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22 他出
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一度調子が良かったからといって、そのまま浮上はしなかった。
次の日の朝も大我は、布団の中で涙をこらえて震えていた。
南方はかたわらに座り、横たわった大我の頭を撫でる。
「村田ってヤツ、今どうしてる?」
「ちゃんと学校に来てるよ。一カ月でギプスが取れて、今はほとんど普通に生活してる。若いから回復が早かったみたいだね」
今日は自分の過ちを悔いていた。
別件で悲しいことがあったからといって、過ちをなかったことにもさせられない。
だがむやみに自責の念を深める必要もないと感じ、事実だけを告げた。
「ごめんなさい」
「村田に?」
「そう。みなちゃんにも」
村田は結局、最後まで友人と喧嘩をしたとしか言わなかった。
村田に、大我に、なにがあったのか全くわからないのでなにも言えないが、悔いているのなら同じ過ちは犯さないだろう。
しばらく頭を撫でていると、大我が撫でる手のひらを軽く掴んだ。
「みなちゃんに抱きつきたいのに、動く気力がない。なんか、つらい」
言われてみると、過去は何度か大我のほうから抱きついてきたが、ここに来てから大我が抱きついてきた記憶がない。
酷く行動意欲がそがれているようだ。
今日は買い物にでも行こうかと言ってあったが、動けるだろうか。
たずねようとしたが、こちらから提案したほうが良いのではないかと、ふと考える。
出かけることができるかと聞いて大我が出かけたくないと言ったなら、それがつらいと感じるのではないか。
「買い物に行こうって言ったけど、元気がないからドライブにしようか。もし気になるところがあったら、ちょっと寄ってもいいし」
「それいいね。デートみたい」
その提案は、正解だったようだ。
大我の声音が、少し晴れる。
その後大我をしばらく休ませて、ゆっくり朝食をとってから家を出る。
十月上旬、秋晴れの朝は日差しを浴びるだけで気持ちも上向く気がする。
車に向かうと、小型犬を連れた団地の住人が通りすがり、声をかけてきた。
六十前後の話好きなその女性は、助手席側に立つ大我を見て、首をかしげる。
「あれ、壮真くんの息子さん?」
「いえ、二年前に卒業した生徒です。今週から部屋を貸してるんですよ。よろしくお願いしますね」
南方が紹介すると、大我も名乗って挨拶をしながら、しっかりと頭を下げる。
それは意外だとは思わなかった。
挨拶のできる子だということは、知っている。
女性は笑顔で挨拶を返すと、なにかを思い出したように南方に向き直った。
「圭紀くん、古川さんちの庭木がねぇ、道路にはみだしていて、車ひっかけそうなんだけど。切ってもらったほうがいいよね?」
「そうですね、僕も後で見てきます」
「助かるわぁ、お願いね」
散歩をせかす子犬に引かれるように、女性は去っていった。
その後ろ背中を見送りながら、大我は南方に歩み寄る。
「そうまって誰?」
「僕の兄だよ」
「あぁ、航一朗だと思われたのか。ねー、みなちゃん、圭紀くんって呼ばれてるんだね」
含み笑いをしながらたずねてくる。
少し、気恥ずかしい。
「小さいときからここに住んでたからね。あのさ、なんで笑ってるの?」
「なんかね、先生じゃないみなちゃん面白い」
おかしいではなく、興味深いという意味だろうか。
それよりも。
家から少し出ただけで、だいぶ大我にとって気晴らしになっているように感じる。
家で休ませるよりも、外出させたほうが良いのかも知れない。
大学へは行きたくないのか、もしくは停学や退学になっているのか、行こうとする様子が見られなかった。
「じゃあ、出ようか」
運転席のドアを開けると、大我は不思議そうな顔を見せた。
「え、木、見に行かないの?」
「帰ってから行くよ。最初に白石と約束してたんだから」
「いいよそんなの、俺も見に行きたいし。俺ここに住んでるのに、このへんどうなってんのかわかってないからさ」
そうだ、泊めているのではなく、大我はここに住んでいる。
落ち着いたら出て行くのか、しばらくここにいてくれるのかわからない。
自分が長年暮らしてきた場所に興味を持ってくれるのが、なぜか嬉しかった。
「じゃあ、行こうか」
笑顔で返し車をロックして、南方は道路へ歩み出た。
南方の住む住宅団地は四十年以上前に分譲された、百世帯ほどが暮らす静かな場所。
目的地にはすぐに到着し、家主に声をかけると、通行に支障があるぶんだけ自分が切ってしまって構わないかと申し出る。
道具を借りて大我の協力を得ながら、すみやかに作業を終える。
礼に缶コーヒーを受け取って自宅に引き返しながら、大我はまた、小さく笑った。
「みなちゃんかっこいいね」
「え、なにが?」
「うちも団地だったから、こういうことできるのすごいって、わかるよ。あぁ、あと顔もかっこいい」
唐突に気恥ずかしいことを言われ、南方は照れで口もとを隠した。
「かっこいいは、初めて言われた気がするな」
