南方の様子を窺う。
 どこか記憶にある、この感じ。

「理解できた? 不誠実なことをしていたら、愛されたくても、愛してもらうことはできないよ」

 理解、できた。
 己の考えを押し付けて行動を束縛し、大我に情をかけるでもなく、むしろ遠ざけようとする。
 同じだ、父親と。

「もういい」

 大我は立ち上がって、南方を見下ろす。
 こんなに強く求めても、なにも返ってこない。
 南方が、遠い。

「もう、諦めた」

 乱暴に荷物をまとめる。
 南方も立ち上がる。

「送るよ」

「いい」

 南方の顔を見ずに、彼の家を出る。
 バスの停留所に向かい、一度だけ振り返る。
 道路は暑いばかりで、何者の姿も見えなかった。
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