音が鳴る方へ

椿英-syun_ei-

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第1話:星の降る夜

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「おいっしょ。」
 流星群が降ると予報されていた当日、二人分にはやや多い食料を買い込んでしまい、自宅まで苦労して運んできた俺は、ややおっさんくさい掛け声を上げて、キッチンのカウンターにレジ袋を置いた。
 マシュマロや串焼きを食べたくて、火に焚べるための炭を買ってきた。焼くための焚き火台は昨日洗って干してあるし、準備は万端だ。買ってきたものを眺めていると、夜風に吹かれてのコーヒーも最高じゃないかという名案が浮かんだので、シングルバーナーと専用のガスボンベを出して、火を点ける。
 が、何回つまみを回しても、空気が抜ける虚しい音だけが響いた。
「…ガス欠か…」
 面倒くさいと思いつつ、カウンターの上に置いていたレジ袋から食料を取り出し、腐らせないようあるべき場所へと仕舞っていく。
 全部放置して家を出てもよかったが、面倒な時は面倒であることを認めながら体を動かした方がいい。作業がひと段落ついたところで玄関に行き、改めて靴を履く。
 実は、もう一つ面倒なことがある。不審者扱い事件から数日、俺はコンビニに行くことを避けていた。レジでそっけなくされたり、根掘り葉掘り聞かれるぐらいなら別にいいが、もし拒絶の態度を取られたら、店員と客の関係とはいえ、少し凹む気がする。
 だが、駅やホームセンターまで足を向けると、勇と、すれ違うリスクがあった。合鍵を渡しているわけでもないので、外で待たせることになる。自分のミスでそうなるのは気が引ける。
 仕方ない。あの夜、朝比奈さんに理由はちゃんと説明したが、まだ好奇心なり、不審な気持ちが彼女にあるかもしれない。もしそれで、彼女から気軽に話かけてくれなくなったとしても、受け入れるしかない。
 最初から変な人として出会うのと、後から変な人であることが分かるのとでは、後者の方が拒否反応が大きい時がある。その差が何なのかは分からないが、あの居たたまれない静寂がどうにも苦手だった。
 ちょっと深めに息を吐き、コンビニに出かける。とは言っても、人は他人にそこまで興味がない。店員と客という立場なら大丈夫だろうと思い直す。
「いらっしゃいませー。」
 危惧していた通り、朝比奈さんの声だ。平常心、平常心と唱えつつ、ガスボンベを持ってレジに近づく。
「あ、新作の人。こんばんは。」
 いつも通りの挨拶にホッと胸を撫で下ろす。俺も挨拶に応える。
「こんばんは。」
 商品をレジに置くと、朝比奈さんがマジマジとそれを見つめる。
「…今度は放火ですか?」
 突然のインパクトあるワードに一瞬声が大きくなる。
「そ、んなわけないじゃないか。ご、誤解されるだろ。」
「誰もいないですよ。」
 おかしそうに朝比奈さんが笑う。
「で、これは何に使うんですか?」
「…家でキャンプするんだ。」
「家で?キャンプ?」
 朝比奈さんが文節で区切って俺の発言を復唱している。まぁそうだよね、と思いつつ、俺も曖昧に苦笑いする。
「今日、流星群が来るらしくて、俺の家で鑑賞会するんだよ。」
「サークルとかですか。」
「そんなんじゃないよ。地元の友達と二人で見るんだ。」
「ふーん…」
 朝比奈さんは俯いたまま黙ってしまった。首から下は思考から切り離されたみたいに、お金を受け取ったり、商品を詰めたりしている。
 レジ袋を受け取ろうとして手を差し出すと、朝比奈さんが口を開いた。
「あの、私も参加していいですか?」
「え?」
 思わず怪訝な声を上げる。
「いやいやいや、友達って言っても、男だよ?流石にまずいんじゃ…」
「私を襲う気ですか?」
「だから、誤解招くだろ!絶対にそんなことはしない。」
 一言ごとに小さくなる声にどんな説得力があるかは分からないが、ありったけの誠実さを集めて俺は答えた。朝比奈さんが、差し出したビニール袋を少しだけ引っ込める。
「じゃあいいじゃないですか。私が参加しても。」
 要件はまだ終わってないとでも言うように、ビニール袋を握る朝比奈さんの手に力がこもる。
「私、旅をしたいんです。でも、まだ学生だから親が許してくれなくて。近場だったら、多分許してくれるので…もし、断る理由が性別だけなら、参加させてください。」
 いつもの明るい彼女とは全然違う、今までよりも内側に立ち入らされている雰囲気。もしかしたら、演技なのかもしれないけれど、真実味があり、どこか脆かった。
 こういう空気はすごく苦手だった。だから俺は、反射的に彼女の言葉を肯定してしまった。
「わ、分かった。分かったから。親が良いって言ったらね。」
「本当ですか?」
 一段階、朝比奈さんの声のトーンが上がった。
「あとどれぐらいで終わるの。また迎えに来るよ。」
「ありがとうございます。あと10分ぐらいなんで、よかったら店内で待っててくれますか?」
「…分かった。じゃあ、その辺で待ってるね。」
 後ろを振り返りつつ、雑誌コーナーに移動する。手近な雑誌を手に取るが、捲ったページの内容が全く頭に入ってこない。
 最悪の状態をシミュレーションしていたつもりだったが、無数に浮かび上がる分岐の中から、予想していない分岐に入った俺は、とにかく一つのことだけを考えていた。
(頼むから、何も起きないでくれ)
 とは言っても、予想できない分岐はこの後も続くのだ。見知った店が宇宙のように感じる。足元も天井も、全てがぐにゃりと歪んでいくような感覚を覚えながら、せめてこれ以上は変質者に見られないようにしようと誓うのだった。
 朝比奈さんのバイトが終わるまであと4分。勇への説明も考えなければ。早く家に帰りたいのか、このままどこかに行きたいのか、ガラス越しに外を行き交う人たちを見ながら、俺はただ戸惑ってばかりだった。
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