「そーなの? おかしいなー、俺は大好きなんだけど」
真面目にそう言っているようで、不可解だと思う一方、かすかに浮つく。
大我にそう思ってもらえていることが、どこかくすぐったい。
会話をしている間に、自宅に到着する。
立水栓で手を洗っていると、再び散歩中の年配の女性に話しかけられた。
先ほどと同じように航一朗と勘違いされたので大我を紹介すると、女性は南方との間を詰めて、声をひそめた。
「鳴瀬さんちのお子さん、圭紀くんの高校でしょう?」
「あー、ちょっとわからなかったなぁ」
鳴瀬は、二、三年前に団地に越してきたばかりの家庭。
会話をしたことはないが、集まりには顔を出していたように思う。
「学校にちゃんと行ってるのかなって、気にしてたんだけどね。どうだろうね?」
「一年生ですよね、僕も気にしておきます」
息子が転校早々中学校で問題を起こしたと、過去に聞いていた。
週明けに確認すると言うと、女性は散歩を再開し、南方は大我に顔を向けた。
「ごめんね、出ようか」
やっと車に乗り込んで、エンジンをかける。
助手席に乗り込んだ大我は、待たせたにも関わらず疲労したり気分を害したりしてはいないようだ。
「なんかみなちゃん、頼まれごと多いね」
確かに、いつも挨拶のついでになにかしら相談事をされる。
「学校の先生してると、頼られちゃうみたいだね」
それは教師であった父親がここに住んでいた頃からの風景で、あまり多いとは感じていなかった。
「ねぇ、頼られて大変?」
頼っている身である大我が、苦労をかけていないかと心配してくる。
だが。
「頼られるのは、僕は嬉しいよ」
誰かが困っていることは悲しいことで、誰かの力になれることは嬉しいこと。
これは、そうするべきだと自分に課していることではなく、自発的な思い。
そう伝えると、
「よかった」
大我は安心した微笑を浮かべた。
ようやく車を出そうとギアを入れる。
すると、今度はスマートフォンが鳴った。
大我に詫びながら電話に出ると、同級生から遊びの誘いの電話。
今日は用事があるからと断り電話を切ると、今度は少し、大我が気分を害している。
「みなちゃんちょっと、人気者過ぎない?」
「そんなことないよ。平日は学校行ってるから、付き合いが土日に集中するんだよ」
苦笑しながら車を出す。
出かける前の出来事が気晴らしになったのか、大我は買い物の際も車を降りて同行し、荷運びなどを手伝った。
ドライブなどあまりしたことがないので、これだけでもとても楽しいと、大我は運転席の南方を見て何度も喜びの笑顔を見せる。
特別ななにかなどなく娯楽に出向いたわけでもない休日だったが、南方にとっても、今までにないような心地の良い一日だった。
次の日の朝も大我は、布団の中で涙をこらえて震えていた。
南方はかたわらに座り、横たわった大我の頭を撫でる。
「村田ってヤツ、今どうしてる?」
「ちゃんと学校に来てるよ。一カ月でギプスが取れて、今はほとんど普通に生活してる。若いから回復が早かったみたいだね」
今日は自分の過ちを悔いていた。
別件で悲しいことがあったからといって、過ちをなかったことにもさせられない。
だがむやみに自責の念を深める必要もないと感じ、事実だけを告げた。
「ごめんなさい」
「村田に?」
「そう。みなちゃんにも」
村田は結局、最後まで友人と喧嘩をしたとしか言わなかった。
村田に、大我に、なにがあったのか全くわからないのでなにも言えないが、悔いているのなら同じ過ちは犯さないだろう。
しばらく頭を撫でていると、大我が撫でる手のひらを軽く掴んだ。
「みなちゃんに抱きつきたいのに、動く気力がない。なんか、つらい」
言われてみると、過去は何度か大我のほうから抱きついてきたが、ここに来てから大我が抱きついてきた記憶がない。
酷く行動意欲がそがれているようだ。
今日は買い物にでも行こうかと言ってあったが、動けるだろうか。
たずねようとしたが、こちらから提案したほうが良いのではないかと、ふと考える。
出かけることができるかと聞いて大我が出かけたくないと言ったなら、それがつらいと感じるのではないか。
「買い物に行こうって言ったけど、元気がないからドライブにしようか。もし気になるところがあったら、ちょっと寄ってもいいし」
「それいいね。デートみたい」
その提案は、正解だったようだ。
大我の声音が、少し晴れる。
その後大我をしばらく休ませて、ゆっくり朝食をとってから家を出る。
十月上旬、秋晴れの朝は日差しを浴びるだけで気持ちも上向く気がする。
車に向かうと、小型犬を連れた団地の住人が通りすがり、声をかけてきた。
六十前後の話好きなその女性は、助手席側に立つ大我を見て、首をかしげる。
「あれ、壮真くんの息子さん?」
「いえ、二年前に卒業した生徒です。今週から部屋を貸してるんですよ。よろしくお願いしますね」
南方が紹介すると、大我も名乗って挨拶をしながら、しっかりと頭を下げる。
それは意外だとは思わなかった。
挨拶のできる子だということは、知っている。
女性は笑顔で挨拶を返すと、なにかを思い出したように南方に向き直った。
