壮途

至北 巧

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第一話 齋明 匠

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 たくみの通う専門学校は高層ビルの十三階で、全体からすれば低い位置であるが、下界を見渡すには十分の高さだった。休憩室の窓から街を見下ろし、コーヒーで一服するのが匠の日課だ。
 パソコンのモニタに常に向かい合う毎日の講議は、つまらなくはないのだが眠気を誘う。今日はアイスだが、そろそろホットにしようかという季節。街路樹の葉はもうすぐ落ちる。

「今日の講議終わったら飲み行かない?」
 課題提出が終わると必ずと言っていい程誰かがそう提案する。休憩していた同じ講座の連中が参加者を募り出す。コンパだ。匠は興味を示さずに、色を抜いた長い前髪で顔を隠す。
齋明さいみょうも来いよな」
 唐突に幹事役がそう振ってくると、
「わかった」
 と短く返す。いつもそうだ。興味はないが、誘いは断らない。面倒だから。

 飲み会が終わると男は同じ方向へ帰る女を送らなければならないらしい。匠は予備校から二駅先の小さなアパートに住んでいた。アパートが近所の女が一人いて、匠は飲み会後、いつも彼女と一緒だった。
 彼女をアパートまで送り、自分のアパートまで引き返す。
「いつもありがとう、齋明君」
 女は張りのある口調で礼を言う。
「じゃあな」
 謙遜の言葉もなくきびすを返すと、左手首を掴まれた。
「待って。上がってちょっとお茶でも飲んでいかない?」
 ショートカットの前髪から、ねだるような目が覗いていた。例によって、断らない。彼女の家へと上がり、帰る頃には夜が明けていた。

 アパートに着くとベッドに倒れ込んだ。ほとんど眠っていない。疲労でめまいが治まらない。いくらか落ち着いてからキッチンへと這っていき、食器棚の引き出しから薬を取り出す。溜め息を吐きながら四種類を飲み終えると、そのままキッチンの床に崩れ落ちた。

 疲れた。

 学校も、
 飲み会も、
 セックスも、
 生きていることも。

 このまま死んでしまいたいのに、体は起き上がり、登校の準備を始める。
 どうしてかは、わからない。

 教室で、昨日の女はいつもと変わらぬ笑顔で友人達と談笑していた。匠を目にして駆け寄ってくる。
「齋明君、今日帰りに二人でカラオケ行かない?」
 頭が痛い。めまいが酷い。それでも。
「いーけど。俺、二時間くらい歌いまくりたい」
「やったぁ! じゃ、帰りねっ」
 女は人の輪に戻っていく。匠はいつものモニタの前に座り、左の手のひらでこめかみを押さえてデスクに肘を突く。

 体が悲鳴を上げても、流されるほうが楽だった。彼女が望むなら、この体は動き続ける。
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