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第5話
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ディナーを楽しんだ彼は出会った余韻に浸るようにそのまま家路に着いてしまった。
もっと側にいたい、私の試練にどこまで耐え得るのか確かめたい。後ろから矢を射りたくなる衝動を覚え、そのような非礼を働くことによって明日はもうここに来てくださらないのではないかという不安が正面衝突する。
これでいいのだ。耐え難い時を過ごす方が、これから始まる二人にしか分からぬ苦しみの中にある快感がより激しく燃え上がるではないか。
火照った体を沈めに行くかのように私は寝室にあるベランダへと足を運ぶ。手すりに体重を預け、夜風にこの高まる期待を落ち着かせてもらおう。
それにしても、やっと、やっとこの時が来たのだ。何百年と経った。何千年かもしれない。何度風雨に晒してみても決して朽ち果てず、衰えることもないこの身体がようやっと崩れて形を失うのだ。そう思うと私は笑みをこぼさずにいられなかった。
ふと横を向くと、まるでずっとそこにいたかのように手すりの上にあの日の魔女が隣に座っていた。
「おや?今日は随分機嫌が良さそうだね。東洋の魔女さん。」
私はムッとする。
「その名前で呼ばないでと言っているでしょう。名無しの魔女。」
「じゃあ、なんて呼べばいいんだい?」
「その名前以外よ。私に愛を誓う者だけがその名を呼ぶに相応しい。」
名無しの魔女が呆れたようにため息を吐いた。
「答えになってないじゃないか。本当の名前を教えな。」
私はキッと睨みつける。
「魔女に本当の名前を教える愚か者がどこにいると言うの?」
「なら私は東洋の魔女と呼ぶよ。意義はなしだ。」
そう言うと、手すりから降りた魔女は私の後ろに回り込むようにして歩きながら話し続けた。
「今日は面白い男が来たようじゃないか。」
「あなたには関係のないことだわ。」
「そんなことないさ。長年の友人を一人失うかもしれないっていう瀬戸際さ。」
「いつから友人になったのかしら。私は貴女の暇潰しに付き合っているだけ。約束を交わしただけで友達ではないわ。」
すると、名無しの魔女が高笑いをあげた。
「そりゃ愉快な回答だね。」
「用はそれだけかしら。」
「いんや。」
と言って名無しの魔女は首を振った。せっかく彼との時間を反芻しようと思っていたのに興が冷めてしまった。私は突き放すように言った。
「用があるなら早く済ませて頂けないかしら。お茶をするには遅すぎる時間よ。」
「それもそうだね。」
また愉快そうに微笑み、だけど少しだけボリュームを下げて言った。
「お前は、死なないというだけで本当の恋に落ちると思うのかい?」
「え?」
意表を突いた質問に思わず声を漏らしてしまう。
「お前は今、あいつの“不死かもしれない”という部分に惹かれているだけで、あいつの何も知りやしないじゃないか。」
「それは、悠久の時をかけて分かることだわ。」
「お前は本当の愛を知らない。垢の他人から受ける無償の愛を。いつが潮時なのか判断するのはお前さ。でも見誤れば男だけが死んでいくことだろう。」
「なんて卑劣な人なの。私に疑心の種を植え付けようと、そういう訳なのでしょう?」
「ちょっとゲームを面白くしてみただけだよ。」
名無しの魔女は私の寝室の中へと消えていこうとする。
「貴女が判断してはくれないの?」
「さぁね。私は友人でもないのだろう?盟約にもないことは出来かねるよ。」
そう言うと名無しの魔女は闇に溶けて消えてしまった。
もっと側にいたい、私の試練にどこまで耐え得るのか確かめたい。後ろから矢を射りたくなる衝動を覚え、そのような非礼を働くことによって明日はもうここに来てくださらないのではないかという不安が正面衝突する。
これでいいのだ。耐え難い時を過ごす方が、これから始まる二人にしか分からぬ苦しみの中にある快感がより激しく燃え上がるではないか。
火照った体を沈めに行くかのように私は寝室にあるベランダへと足を運ぶ。手すりに体重を預け、夜風にこの高まる期待を落ち着かせてもらおう。
それにしても、やっと、やっとこの時が来たのだ。何百年と経った。何千年かもしれない。何度風雨に晒してみても決して朽ち果てず、衰えることもないこの身体がようやっと崩れて形を失うのだ。そう思うと私は笑みをこぼさずにいられなかった。
ふと横を向くと、まるでずっとそこにいたかのように手すりの上にあの日の魔女が隣に座っていた。
「おや?今日は随分機嫌が良さそうだね。東洋の魔女さん。」
私はムッとする。
「その名前で呼ばないでと言っているでしょう。名無しの魔女。」
「じゃあ、なんて呼べばいいんだい?」
「その名前以外よ。私に愛を誓う者だけがその名を呼ぶに相応しい。」
名無しの魔女が呆れたようにため息を吐いた。
「答えになってないじゃないか。本当の名前を教えな。」
私はキッと睨みつける。
「魔女に本当の名前を教える愚か者がどこにいると言うの?」
「なら私は東洋の魔女と呼ぶよ。意義はなしだ。」
そう言うと、手すりから降りた魔女は私の後ろに回り込むようにして歩きながら話し続けた。
「今日は面白い男が来たようじゃないか。」
「あなたには関係のないことだわ。」
「そんなことないさ。長年の友人を一人失うかもしれないっていう瀬戸際さ。」
「いつから友人になったのかしら。私は貴女の暇潰しに付き合っているだけ。約束を交わしただけで友達ではないわ。」
すると、名無しの魔女が高笑いをあげた。
「そりゃ愉快な回答だね。」
「用はそれだけかしら。」
「いんや。」
と言って名無しの魔女は首を振った。せっかく彼との時間を反芻しようと思っていたのに興が冷めてしまった。私は突き放すように言った。
「用があるなら早く済ませて頂けないかしら。お茶をするには遅すぎる時間よ。」
「それもそうだね。」
また愉快そうに微笑み、だけど少しだけボリュームを下げて言った。
「お前は、死なないというだけで本当の恋に落ちると思うのかい?」
「え?」
意表を突いた質問に思わず声を漏らしてしまう。
「お前は今、あいつの“不死かもしれない”という部分に惹かれているだけで、あいつの何も知りやしないじゃないか。」
「それは、悠久の時をかけて分かることだわ。」
「お前は本当の愛を知らない。垢の他人から受ける無償の愛を。いつが潮時なのか判断するのはお前さ。でも見誤れば男だけが死んでいくことだろう。」
「なんて卑劣な人なの。私に疑心の種を植え付けようと、そういう訳なのでしょう?」
「ちょっとゲームを面白くしてみただけだよ。」
名無しの魔女は私の寝室の中へと消えていこうとする。
「貴女が判断してはくれないの?」
「さぁね。私は友人でもないのだろう?盟約にもないことは出来かねるよ。」
そう言うと名無しの魔女は闇に溶けて消えてしまった。
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