「圭紀くん、古川さんちの庭木がねぇ、道路にはみだしていて、車ひっかけそうなんだけど。切ってもらったほうがいいよね?」
「そうですね、僕も後で見てきます」
「助かるわぁ、お願いね」
散歩をせかす子犬に引かれるように、女性は去っていった。
その後ろ背中を見送りながら、大我は南方に歩み寄る。
「そうまって誰?」
「僕の兄だよ」
「あぁ、航一朗だと思われたのか。ねー、みなちゃん、圭紀くんって呼ばれてるんだね」
含み笑いをしながらたずねてくる。
少し、気恥ずかしい。
「小さいときからここに住んでたからね。あのさ、なんで笑ってるの?」
「なんかね、先生じゃないみなちゃん面白い」
おかしいではなく、興味深いという意味だろうか。
それよりも。
家から少し出ただけで、だいぶ大我にとって気晴らしになっているように感じる。
家で休ませるよりも、外出させたほうが良いのかも知れない。
大学へは行きたくないのか、もしくは停学や退学になっているのか、行こうとする様子が見られなかった。
「じゃあ、出ようか」
運転席のドアを開けると、大我は不思議そうな顔を見せた。
「え、木、見に行かないの?」
「帰ってから行くよ。最初に白石と約束してたんだから」
「いいよそんなの、俺も見に行きたいし。俺ここに住んでるのに、このへんどうなってんのかわかってないからさ」
そうだ、泊めているのではなく、大我はここに住んでいる。
落ち着いたら出て行くのか、しばらくここにいてくれるのかわからない。
自分が長年暮らしてきた場所に興味を持ってくれるのが、なぜか嬉しかった。
「じゃあ、行こうか」
笑顔で返し車をロックして、南方は道路へ歩み出た。
南方の住む住宅団地は四十年以上前に分譲された、百世帯ほどが暮らす静かな場所。
目的地にはすぐに到着し、家主に声をかけると、通行に支障があるぶんだけ自分が切ってしまって構わないかと申し出る。
道具を借りて大我の協力を得ながら、すみやかに作業を終える。
礼に缶コーヒーを受け取って自宅に引き返しながら、大我はまた、小さく笑った。
「みなちゃんかっこいいね」
「え、なにが?」
「うちも団地だったから、こういうことできるのすごいって、わかるよ。あぁ、あと顔もかっこいい」
唐突に気恥ずかしいことを言われ、南方は照れで口もとを隠した。
「かっこいいは、初めて言われた気がするな」
「そーなの? おかしいなー、俺は大好きなんだけど」
真面目にそう言っているようで、不可解だと思う一方、かすかに浮つく。
大我にそう思ってもらえていることが、どこかくすぐったい。
会話をしている間に、自宅に到着する。
立水栓で手を洗っていると、再び散歩中の年配の女性に話しかけられた。
先ほどと同じように航一朗と勘違いされたので大我を紹介すると、女性は南方との間を詰めて、声をひそめた。
「鳴瀬さんちのお子さん、圭紀くんの高校でしょう?」
「あー、ちょっとわからなかったなぁ」
鳴瀬は、二、三年前に団地に越してきたばかりの家庭。
会話をしたことはないが、集まりには顔を出していたように思う。
「学校にちゃんと行ってるのかなって、気にしてたんだけどね。どうだろうね?」
「一年生ですよね、僕も気にしておきます」
息子が転校早々中学校で問題を起こしたと、過去に聞いていた。
週明けに確認すると言うと、女性は散歩を再開し、南方は大我に顔を向けた。
「ごめんね、出ようか」
やっと車に乗り込んで、エンジンをかける。
助手席に乗り込んだ大我は、待たせたにも関わらず疲労したり気分を害したりしてはいないようだ。
「なんかみなちゃん、頼まれごと多いね」
確かに、いつも挨拶のついでになにかしら相談事をされる。
「学校の先生してると、頼られちゃうみたいだね」
それは教師であった父親がここに住んでいた頃からの風景で、あまり多いとは感じていなかった。
「ねぇ、頼られて大変?」
頼っている身である大我が、苦労をかけていないかと心配してくる。
だが。
「頼られるのは、僕は嬉しいよ」
誰かが困っていることは悲しいことで、誰かの力になれることは嬉しいこと。
これは、そうするべきだと自分に課していることではなく、自発的な思い。
そう伝えると、
「よかった」
大我は安心した微笑を浮かべた。
ようやく車を出そうとギアを入れる。
すると、今度はスマートフォンが鳴った。
大我に詫びながら電話に出ると、同級生から遊びの誘いの電話。
今日は用事があるからと断り電話を切ると、今度は少し、大我が気分を害している。
「みなちゃんちょっと、人気者過ぎない?」
「そんなことないよ。平日は学校行ってるから、付き合いが土日に集中するんだよ」
苦笑しながら車を出す。
出かける前の出来事が気晴らしになったのか、大我は買い物の際も車を降りて同行し、荷運びなどを手伝った。
ドライブなどあまりしたことがないので、これだけでもとても楽しいと、大我は運転席の南方を見て何度も喜びの笑顔を見せる。
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